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「コラムの手前のざっとした文」或いは「小説未満」

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「私」を題材とした創作です。
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2021年1月の記事一覧

あたためる

あたためる

風呂が好きだ。
銭湯も家の風呂も。
単純に、身体が温まるということに価値を感じられるようになったのだと思う。
若い程に鋭く歳を重ねると鈍感になる一方だと聞かされてきたけど、自分の場合は逆のようだ。
鋭いと思っていたことは、今思えば、どこか演出された過剰さであり、有り余る時間とか、何者かわからない不安とか焦燥とかに因り、なんとなく特別な自分を作ってて見出した気持ちになっていただけのような気がする。

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手紙を出す

手紙を出す

坂道の、途中には小学校の東門があり、天辺にはお地蔵様がいる。
どちらにも視線を配るが、立ち止まりはしない。習慣をつけるのが不安なのである。 
習慣づけて、そこで立ち止ると、自分の影が残るような気がする。自分がいない時に、自分の余韻があるのが、なんとなく恐ろしい。

坂道はかなり急で曲がりくねり、地面には滑り止めの凸凹が刻まれている。私は目深に帽子を被りマスクをし、息を切らせながら坂を登っていく。途

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ぬし、について

ぬし、について

銭湯には主(ぬし)がいる。

ぬしの身体には、まあるい輪郭がいくつもあって、対照的に背骨は真っ直ぐである。肩は薄く、頭部は平たく長い。胡座をかくその姿は朝鮮の仏像のようである。
私は羨望の眼差しで薄い湯気の向こうから、その姿を見ている。

銭湯には内風呂と露天風呂がある。
いつも使うのは露天の一番低い温度の湯だ。私の体は冷えやすく、そのくせ熱いのも耐えられず、のぼせやすい。露天の、それこそ言葉通り

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わたし的そうじぜん

わたし的そうじぜん

庭掃除をする。 

何も考えず、行えば行った様になる。
あらゆる出来事が遠ざかって、正確に一人きりになっていく。

手入れの行き届かない庭なので、その度に大層になる。硬い竹箒で外側から履くと、驚く程の量の枯葉が集まる。夢中で葉を集めていると真っ赤な南天の実が突然目の前で揺れる。どうしても引き抜けない草の根を掘り起こすと、まるで水に映った世界がそのまま奥にあるように、地上と変わらず根が伸び続けている

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さんまんえん

さんまんえん

三万円の枕がほしい。
清潔で頭がスースーして良く眠れるらしい。
頭寒足熱頭寒足熱と呪文のように唱え、この冬の無茶苦茶な予定を何とかギリギリこなしてきたので、ポッドキャストから宣伝が聞こえた時、その音は全くどこにも触れずに、ストレートに私の耳の穴に入り、脳に響いた。
3万円。これまで様々なものに支払ってきた良く知っている金額である。
安くはないけど、見知らぬ範囲ではない。
しかし通販での高額枕となる

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