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魚の骨

「ごめんなさい、私歌声がダミ声の人はダメなの!」

「えっ、そんな振られ方ある!?」

かくして、俺の青春は去っていった。あれは雪がチラホラと降り始めた寒い日だった。

俺はポンチョと呼ばれている。20代の大学生だが、最近俺には不幸ばかり降りかかっているような気がする。遠くを見ようと目を細めたらその辺にたむろってたヤンキー達にガン付けたと勘違いされて殴られたこともあったし、手書きのレポート書いているときにうっかりコーンポタージュをこぼしたこともあった。

そして、トドメにはこんな訳の分からない振られ方だろ?一体、どうなってんのよ!

生まれながらの不幸体質ってわけではない。元々、どちらかというと運には恵まれている方である。この大学も鉛筆コロコロで奇跡的に合格した。

おかしい、明らかに最近は不安な出来事が続いているぞとぶつくさ呟きながら振られ直後の帰宅をしていた。

ザクッ、ザクッ、ザクッ……。

昨晩降った雪がまだ溶けていない。振られたショックがまだ心に残っている。振られた原因となった喉がヒリヒリ痛む。

「この喉のせいで振られたぜ、チクショー!」と叫びたくなった。

すると、後ろから微かな光が差し込んできた。

振り返ってみると、突然自転車が横転しながらポンチョに突進してきた。卓球選手も目を見張るような反射神経でポンチョは自転車を避けた。

自転車はそのまま「ズザザサー!」と滑らせていった。

暫く反応がなかったが、自転車に乗ってた人がムクっと立ち上がった。

よく見てみると、以前にポンチョをボコボコに殴ったヤンキーの1人だった。そのヤンキーはポンチョに向かって吠える。

「何見てんだよ〜〜〜!!!」

こんな状況で見ない奴がいるものか!

ポンチョはそうツッコミを入れそうなところだったが、そんなことを言ってしまったら今度こそどこかの歯を失う。ツッコミを心にしまいつつ、冷静に声をかけようとヤンキーに歩み寄る。

しかし、それが不味かった。心にしまい込んでいたツッコミが下手に反発して脳裏に叩きつけてくる。次第に面白く感じてしまい、笑いのツボへとドシドシ押しかけてくる。

ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい!

必死に堪えて、ポンチョは哀れみの表情を浮かべながらヤンキーに語りかけた。

「ふふ、だ…だいじょ…ふふ、ぶですか?」

死んだ。

「なぁーに、笑ってんだ!テメーー!」と烈火の如く怒り出すヤンキーの右手は拳に変わった。

自転車を避けた反射神経に身を任せたものの、火事場の馬鹿力は残念ながら2度は続かず、すぐ下の雪は赤色に染まった。

とんでもない帰り道となった。あのヤンキーは高校生だよなと歳下にボコられたポンチョは自分が情けなくなった。情けなさから警察とかにも行かず、とりあえず家に到着。

ポンチョは1人暮らし。家に帰っても1人というのがよりポンチョの心を寂しくさせた。

もう時期世間はバレンタインだというのに、一体なぜこのタイミングで歌が下手という理由で振られなきゃならんのだ。

レポート事件からコーンポタージュにトラウマを抱いていたため、今夜はコンソメスープをただ啜る。

少し温まってきた頃に、殴られた傷の手当をした。ズキズキとした痛みが顔中に走る。

「骨とか折れてねーよな…」と手当てしながら不安になっていた。殴られているときは衝撃の方が大きくてここまで酷い痛みはなかった。アドレナリンの素晴らしさをつくづくポンチョは感じていた。

明くる朝、ポンチョは顔にガーゼを貼ったまま大学へ向かった。大学は春休みだが、サークルの集まりがあった。当然、周りの友人たちは騒然となった。

「ポンチョ!オメー顔どうしたんじゃ!」

ポンチョは「どこから話せばいいか分からんから何も言わん。」と返答を拒否した。

友人は「はぁ?」と疑問に思いながらも続けた。

「そういや、もう時期バレンタインだな!オメーは良いよなー。チョコ貰う相手が居てさ。」

この日に大学行ったのは間違いだったとポンチョは後悔した。コイツはちょくちょく爆弾投下してくる。ここは、正直に話すべきか、それとも話を逸らすべきか。

ポンチョは悩みに悩んだが、ふと考えを巡らした。

(俺はこれまで、何かできる風に格好つけてたような気がするな…。それがこの不幸体質の原因になっているのかもしれない。よし!)

ポンチョは友人にポロッとこぼした。

「俺さ、振られたんだよね。」

友人の目はみるみる丸くなる。そして、ポカーンと開いた口から震えるように声を出した。

「えっ!?マジかいな!?早くない?なぜ、振られたん!」

さすがに歌が下手だったからとは言えなかったが、「まあ、合わなかったんじゃない?」と吐き捨てた。

友人は気を遣ってか、それ以上は何も言及してこなかった。しかし、それならということでポンチョにスマホを見せつけた。

「じゃあさ、ちょうど1人足りなかったから、これ参加してみない?」

ポンチョはスマホの画面を覗き込んだ。そこには、LINEで合コンの計画を企てたトークが記されていた。

「えっ、合コンするの?」とポンチョは友人に確認した。友人は「そう!でも男が1人急遽ダメになって席が余ってんのよ」と返す。

ポンチョは一瞬考えた。いや、ここまでクソみたいな振られ方していうのもなんだが、ポンチョにも一応未練という文字はある。

うーんと唸っているポンチョに対して友人は続ける。

「終わったことをクヨクヨ考えてもダメだって!ここは憂さ晴らしにパーッと楽しもうよ!」

それでもポンチョはなかなか乗り気にならなかった。「え〜?」と返答を渋っていると友人にまさかの苛立ちが見えてきた。

「ウジウジすんなよ!お前はいつまで過去を引きずってるんだよ!」と友人の右手が拳になっていることに気づいた。

「えっ!?ガーゼ貼ってる友達の顔を殴るの!?」とポンチョは慌ててツッコむ。

友人の拳はピタリとポンチョの目の前で止まった。

「確かに、ケガをしている友達の顔を殴るのは、人として良くないことだよね。」と肩をすくめる友人に対してポンチョはクレッシェンドに言葉をぶつけた。

「いやいや、友達の顔を平気で殴れる時点でどうかしてるからね!?別に殴られるようなシチュエーションじゃなかったし!」

友人は謝りながらも一緒に行こうと切り出した。

ポンチョは「これ以上殴られたくないから行くわ」と渋々同意した。

合コン当日。

いつにも増して激しく降り続ける雪を払いながら、ポンチョは待ち合わせ場所に到着した。その数分後に友人と合流。友人の友人も一緒に待ち合わせたが、ポンチョとは面識がなかった。

ポンチョは行ったはいいものの、完全には乗り気になれなかった。しかし、ここまで来たからにはせめて仲良くなりたいなと淡い希望を抱いた。

合コン会場であるレストランに到着。思ったよりも豪華な感じで、ポンチョにとっては慣れるまで時間がかかりそうだった。

恐る恐る席を探していると、女の子たちが先にワイワイ賑わっていた。

「遅くなってゴメンね!」と友人が早速切り出した。

「待ってましたー!!」とハイテンション女子。見た感じは3人とも感じの良さそうな女性だった。こうして、3対3の合コンが始まった。

アルコールを食らった友人達は女子に対して猛烈なアピールを繰り返していた。基本、冷静なポンチョはその光景を静かな視線で見守っていた。

はじめは心の奥底で僅かな期待はしていたものの、後半戦になるともう小さな炎ですら点らなくなっていた。早く終わらないかなとサワーを飲んでいると、1人の女性が隣に座ってきた。

「ヤッホー!顔死んでるけど楽しんでる?」

その女性は自己紹介で自分をマリリンと呼んでいた若干痛々しい子だった。

「いやいや楽しんでるよ。皆んな若いねー」とポンチョが返すと、「オジサンかよ!」と肩をバンバン叩かれた。冷静沈着いぶし銀ポンチョにとっては、こういった明るいノリが煩わしくもあり、しかしながら憧れていた部分もあった。

太陽と月、光と陰、アゲハ蝶にホタルと揶揄されそうなコンビだったが、どことなくマリリンに惹かれてしまうところもあった。

磁石のSとNみたいなものである。意外と話は弾み、ムードはすっかりと良くなった。すると、マリリンの方からまさかまさかの一言を告げられた。

「あのー、ポンチョと話していると何だか楽しくなってきちゃった!これ終わったら二人で抜け出してアタシの部屋に来ない?」

ポンチョの心の中に一輪の花が咲いた。こんな漫画でしか読んだことのないドラマチックな展開あるのかよ!と。

ポンチョは「いいけど」と冷静さを装っていたが、心の中では

(いやいや男だぞ!こんなチャンス俺に今まであったか!?いぇーーい!)

とテンション爆上げ天国であった。もう、今宵はパラダイス。これまでの苦労がようやく報われる時が来たと。

一次会が終わり、この後どうするというお決まりの会話が始まった。しかし、ポンチョとマリリンは「用がある」と告げて、2人でマリリンの家へ向かった。

「なんだ、なんだ〜?」と視線を送る他のメンバーを他所に、ポンチョらは降り注ぐ雪の中に消えていった。

たわいもない話をし、マリリンの家に到着。やや、古びたアパートでマリリンは1人暮らしという。

(今からピンクな夜が始まるのか…。)

ポンチョの心には期待と緊張が同時に走っていた。

マリリンは「ちょっと準備するから」と1人中に入っていく。ドアの前でポンチョは5分ほど待っただろうか。雪は降り続いているが、寒さをすっかり忘れていた。

ドッ、ドッ、ドッと歩く音がドアの向こうから聞こえてくる。

「お待たせ〜、ごめんね!」とマリリンがドアから顔を覗かせた。そして、誘われるがままにポンチョは家の中に足を踏み入れた。


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