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鑑賞録 #34 「ヘルヴァ・ボス シーズン2 第9話:APOLOGY TOUR」

約22分の中にたくさんのことが詰め込まれていてどこから感想を述べたらよいか分からないが、正直、ブリッツとストラスの関係よりもヴェロシカに感情移入してしまう回だった。

初登場の1x3からすでに「マジで嫌いだったらわざわざIMPの駐車スペースを乗っ取ったりするわけがない」「腕にブリッツのタトゥーがある!ヴェロシカはブリッツのことちゃんと好きだったんだ!」という、匂わせにしては香りが強すぎるほどの一途感・悪い子じゃない感を漂わせていたが、今回の言動や終盤に流れた曲の歌詞に鑑みると「ヴェロシカがアルコール依存でリハブしてたのってブリッツが原因じゃね?」という繋がりが見えてしまい、ブリッツへの同情心が薄らいでしまう。

なぜなら私はフィズの次くらいにヴェロシカ推しだからだ。

ブリッツはブリッツで猛毒親父の影響や不慮の事故による罪悪感によって健全な成熟を経ることができなかっただろうが、だからといって他者を傷つけることがすべて酌量されるかというとそうもいかない。

かといってブリッツの事情を無視して正論を叩きつけるのは傲慢の極みである。ロジカルなことが歓迎される場というのはたくさんあるが、正論を言うのは「簡単」なのだ。

感情の前で正論は無力。むしろ悪化させることさえある。

現実の話でいえば女の世界を知っている人はいかに正論というものが脆く役に立たないものかを理解しているだろうし、訴訟が長引くのも「感情がおさまらない」ことが原因である場合が多い。

この物語のキャラクターたちが戦っているのは端から端まで「感情」で、ロジックで攻めても解消されない棘ばかりだ。



なんでブリッツはうまくいかないのだろう

生い立ちによって植え付けられたブリッツの自己肯定感の低さとか、失う恐怖に対する自己防衛だとかはすでに散々書いてきたが、それ以外にも理由があると思う。

作中唯一ブリッツと和解したといえるフィズだが、彼らに15年の空白を生じさせたきっかけはアンチ・ブリッツォの面々が被ったような「ブリッツによる突き放し」ではなく、「誤解」と「第三者の思惑による意思疎通の不全」だからだ。

不運によって誤解と断絶が起き、第三者(おそらくCash Buckzo)の介入によって誤解を解く機会を与えられないまま15年もの月日が経過してしまったのである。

「誤解」や「第三者の思惑による不全」が原因の不仲なら適切な情報共有によって解決する可能性もあるが、ブリッツがフィズ以外の他者との関係をうまく築くことができない原因は「価値観の相違」が大きい。

価値観の相違とは物の見え方が違うことをいう。

だいぶ前にバズった「白金/青黒に見えるドレス」の画像を覚えているだろうか。

https://www.psy.ritsumei.ac.jp/akitaoka/colorconstancy5.html

同じ画像を見ているのに「青黒のドレス」に見える人と「白金のドレス」に見える人に分かれたことで話題になり、最終的に「色の恒常性による見え方の違い」として決着がついた一件である。

しかし、いくら「実際には青黒で〜」「色の恒常性の作用で白金に見えて〜」と説明され、それを頭で理解したとしても、青黒に見える人にとって白金に見えず白金に見える人にとっては青黒に見えないように、「ロジックが分かっても見えないものは見えない」のだ。

見え方の違う者同士が「なるほど、そういう理由だったのね」「どちらも間違ってないのね」と受け入れ合えれば平和に終わるだろうが、「〜〜に見えなければおかしい」と見え方の是非まで押し付けられたらたまったものではない。

面倒な相手をいなしたり迎合するためにその場しのぎで話を合わせることはあるだろうが、事実としてどこまで行っても「自分にはそう見えない」のだ。

これを置き換えるなら、色の恒常性を機能させるフィルターは価値観や感情である。

いくら情報を共有し言葉を尽くして話し合っても実際に見えているものが違うのだから「これは〇〇だよね」という一致には至らず、前述のとおり「自分とは違うがそういう見方もあるんだ」と受け入れるか、一方あるいは双方の譲歩なしに解決は訪れない。

ブリッツが見えている世界と同じものを、今までの誰も共有できなかったのだ。

ストラスは「私が気づいていないことがあるのかもしれない」「ミスをしたのは自分かもしれない」と譲る気配を見せているし、ブリッツも「自分はひどいことをした」「"目の前のストラスがどんな人物か"ではなく"貴族"や"王子"という肩書きで見すぎてしまった」と気づき、謝ろうと努力している。

付き合ってもいない二人がex認定を受けてネトラレ展開にまで発展していたが、価値観を押し付けあって傷つくより少し離れてみた方がいいのかもしれない。

そして、ヴェロシカ推しの私にとってブリッツとヴェロシカの関係も捨て難いのだ。

最悪の別れ方をしながらも二人の間に通うものはあって、だからこそブリッツが当たり前のようにヴェロシカの隣に行き、ヴェロシカも当然のようにそれを迎えている。

口では罵り合いながらも、二人にしか分からない繋がりがずっとあるみたいだ。



「愛」という呪い

ここで1本、動画を紹介したい。

この動画の中で、岩井志麻子先生が「諸悪の根源や、愛っていうものは」とおっしゃっている。

本来は日本国において"愛"という概念も言葉もなく、それは"執着"だったんですよね。執着をなくすことが、それこそ幸せに繋がるというか。愛を執着と言い換えたら美しいもんじゃないっていうかね。みんななんでこんな愛っていうものが至上のものになっとるの?

諸悪の根源や、愛っていうものは。

愛はほんまにエゴイズムというか、なんかこう、よくないものを全部コーティングして、美化して、ごまかしとる。それこそが"愛"であるよ。いろんな言葉があるなかから全部を雑に"愛"で括るのはよくないですわよ。

https://youtu.be/vJdaU02seNk?si=ZzPmxp9-aaQTt7Lm

なんとハッとさせられる言説だろうか。
私とて「愛」という言葉の都合のいい使われようには辟易していたが、私は「それは"愛"ではなく"自己愛"だ」とか、「愛」の範囲の中で分類するにとどまっていた。

しかし「愛とはすなわち執着である」と言われ、なんとシンプルで分かりやすい言い換えだろうと思わされてしまった。

この言説を受けて、前回の2x8、今回の2x9におけるブリッツとストラスの振る舞いを振り返ると、彼らの間にあるのは「執着」だったと気付かされる。

岩井志麻子先生はこうも言っていた。

"情"のほうがいいんじゃないですか。
"情"っていうほうが「情があるから別れられん」とか「情があるから捨てられん」とかね。日本人のウエットさには"愛"よりも"情"のほうがいいんじゃないでしょうかね。

し、しっくりくる〜〜〜〜!!!

私は岩井志麻子先生に特別思い入れがあったわけではないが、この動画を観て以降「愛」を使う時は「執着」と「情」に置き換えながら考えるようになった。

もし2x8で二人の間にあるものが「情」だったなら、ストラスはブリッツの言葉を遮ってまで排除したりはしなかったかもしれない。

2x9で他の男と口づけを交わすストラスを見ても、ブリッツは怒りの感情を持ち得なかったかもしれない。

二人の間にはちゃんと「情」もあるが現時点では「執着」の方が強くなっていて、だからこそ思い通りにならないことに憤り、悲しみ、これ以上自分の心が傷つかないように逃避したくなる。

かといって、自分がつらいのを我慢して相手を優先し続けることが「情」とは限らない。「執着」ゆえの献身、滅私かもしれない。

そういう意味でいうと、今のヴェロシカとブリッツの間にあるのは概ね「情」なのかもしれないと思った。


余談

こんなふうに傍観者として他者を評価する時だけでなく、自分が他者に対して抱く感情について考える時も、果たして「執着」がしっくりくるのか「情」がしっくりくるのか、あるいは「欲」であるのかはその都度できるだけ正確に見極めていった方がお互いのためになると思う。

アイドルに粘着するファンの根元にあるのは「執着」で、知り合いでもないコメント欄の人々がまるで親のような面をして説教し「あなたのために言っているのに」と健気ぶるのも「執着」あるいは「支配欲」あるいは「自己顕示欲」などの「欲」の発露ではないか。

「愛」を言い換えるなら「執着」か「情」か「欲」──あとは「尊敬」なんかも入るかもしれない。

「愛」を受け入れてもらえないのはつらいが「執着」や「欲」なら受け入れてもらえなくても「仕方ないか。こっちの都合だし」と気が楽になる。
「情」と「尊敬」は受け入れてもらうものではないし。


おわり

2x8のラストがあまりに悲しすぎたこともあり1〜2話分くらいはブリッツとストラスが疎遠になったりすれ違いが続いて視聴者がしんどい思いをさせられるかと思っていたが、初っ端から軽口を叩き合いつつもちゃんと(?)会話していたのは嬉しい誤算だった。

ブリッツ被害者の会が大盛況なのも、途中で実写のブリッツぬいが火炙りの刑に処されているのも笑ってしまったが、ヴェロシカの優しさやストラスの寂しさ、そしてブリッツの心中を思うと果てしなく切ない。

これまで相手からまともな返信がなくともテキストを送っていたのはストラスだったが、今回からは追う者と追われる者の立場が逆転してブリッツがかまってちゃん化し、しかし礼儀正しい気遣い長文を送っていたストラスと違ってブリッツは下品でカスみたいなメッセージばかり送りつけているように見える。

ストラスはブリッツに対して情は残っているっぽいが、今の心境であんなきしょテキストばかり見ていたら「なんでこんなやつのことが好きだったんだろう」と冷めてしまうんじゃなかろうか。

──まあ以前はストラスが強烈な変態ムーヴを度々していたわけだから二人の関係性が単に逆転しただけで下ネタの品質に限ってはそんなに変わらないのかもしれないが、しかし関係に亀裂が入りまくっている時にブリッツ側が重くなってしまったのは運が悪いとしか言いようがない。

テキストの品のなさはいいとしても宮殿に忍び込んでからの言動もブリッツらしい悪手ばかりで着々と関係性が悪化しているし、「そりゃアンチ・ブリッツォ・パーティーも開催されるわ」てなもんである。

パーティー会場には"Have Fun!! Bee♡"というメモの貼られた何かが置いてあったので、大罪から協賛までされるような一大パーリーを開催されるほどの愛憎と、それを一身に受けているブリッツ何者?という疑問はあるが、ブリッツはそれくらい多くの人たちを傷つけ続けてきたということに他ならない。

いい加減改心のし時である。

個人的にヴェロシカのクリーンなセクシーさと美しさと可愛らしさを兼ね備えた神ヴォイスが大好きなので、もっともっと登場してほしい。
ヴェロシカがブリッツを「Blitzo」じゃなく「Blitz」と呼んでいる瞬間がすごくいいんだ……

番外編でいいからヴェロシカが幸せになっている姿を見せてほしいな……
私としてはストラスとダメになったブリッツが結局ヴェロシカと元サヤに戻るというハッピーエンドでもいいんだけど。


おまけ

偶然見つけた動画を共有する。

MURDER DRONESという作品のキャラとHBのキャラをコラボさせた、いわゆる同人作品であるが、ブリッツの声があまりにもブリッツすぎて「んもうブランドンってば同人作品にまで出張するなんてサービス精神旺盛なんだから〜」などと思っていた。

が、この動画のブリッツはブランドンではなくKestin Howardという声優さんが演じている。ブランドンではないところを意識して探せば確かに違いはあるが、真似がうますぎる。

MURDER DRONESを知らないのでめちゃくちゃ楽しめる動画というわけではなかったが、HB側の描写に限っていえばかなりリスペクトを感じる作品であった。



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