【甘いマスクは、イチゴジャムがお好き】第1話

【あらすじ】
 マスクと呼ばれる怪物の捜査・排除を担当している特殊捜査局の、梓藤冬親の日常のお話です。ある日、遮光カーテンの片側を閉め忘れて寝起きが最悪なところに、親友で同僚の斑目鷹瀬が仕事の話を持ってやってくる。そんな日常を繰り返したある日、被害者遺族の高雅伊月が新配属されてくる。ベテランの坂崎孝介や、情報処理が得意な静間青唯と共に、マスクがいると濃厚な学園で捜査を行ったり、廃倉庫で捜査を行ったり、ビルや美術館で捜査を行うなどし、仲間を次々と失っていく中で、新配属された西園寺色を少しずつ頼りにしていくお話です。

*** 第1話 ***

 遮光カーテンの合間から、朝の日射しが入ってくる。
 片側を開けたまま眠ってしまった、昨夜の自分を呪う。
 今日は折角の非番だというのに、結局はいつもとほぼ変わらない時間に目を覚ました。梓藤冬親しどうふゆちかは上半身を起こし、不機嫌さを露わに眉間に皺を刻む。

 艶やかな金色の髪と、青色の形のいい目をしている梓藤は、警備部特殊捜査局第一係の主任をしている。現在二十七歳。大学卒業後に警察学校で学び、すぐに特殊捜査局へと配属された。移動は一度もした事がない。だが周囲が次々と殉死していくため、自動的に昇進していく。

 ベッドから降りて、上に着ていた白いTシャツを脱ぎ捨てた梓藤は、百七十二センチのそれなりに筋肉のある体で、一度背を反らして天井を見上げてから、キッチンへと向かった。冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、キャップを捻る。すると冷ややかな水が、喉を癒やしてくれた。

 それから鏡の前へと向かい、手に水を掬って顔を洗い眠気を覚ます。
 彼はふと鏡の中の自分を一瞥した。
 梓藤は整った顔立ちをしている。少し彫りが深めだ。だが別段ハーフやクォーターというわけでもないし、かといって髪を染めていたり、カラーコンタクトを身につけているわけでもない。昔から梓藤の家には、時折この色彩の者が、科学的な法則を無視するかのように生まれてくる。だから梓藤の周囲の人間は、彼の出生時、特に誰も驚くことはなかったらしい。梓藤は近くのカゴに手を伸ばし、真新しいYシャツの袋を開封して着替えた。

 支給されているスマートフォンが着信音を響かせたのは、丁度その時だった。
 電話の主が同僚の斑目廣瀬まだらめひろせだと確認してから、梓藤は電話に出る。

「もしもし」
『おはよう、冬親。起きてた?』
「おう。なんだよ、こんなに朝早く。事件か?」
『うん、そうだね。今、君の家の玄関の前まで来てるけど、入っていい?』
「ああ」

 頷いた梓藤は、実は非常に寝穢い。寝過ごす事が度々あり、斑目に念のため合鍵を預けている。梓藤はリビングへ向かい、ティーサーバーの下にカップを置き、珈琲を用意する。玄関から斑目が入ってくる気配を感じる。珈琲を二つ淹れ終わり、リビングのソファへと向かった時、斑目もその場に顔を出した。

「ありがとう、冬親」

 梓藤を下の名前で呼ぶ人間は、今ではほとんどいない。カップを斑目の前に置き、対面するソファに腰を下ろしつつ、梓藤は親友を見据えた。

 いつも穏やかに微笑している斑目は、梓藤の片腕で副主任をしている。少し色素の薄い茶色の髪をしていて、それが柔らかそうに見える。瞳の色も同色だ。

「それで?」
「うん。珍しく捕縛に成功したマスクが、警察車両から脱走したんだって。最悪な事に胴体に被弾しているから、恐らく肉体的が完全に死亡していて、顔からマスクが分離できる状態になっているみたいだよ」
「そうか。これだから生け捕りにしようなんていうのは、無理があると俺は思うんだ」
「まぁまぁ。実際に何度かは、成功例もあるしね。それで、ここから近い西区画の住宅街に逃げ込んだみたいだから、本部に待機していた僕と、非番だけど一番近所にいた冬親とで、マスクを探しをして欲しいって。勿論、もう次は排除対象だから、生け捕る必要はないよ」

 斑目の声に頷きながら、ゆっくりと梓藤は珈琲を飲み込む。

「折角の休みだって言うのに、俺も運が悪いな。で? 廣瀬、何か手がかりは?」
「路地の防犯カメラの映像だと、その頃通りかかっていたのは、小学生の女児以外はいなかったみたいだよ。最近にしては比較的珍しい、古き良き赤いランドセルを背負っていたんだってね」

 下の名前で相手を呼ぶのは、梓藤も同じだ。それだけ斑目の事を梓藤は信頼しているし、職場の同僚の範囲を超えて、よき友人だと考えている。なにより斑目の微笑を見ていると、どことなく落ち着いた気持ちにさせられるので、梓藤は居心地がよいと感じていた。

「とりあえず、その小学生の身元を確認して、家にでも行ってみるか?」
「もう、住所も氏名も特定済みだよ」
「さすがだな」
「車で来てるから、冬親の準備ができ次第行こうか」
「おう。上着を取ってくる」

 こうして二人は、マスクを探し排除するために、梓藤のマンションを後にした。


*** 第2話以降のリンク *** 


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