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【漫画原作】セーフワードは愛してる。(短編)


はじめに

※こちらは某原作賞で、一次通過した作品です。

元とした小説サンプルがあります(自作)。
(URLはR18投稿サイト/BL)
https://novel18.syosetu.com/n9480hp/
※以下の漫画原作内には、具体的な性描写は含まれません。

***
※指定記号

■場面転換
・状況/衣装など
名前<心の声>
名前「台詞」

***

▶ストーリー概要および物語の設定

 ある港町で闇医者をしている常盤の元に、見覚えのない客が訪れる。Sub不安症の薬を要求してきたので所属を聞くと、大学時代に何組だったかを答えられる。そして霧生と名乗った相手に警察手帳を出されて息を呑み、闇医者である自分を捕まえに来たのかと尋ねると、強引にコマンドを使われ押し倒される。その際一方的に決められたセーフワードが『愛してる』だった。
 以後、霧生はちょくちょく常盤のもとを訪れる。不安症の薬を飲むよりはマシだと思い体を重ねていく内に、常盤は霧生が大切になる。そんなある日、霧生が常盤の元へ来ている本当の目的は、過去にあった事件の事情聴取がしたいためだと知る。
 そこで初めてセーフワードを用いて、常盤は証言を断る。だがその後霧生の熱意に絆されて、証言する。後日常盤は霧生に「愛している」と告げると、「キスをしたかったのにセーフワードは卑怯だ」と言われて、「セーフワードではない」と常盤は告げる。こうして恋人同士となる。

▶作品キャッチコピー

 警視×闇医者の現代Dom/Subユニバース。スーツと煙草と白衣とケーキ! 大人の恋。

▶注目ポイント・アピールポイント

 テーマは、「トラウマ」からの解放です。

 過去の事件で深い傷を負った受けの常盤は、どこか諦観混じりに闇医者をしているのですが、霧生との出会いを通して過去と向き合い前向きに変わっていきます。
 見どころとしては、Dom/Subユニバースという、好きな人は好きなジャンルがまず一つです。様々なコマンド(《Neel(お座り)》などの指示)やセーフワード(指示が嫌な際に告げる言葉)など、独特の用語がありますが、本能的に支配したい(Dom)/されたい(Sub)という両者の立ち位置は、最近熱く感じている方も多いと思います。
 また今回の受けは、夜の世界とも関りのある闇医者という裏稼業をしており、非日常の中の日常、ダークな雰囲気を味わって頂けるのでは無いかと思います。一方の攻めは、正義の立ち位置の警察官にありながら、俺様な部分があり、押しが強いのも魅力かと思います。攻めの造形としては、昭和のスパダリと呼ばれるような存在を目指しました。
 Dom/Subユニバースという新しいものと、白衣受けやスーツ攻めなどの古き良きBLを合わせてみた作品です。

▶主要な登場人物や用語の説明

登場人物

●常盤(ときわ)
【受け/Sub/闇医者】
 本名は、華頂(かちょう)。Normalのふりをし、港町で闇医者をしている。元々はダイナミクス専門医になるつもりだった。しかし研修医時代に医療ミスの冤罪をきせられて、表社会からはドロップアウトする事になる。その際、冤罪をきせたのが、当時いたアオヤマ総合病院の院長もDomだったので、Domが好きではない。命令(コマンド)を受けるのも嫌だが、本能的に従ってしまう。過去の事は思い出したくないので、誰にも触れられたくない。黒髪で少し長めの前髪。男ながらに美人。線が細い。白衣姿。

●霧生(きりゅう)
【攻め/Dom/警視】
 高級なスーツ(私服警官)で、好みの煙草はアークロイヤル。アオヤマ総合病院における事件を、最近あった別の事件の関連で調べていて、常盤にいきつく。結果、接触前に、本人談では一目惚れする。常に余裕があるように見えて、時折子供っぽい場合もある。後ろに流している黒髪で、眼鏡をかけている。一見して一般人ではない空気を漂わせているが、闇社会の人間ではなく、警察官。常盤と交流を重ねる内に、守ってあげたいと思うように変化した。

●仁科(にしな)
【脇役/Dom/ダイナミクス専門医】
 常盤が師匠と仰いでいた近所のクリニックの医師。Sub不安症の診察を専門とするダイナミクス専門医。冤罪事件で死を決意した常盤に対し、信じていると伝えてくれた命の恩人。大福が好き。

●ベル
【猫】
 公園にいる猫。見た目が大福に似ている。

世界観/コマンド

舞台:現代

◆ダイナミクス
 男女以外の第二の性別。
 Dom/Sub/Switch/Normalが存在する。大多数はNormal(本作品では、Normalとしていますが、他にも場合によっていくつかの言い方があります)。

◆Dom
 支配したい、甘やかしたい、と言った欲望を本能的に持つ人。
 グレアと呼ばれる威圧的な力を言葉に込めたり放ったり出来る。

◆Sub
 支配されたい、甘やかされたい、といった欲望を本能的に持つ人。

◆Switch
 DomにもSubにもなれる人。

◆Normal。
 圧倒的多数の一般人。

◆Sub不安症
 長い間コマンドを受けないと、Subが発症する病い。息苦しくなり首をかきむしるなどする。症状は人によってさまざま。

◆Sub drop
 臨まない状況化で手ひどく無理にコマンドで従わせられると、Subが陥る極度の不安状態。鬱様相やパニック様相などを呈するが、こちらにも個人差がある。

◆ダイナミクス専門医
 DomやSubといったダイナミクスに詳しく、不安症などへの対応の専門的な資格を持つ医師。

◆グレア
 Domが放つ威圧感のようなもの。声に含まれる場合もある。

◆パートナー
 正式に契約を結んだDomとSub。

▶あらすじ

 闇医者をしている常盤は、本日も訪れた患者の手当をしていた。

 帰っていくのを見送りながら、分厚い封筒が報酬として置かれている事に気が付く。

 暫く物思いにふけっていると、エントランスのインターフォンがなり、見知らぬ人物が来た事に気づく。用件を聞くと、「Sub不安症の薬が欲しい」と言われる。外見が一般人ではなかったので中に招き入れ、所属を尋ねると、大学のクラスを答えられる。辟易し、少し怒ると、霧生と名乗ったその人物が、警察手帳を取り出す。そしていきなり強いグレアを含んだ命令をされ、唖然とする。しかし久しぶりにDomから命令されて、体が喜んでしまい、常盤はしぶしぶと命令に従い珈琲を出す。お互いを知るには体を重ねるのが一番早いという霧生に抱かれ、翌日になって、犬にかまれたと思って忘れようと考える。

 しかしそれを境に、ちょくちょく霧生が訪れるようになる。鍋をした際には、一人で孤独に暮らしていると、感じないような魚介の味などに気が付く。そして体を重ねるようになると、少しずつ常盤は霧生の事が大切になっていく。

 ある日霧生が、行為の最中に、『アオヤマ総合病院の事件の話が聞きたい』と言いだし、初めてセーフワードを使う。セーフワードは、「愛してる」であり、死んでも言いたくないと思っていたが、過去の事件について話すよりはマシだった。特に大切になりつつある霧生に、話して信じてもらえないのも怖く、話すのを拒んだ。

 だが熱心に問われ、ある日常盤は過去を語る。コマンドで無理矢理うその証言をさせられ、自分が医療ミスをしたとメディアの前で告白させられた記憶が蘇る。実家からも絶縁され、死を覚悟した時、昔からお世話になっていた仁科という医師と再会し、元気づけられた事で死を思いとどまり、今があるという回想をする。

 後日、アオヤマ総合病院には一斉摘発が入り、常盤には無事に医師免許が戻る。そして二人は恋人同士となる。セーフワードは、「愛してる」から変更しなければならないと話す。ハッピーエンド。

▶原作シナリオ

【第一話】

■場面(マンションの処置室)
・膿盆の上に、ピンセットで銃弾を置く
・呻く患者
・縫合し包帯を巻く常盤

常盤〈俺に依頼された内容は、『銃弾を摘出して欲しい』という行為だ。なお、薬は処方できない。俺は闇医者だ〉
常盤〈だが問題は無いのだろう。今回の患者は、俺に、国内未認可のSub不安症の薬を密輸入して卸してくれる組の人間だ。合法・違法を問わず、彼らは薬に不自由していないはずだ。逆にそちらから、俺側が必要な医薬品を分けて貰う事さえある〉

・患者と付き添いの人間が帰っていく。
・テーブルの上には、分厚い白い封筒(二百万円程度が入っている)。

常盤(口止め料も含んでいるんだろうな)

・封筒を適当に棚に放り込む。

■場面転換(マンションのリビング)

常盤〈ここは看板が無い、無認可のクリニックだ。俺の職場であり、家でもある〉

・窓を見ると、飛行機除けの朱い点滅や、船舶の灯りが見える。
・目を閉じると、脳裏に救急車の赤いランプが浮かんでくる。

常盤〈無機質な赤が、俺は嫌いだ。例えば総合病院の救急の灯りや、救急車のランプなど、冷たい赤は、意識してみれば街の各所に存在している〉

・インターフォンが鳴る。

常盤(誰だ? まぁ、突然来る『客』は珍しくないか)
常盤〈俺は『患者』ではなく『客』と呼んでいる〉

・白衣のポケットからPTPを取り出して、錠剤を三粒、掌にのせる。
・それを口に含んで噛み砕きながら、常盤は外を映し出しているモニターを見る。

常盤〈定期的にSub不安症の薬を飲むのも面倒だが慣れたな〉
常盤〈普段はNormalのフリをして生活しているが、薬を飲むと、いやでも自分がSubだと思い出させられるな〉

・立ち上がり、インターフォンのモニターの前に立つ。
・カメラ映像を見ると、霧生が立っている。
・どう応対するか考えていると、再度インターフォンが鳴る。

常盤〈怪我をしている可能性もあるし、一応話だけは聞いてみるか〉
常盤「はい」
霧生『開けろ』
常盤「どちら様ですか?」
霧生『薬が欲しい』
常盤「病院に行かれては?」
霧生『だからここに来た』
常盤〈ここが闇医者のクリニックだというのは知っているようだな〉
常盤「……何の薬だ?」
霧生『中で話す。さっさと開けろ。早くしろ』
常盤〈横暴だな。俺の嫌いなタイプだ〉
常盤〈怪我をしているようにも見えないが、誰かの代理かもしれないしな〉

■場面転換(エントランスへ向かい、ドアを開ける)

常盤「入れ」
常盤〈服装や時計、小物的に、どこかの組の人間だろうな〉

■場面転換(リビングに戻る)

常盤「座れ。それで?」
霧生「珈琲の一つも出ないのか?」
常盤「ここは喫茶店じゃない。お前は薬が欲しいんだろう? 具体的に、どんな?」
霧生「――Sub不安症の薬だ」
常盤「ドラッグストアにでも行ったらどうだ?」
霧生「先生は持っていないのか?」
常盤「Normalの俺には不要の代物だ」
霧生「Normal? お前、名前は?」
常盤「常磐だ」
霧生「おかしいな」
常盤「何が?」
霧生「――Subと聞いていたが?」

・常盤が驚く。霧生が煙草を吸い始める。

常盤「お前は何者だ?」
霧生「俺は霧生きりゅう。本名だ」
常盤「どこの組だ?」
霧生「組? 大学時代の必修クラスは、一組だったが」
常盤「馬鹿にしているのか? 今の所属を聞いている」

・霧生が煙草を灰皿に置き、警察手帳を取り出す。

霧生「刑事部捜査第一課。現在の所属だ。ああ、警視とまでは呼んでくれなくて良いぞ、常磐先生」

・手帳を凝視し、驚愕して冷や汗をかく常盤。

常盤〈闇医者家業の終焉なんて、こんなものなのかもしれない〉
霧生「別段、お前が非合法な薬の密輸入に関わっているからといった理由でここに来たわけでもない。それはマル暴と麻取の管轄だ」
常盤「薬が欲しいなら、D/S専門医に診てもらったらどうだ? 霧生警視」霧生「俺が使うわけじゃない。ここに入れてもらう為の口実だ」

・常盤は細く長く吐息をしてから、組んだ手を己の膝の間に置く。

霧生「聞きたい事がある」
常盤「令状は?」
霧生「残念ながら。個人的に来ただけだからな。最悪の場合、薬の不法所持で、任意同行をお願いしようとは思っていたが」
常盤「拒否する。俺に聞きたい事があるのならば、きちんと捜査令状を持参してくれ」
霧生「それにしても珈琲が飲みたいな」
常盤「無い」
霧生「――今日の昼、お前は駅前の珈琲専門店で豆を買っただろう?」
常盤〈尾行されていたらしい。この場から逃げようという気は起きないが、珈琲を素直に淹れる気分でもない〉

・その時、威圧感のようなグレアが溢れる。

霧生「《Take(取ってこい)》」

常盤「な」

常盤〈俺は目を見開いた。ダラダラと汗が溢れていく。言われた通りに俺の体が動く。コマンドを理解した瞬間、最悪な事に俺は――悦んでいた。自分のSub性が憎い。久しぶりに与えられたコマンドが心地良くすらあって、ドクンドクンと鼓動が三半規管を麻痺させるように強く何度も啼いた〉

■場面転換(ダイニングキッチン)

・豆の入った袋を開封していた。手動のコーヒーミルに豆を入れ、ハンドルを動かす。

常盤〈自分が何故従っているのか……それが、理性では分かっても、やはり感情的には納得出来ない。警察官が、このように強制的にグレアでSubを従わせる事など、違法だ。これだから俺は、基本的にDomが嫌いだ。なのに、そのコマンドに愉悦を感じる己が一番嫌いだ〉

■場面転換(リビング)

・カップを持って戻る。

霧生「《Good boy(良い子だ)》」
常盤「……」
霧生「セーフワードを決めておかないとならないな。俺は優しいDomだから」
常盤「巫山戯るな。強制的に今――」
霧生「決めるのを失念していた。そうだ、こんなのはどうだ? 『愛してる』」
常盤「は?」
霧生「嫌がって拒否しながら俺に愛を叫ぶお前が見てみたくなった」
常盤「とんだ変態だな」
霧生「《Strip(脱げ)》――お前には、白衣の袖に腕を通す資格なんて無いだろう?」
常盤「っ」
常盤〈霧生の言葉は事実だ。医師免許を剥奪されて久しい俺が、白衣を着ている事は愚かしい事だろう。だがそんな思考とは別の部分で、体が勝手に動く。強いグレアに俺は当てられている〉
霧生「きちんと全部脱げ」
常盤「……全部?」
霧生「物分りが悪いらしいな。俺は、裸になれと言っているんだ」
常盤「断る」
霧生「セーフワードは、教えたばかりだろう?」
常盤「……っ」
常盤〈脱ぎたくはなかった。だが、死んでも『愛してる』なんて言いたくない。葛藤している内に、俺の手は動き始めた。脱ぎたくない理由は簡単だ。Sub不安症による首の掻き傷を見られたくないだけだ〉
霧生「酷い傷だな。《Present(よく見せろ)》」
常盤「……」
霧生「折角綺麗な体をしているのに勿体無い。《Crawl(這い蹲れ)》」
常盤「……」
霧生「抱いても良いか?」
常盤「……」
霧生「沈黙は肯定と受け取る主義だぞ、俺は」
常盤「……」
霧生「信頼関係の構築には、体を繋ぐ事が一番だというのが俺の持論でな」
常盤「……」
霧生「その首を見る限り、パートナーはいないように思えるが、こちらの相手はいるのか? 随分とすんなり入ったが」
常盤〈特定のパートナーはいない。それでも体を暴かれるのが好きで、けれど専門の店に出て他者と関わるのは躊躇があって、結果一人で快楽を得ようとしてしまう事がある。己のSub性をわざわざ確認に出向く勇気が俺には無い。俺にとってSubという性は、どちらかといえば忘却したい事象の筆頭だ。それ以前に、例えSubで無かったとしても、俺は他人と積極的に関わる気が無い〉

■場面転換(リビングのソファの上)

・昨日の行為後寝てしまった状態。
・白衣がかけられていて、霧生はいない。

常盤〈こういう事は、実を言えばたまにある。俺をSubだと見抜くようなハイランクのDomが、口止めを兼ねて俺を抱いて帰る事は、別段珍しくはない。拒むほど、俺も潔癖ではないし、欲求不満は常だ〉

常盤〈結局、霧生が何を聞きたがっていたのかは知らないが、知りたくもない。患者の個人情報は、話せないというより、聞かないようにしているから俺は答えられない〉
常盤「忘れるか」

【第二話】

■場面(エレベーター前から中)

常盤〈――次に霧生の姿を見たのは、その三日後の事だった〉

・スーパーのレジ袋をもってエレベーターに乗ると、続いて霧生が入ってくる。

霧生「やぁ、常磐先生」
常盤「!」

・エレベーターが上昇を始める。

霧生「今日は一人で鍋か?」
常盤「……」
霧生「美味しそうな海老を見つけたから、買ってきた」
常盤「……」
霧生「お前は野菜ばかり買っていたから、入れたら丁度良くなるな」

・エレベーターが目的階に到着。
・部屋の前までついてきたので、常盤が霧生を睨む。

常盤「令状は?」
霧生「無いが?」
常盤「不法侵入と見做す。帰れ」
霧生「怖いな。《Come(来い)》」
常盤「!」

・両腕を差し出されたので、そちらに命令通りいってしまい、抱きしめられる。
・思わず唇を噛む常盤。

霧生「噛むな」
常盤「……離せ」
霧生「離したら、鍋を振る舞ってもらえるか?」
常盤「……」
霧生「言い直す。作れ、俺のために」
常盤「兎に角離せ」

・他の住人が来る気配に気づいて、諦めてマンションの鍵を開ける。

■場面転換(マンションのエントランス)

・霧生も中までついてくる。

霧生「先に珈琲をくれ」
常盤「自分で淹れろ」
霧生「俺はお前の淹れる珈琲が気に入ったんだ、常磐先生。さっさとしろ」

・常盤の胸がドクンとなる。

常盤〈Domに褒められる時、無性に嬉しくなる。それはコマンドと同じくらい、俺の精神を一喜一憂させる〉

■場面転換(ダイニングキッチン)

・コーヒーを淹れる。

霧生「煙草が吸いたい。灰皿を持ってこい」
常盤「リビングにある。自分で持ってきたらどうだ?」
霧生「それもそうだな。お前には、珈琲を淹れるという仕事と鍋作りがあるからな」

・霧生が灰皿を取りに行き戻ってくる。

常盤「お望みの珈琲だ。そこに座っていろ」
霧生「鍋はいつ出来る?」

常盤「二十分もあれば――……おい、本当に食べていくつもりなのか?」
霧生「ああ。何か問題が?」
常盤「職務質問や任意捜査の一形態に、鍋を共に食べるような行為が追加されたとは、刑事ドラマも驚きの展開だな」
霧生「単純にお前と食べてみたかっただけだが?」
常盤「……は?」
霧生「良いからさっさと作ってくれ。腹が減った」

■場面転換(鍋を囲む)

・鍋を作る。
・ダイニングテーブルに座って鍋を二人で食べている。

常盤〈確かに野菜や、キノコと豆腐ばかりを買っていたなと思ったのは、久しぶりに海老の出汁の香りを感じた時だ。一人では、気づけない〉
常盤「……美味しい」
霧生「ああ、優しい味がするな。これがお前の中身か?」
常盤「鍋の具材の問題だ。優しい味が出せる人間が皆優しいのなら、料理人は天使だらけだろう?」
霧生「中々言うな。確かに――命を救うからと言って、医者が必ずしも光の徒と言えないように、職業では人は判別できないか」
常盤「そうだな。今俺の目の前には、傲慢な警視様が堂々と座っている事も根拠となる」

・霧生が箸をおいて、浴室の方向を見る。

霧生「借りるぞ。ごちそうさま」
常盤「は?」
霧生「大人しく待っていろ、《Good boy(良い子でな)》」
常盤「!」

・不意に放たれたコマンドに、ドキリとする。

■場面転換(ダイニングキッチンで洗い物)

常盤「何を考えているんだか……」

・シャワーを終えて、霧生が来る。

霧生「お前の立ち姿は、絵になるな」
常盤〈明確な始まりとして線を引くのならば、ここだったのかもしれない〉霧生「家事は明日にしてくれ、《Come来い》」

・抱きしめられる。

霧生「寝たい。ダメか?」
常盤「っ……そういう気分なら、お得意の命令をしたらどうだ?」
霧生「同意を求めている」
常盤「そんなの、俺が同意なんてするわけが――」
霧生「言い換える。不安症の錠剤を囓るよりも、俺の下で啼いて天国に逝く方が楽なんじゃ無いか? 常磐先生」
常盤「な」
霧生「好きな方を選べば良い。その権利は、お前にもある。《Say(言え)》」
常盤「抱いてくれ」
常盤〈俺は欲求に素直だった〉
霧生「良いぞ。同意、だからな。俺としても、お前とはもっともっと、親睦を深めたいと思っていた所でもある」

■場面転換(寝室に移動)

・眼鏡を外した霧生が、ベッドサイドに片手でそれを静かに置く。

霧生「目を閉じろ」
常盤「どうして?」
霧生「キスをする時は閉じるものだろう?」
常盤「純情な警視様だな。だったらキスなんてしなければ良いだろう?」
霧生「――《Corner(向こうを向いていろ)》」

・ベッドシーン

霧生「常磐」
常盤「なんだ?」
霧生「お前、慣れてないな」
常盤〈殴ってやろうかと思った。実際、それは事実だ。人付き合いが欠落している俺は、時に患者の付き添いとして訪れる人間と寝る程度の経験しか無い〉
霧生「もっと、可愛がられる事に慣れろ。俺が、存分に教えてやる」
常盤「結構だ。そんな善意は不要だ。だから早く――」
霧生「本当に欲しい時、どんな風になるか、そこから教えてやらないとならないようだな」

・ベッドシーン
・事後

霧生「《Good boy良い子だったな》」

■場面転換(リビング)

・考え事をしている常盤

常盤〈――以後、霧生は俺のもとへと訪れて、食事をしてから俺を抱いて、勝手に帰っていくようになった。急患がいても、俺が診察中でも、お構いなしに、最近は俺のベッドがある部屋で煙草を吸っている。そのせいで、俺の私室にはバニラの香りが染み付いた〉
常盤〈 じわり、じわりと。霧生は俺の生活に入り込んでくる。それが鬱陶しい〉

・患者が来たので処置室に行く常盤
・治療
・終了後、リビングにいると、霧生が来る。
・手に白いケーキの箱を持っている。

霧生「土産だ」
常盤「なんだ、それは?」
霧生「苺のショートケーキ」
常盤「皿は棚だ。いつもの場所だ。もう覚えただろう?」
霧生「常磐に食べさせたくて買ってきたんだ。俺は甘いものは苦手だ」
常盤「は?」
霧生「早く食べろ」

・皿を取り出し、ケーキをのせた霧生が、それを常盤の前に置く。

霧生「お前は細すぎる。きちんと食べろ」
常盤「……」
霧生「医者の不養生など全く笑えないからな」
常盤「俺に医師の資格は無――……」

・言いかけたが、フォークにケーキを突き刺して霧生が口の前に持ってきた瞬間、何も言えなくなる。

常盤「……どういうつもりだ?」
霧生「食べさせてやろうと思ってな」
常盤「なんだ、その不必要すぎる気遣いは!」
霧生「正直、照れるお前が見たかった。予想通りの反応が返ってきて、俺は満足している」
常盤「あのな……」
霧生「俺はパートナーは愛でる主義でな」
常盤「――は?」
霧生「好きなものは好きだと、愛しいものは愛しいと、きちんと主張する主義でもある。お前も見ていれば分かるが、俺の事を相当意識し始めたな?」常盤「言ってろ。精神科は範囲外だ」
常盤〈その後霧生は、俺を抱いて帰っていった〉

・事後。
・常盤は、気怠い体で、テーブルの上にあるケーキを見る。
・苛立ちから、思わずその隣にあった、ケーキの箱をたたき潰す。

常盤〈最近、霧生は俺に甘い。俺には、甘やかされている自覚がある〉
常盤〈これではまるで、本当にパートナー関係になってしまったみたいだ。俺は、Domが大嫌いだ。だから絶対にパートナーなどいらない〉
常盤〈次に霧生が来たら、明確に拒絶しよう〉

・決意しながら、ケーキをごみ箱に捨てる。

■場面転換(寝室)

常盤〈しかし決意など脆くて、霧生を見て、少し低い声でコマンドを告げられる度、俺は悦んでしまう。不甲斐なくて、涙が出てくるのに、セーフワードを言う気にはならない〉

霧生「常磐」
常盤「……」
霧生「――聞きたい事があると最初に話しただろう?」
常盤〈そうだった。霧生は、俺に話が聞きたいから、俺を体から絆しにかかっているだけだった。言動もケーキのように甘い所がある霧生のせいで、すっかり失念しそうになっていた。俺は滑稽だ〉
霧生「五年前。常磐、お前が医師免許を剥奪される事になった医療ミスとカルテの改竄についての話を、俺は聞きに来たんだ」
常盤〈それを聞いた瞬間、俺は全身に冷水を浴びせられた心地になった〉
霧生「《Say(話してくれ)》、真実を」
常盤「『愛してる』」

・霧生の体が強張る。

霧生「……、何故だ?」
常盤〈探るようなその声音に、俺は開きかけていた心を封じる事に決める〉
常盤「あ、待て、動くな!!」
霧生「まぁ良い。お前の口から、俺に対して『愛』という言葉が出るのを聞くのは、存外胸が満ちる」
常盤〈結局この日は、そのまま普通に体を重ねた。セーフワードの効果は絶大だったらしく、俺を抱き潰す事はしても、霧生は俺に発言を強制は出来ないようだった〉
常盤〈体の関係だって、セーフワードを用いて拒めば良いのだろうが、そちらに関しては、俺は心から嫌だとは思っていないのだと、こちらもこちらで自覚させられる〉
常盤〈だがこれを境に、霧生は俺に訊いてくるようになった。俺はその度に、『愛している』と告げている。だから、いつも普通に体を重ねる事になる〉

■場面転換(リビングの窓の前)

・テレビのニュースで初霜が降りたと報道している。

常盤(今日も、霧生は来るだろうか?)
常盤〈ここの所の俺は、そればかり考えている。そんな自分に気付く時、とてつもなく、胸が痛むようになってしまった〉
常盤(何故俺は、霧生の事をこんなにも意識しているのだろう? 霧生が、Domで、俺が、Subで、それで、なのだろうか? いいや――違う)
常盤〈いつの間にか俺の内側を侵食していた霧生。その目論見は大成功だとしか言えない。体が契機の俺達の関係だが、あっさりと俺は、当初の奴の持論の通り、絆されつつある。いいや、絆されている。俺は、明確に霧生の事が……好きだ〉
常盤〈だからセーフワードを口にするその瞬間は、俺にとって辛くもあれば、実を言えば幸福でもある。背徳的な幸福感では、あるが〉

・霧生が来る。ネクタイを外して、常盤をその場のソファに押し倒す。

常盤「霧生、せめて電気を消してくれ」
霧生「断る」
常盤「眼鏡、曇ってるぞ」

・霧生が眼鏡をはずしてから、キスをする。

常盤(こんな日々が続くのも悪くは無い)
常盤〈俺は、どこかでそんな風にすら、思い始めている。俺の内側で、霧生という存在が、次第に大きくなりすぎていたのだろう〉

■場面転換(様々な風景)

常盤〈その後も、俺と霧生は何度も何度も、街路樹の葉が色を変えるまでの期間、交わった。体を重ね、食事をし、時には何もせず雑談だけをして、夜を過ごした事もある。職業柄、朝の四時前には、霧生は帰っていくが、俺は別段それに関しては寂しさは感じない。ただ時折、俺とは歩く場所が違う存在だと痛感させられる事がありはしたが〉

■場面転換(リビング)

霧生「どうしても話してくれないのか?」

・カップを差し出す常盤。

常盤「その……どうして今更、そんな話が聞きたいんだ? 俺に聞くより、当時の捜査資料でも読んだ方が良いんじゃないか?」
霧生「資料があてになると考えていれば、当然そうしている。何があったんだ?」
常盤「……ニュースの通りだ。それ以上でも以下でも無い」
霧生「アオヤマ総合病院における医療ミスにより、一人の少年が亡くなった。携わっていた医師臨床研修制度中の――研修医の過失。研修医は、それを隠蔽しようとカルテを改竄した。その医師の名前は、常磐ではないが、お前だ。華頂医師」
常盤〈俺は俯いた。確かに常磐というこの名前は偽名だ。生家の華頂家からは絶縁された。もうあの家の名を名乗る事も許されないだろう。そして俺が述べたニュース、それは少年の死であり、亡くなった者は帰っては来ない〉霧生「聞かせてくれないか?」
常盤「だからニュースの通りだと言っているだろうが」
霧生「ではそれを、お前の口から」

・自分の分のカップに手で触れ俯く常盤。

■場面(春の公園、猫がいてベンチに座っている)

常盤〈――あれは懐かしき、いつかの春〉
常盤〈アオヤマ総合病院、広く研修医を受け入れている病院の一つだ。医学部を卒業し国家試験に合格した俺は、公園で日向ぼっこをする白と黒の模様の猫を見ていた〉
仁科「おお、豆大福」
華頂「ベルって言うみたいですけどね」
常盤〈俺の正面に立った仁科にしな先生の声に、思わず吹き出す。仁科先生は、何度か大学に公演に来た、ダイナミクス専門医だ。たまたま家が近かったから、俺は普段から先生の事を知っていた。もっと言うのならば、先生のような医師になりたいと感じて、俺は医学部を目指した〉
仁科「こんな所で油を売っていていいのか? 研修医」
華頂「明日からです」
仁科「フェローになったら、何を専門にするんだ?」
華頂「Sub不安症ですかね。雇ってくれます?」
仁科「華頂君は一番弟子だからね。ま、今のところお前しか私の弟子志願者なんていないが」
華頂(本気なんだけどな)
華頂〈Subに生まれた俺は、何度か不安症に襲われ、先生に診てもらった事もある。俺も、先生のように、困難があるSubを救いたい。ただそのためには、実力をつけたいから。だからそれが叶ってから。いつか胸を張って、俺は仁科先生のクリニックの門を叩きたい〉
常盤〈俺は希望に満ちていた〉

■場面転換(アオヤマ総合病院の廊下)

常盤〈翌日から始まった研修医としての生活、これが中々充実していた。各科を回りながら、沢山の事を勉強した〉
華頂「明日からは、小児科かぁ」
常盤〈俺はそんな充実した日々が続く事を、微塵も疑っていなかった。ただ早く、仁科先生のそばに行きたかったし、近づきたかった。多くの人々の力になるためにも〉

■場面転換(小児科の病室、会議室)

常盤〈アオヤマ総合病院の小児科には、長期入院中の患者も多かった。各科との連携をしながら、闘病している子供が多い。俺はその中で、一人の心疾患の少年と出会った。俺の指導をしてくれる先輩医師の担当患者で、簡単な手術をすれば無事に退院できるだろうと聞いた。カンファレンスの時、俺はいつも持参しているノートに、様々な事をメモした〉

■場面転換(病院の職員控室)

常盤〈事態が急変したのは、手術を無事に終えた日の夕方だった。残っていた俺は、血相を変えた先輩医師が、心臓外科に連絡をしているのを見ているしか出来なかった〉
常盤〈――手術にミスがあったらしい。漏れ聞こえてくる声に、俺はハッとした〉
先輩の指導医「華頂かちょう、カンファレンスの時に取っていたメモはあるか?」
華頂「はい、あります。すぐに医療過誤について――」
先輩の指導医「破棄しろ」
華頂「――え?」

・唖然とする。

先輩の指導医「医療ミスの証拠になってしまう」
華頂「……」
先輩の指導医「どこにある?」
華頂「……その、ロッカールームに。すぐに行ってきます」
常盤〈俺は、口頭ではそう答えた。だが、内心で、絶対にあのメモを渡してはならないと決意していた。メモを無事な場所に隠してこなければならない。ミスの隠蔽など、あってはならない。必死で平静を装いながら、俺はロッカーを目指した。薄暗い室内には、幸いひと気は無く、俺は無事にメモを教本類の中に隠す事に成功した〉

・先輩の指導医のもとへ戻る。

華頂「破棄しました」

・院長が入ってくる。

院長「どこにどのように破棄したんだね?」
華頂「っ、あの、切り刻んでゴミ箱に」
院長「――本当に? 《Say(答えたまえ)》」
華頂「!」
常盤〈威圧的なグレアに飲み込まれたのは、その時の事だった。セーフワードの取り決めなど、勿論無い。一方的な暴力に等しいグレアに晒された俺は、ただ震える事しか出来ず、立ち尽くしていた〉
院長「《Take持ってくるんだ》」
常盤〈ブツンと音がした気がした。俺の体の統制権が、完全に自分から外れた感覚だった〉

■場面転換(病院の廊下)

・フラフラ歩き出す華頂
・ゆっくりと後をついてくる院長

■場面転換(病院のロッカールーム)

・薄暗い室内に入ると、中へと続いて入ってきた院長が扉を施錠する。
・そして白衣のポケットからボイスレコーダーを取り出すと、片手に持つ。

院長「《Say(復唱しろ)》、『手術前日の投薬量を間違えました』」
常盤〈そこからの事は、記憶が曖昧だ。俺が自分を取り戻した時、そこはアオヤマ総合病院のD/S専門病棟の特別室で、外側から施錠されていた。俺は長い間、ドロップ状態にあったらしい〉
常盤〈退院前、両親が俺の見舞いに来た。その時手にしていた週刊誌には、俺の発言の全文が記載されていたが、俺には発言自体の記憶が無い。退院したその日に、実家からは絶縁された。退院後、週刊誌のデジタルサイトでは、俺の音声が流れてきた〉
華頂『手術前日の投薬量を間違えました――』
常盤〈そこから始まる俺の懺悔。医師免許は剥奪され、俺は人殺しと誹られた。最初は事態が飲み込めなかった。最後にと実家が俺に与えた小さな家には、毎日石が投げ込まれた。酷い落書き、庭には汚物が投げ入れられる。外に出れば罵詈雑言。どんどん俺の感情は摩耗していった〉
華頂(違う)
常盤〈違うのだ、と。俺は言おうとしたけれど、出来なかった。誰も信じてくれる者がいないと確信していた。だからある日公園に出かけたのは、『最後』に幸せだった頃に見た風景を目に焼き付けたいと思ったからだった〉

■場面転換(公園)

・公園には猫がいた。
・ぼんやり見ていると声がかかる。

仁科「やっと来たか」

・ハッとして顔を上げると、そこには以前と変わらない笑顔の仁科先生が立っている。

仁科「いつ来るかと思って、待ってたんだけどなぁ」
華頂「……」
仁科「私は華頂君を信じてる。大丈夫か? 死にそうな顔、してるが? ほら、立て。美味しい和菓子があるんだ」
華頂「……っ」
常盤〈優しさが、辛かった。けれど同時に救いだった。信じてくれる人がいた。無論大丈夫では無かったし、死を決意していたのだが、俺は笑ってしまった。差し出された豆大福を受け取りながら、本当にベルに似ているなと考える。それは楽しい思考のはずなのに、俺は久しぶりに泣いていた〉
仁科「少し寄っていかないか?」
華頂「――帰ります」
仁科「そうか。生きろよ。約束してくれ」
華頂「……はい」
常盤〈俺にはこの約束があるから、今も呼吸をする権利があると思う。そして、他の誰が信じてくれなくとも、仁科先生が信じてくれたのだから、良いではないかと考えられるようになった〉

■場面転換(急患の治療風景)

常盤〈俺にはもう、光の下を歩く公的な資格は無くなってしまった。けれど、俺に縋る人々の存在に、それからすぐに気がついた。ある日、家がノックされたと思ったら、見知らぬ男が立っていて、『診て欲しい』と俺の前に怪我人を連れてきた。後で知ったのだが、この界隈を根城にしている組の若頭だったそうだ〉

■場面転換(今のマンション)

常盤〈以後、俺はカタギではない世界に足を突っ込み、公的な医療に預かれない怪我人を診ている。中には、Normalと称して生きているから、ダイナミクス専門医にはかかりたくないといった悩みの持ち主もいた。俺には俺なりに、出来る事が存在したらしい〉
常盤〈今は、これで良いと思っている〉
常盤〈あるいは今の俺の所業を知ったら、今度こそ仁科先生は俺を見放すかもしれない。だが――あの事件から五年も経った現在、既に俺は子供では無い〉

■場面転換(マンションのリビング)

常盤〈もう、俺は一人で立っていられる……そのはずだった。例えば海老の出汁の味になんて気付かなければ、バニラの香りさえしなければ。霧生がいなければ。一人だと気付かなければ。そこに寂しさを覚えたり、愛されたいと感じ願う事が無かったならば。けれど、俺が犯した罪は重い。決して、あの少年は帰ってこない。葛藤と諦観と絶望と――……ああ、自分の思考がまとまらないのが嫌になる〉

・立ち尽くしている
・コーヒーが冷めている

霧生「じきに、アオヤマ総合病院に一斉捜査と摘発が入る」
常盤「っ」

・我に返って慌てて顔を上げる。

霧生「お前にも証言して欲しい。院長が、違法にグレアを用いて、冤罪を被らせたのだと」
常盤「……今更、誰がそんな事を信じると――」
霧生「お前の指導をしていた医師が証言した。ボイスレコーダーを入手した出版社の記者も、院長の秘書から手に入れたと話している」
常盤「……」
霧生「常磐。もう一度言う。真実を《Say教えてくれ》。お前は被害者だ。俺は、お前を信じてる」
常盤〈その言葉が、仁科先生の声と重なった〉

・震えながら霧生を見て頷く。

■場面転換(リビングでテレビを見ている)

常盤〈――アオヤマ総合病院への一斉捜査のニュース、及びその後の院長の逮捕について、テレビで見てから、俺はリモコンを手に取り、電源を落とした。霧生の話は本当だったらしい。だが俺は、霧生には話をしたけれど、法廷での証言は拒否した〉
霧生「ただいま」

・合鍵で入ってきた霧生がリビングにやってくる。

霧生「お前の医師免許、戻りそうだぞ。詳しい話は、俺には分からないが」常盤「別にいい。俺はここにいるからな」
霧生「きちんと研修医からやり直して、専門医になれ」
常盤「俺の人生に口出しするな」
霧生「したっていいだろ、パートナーなんだから」
常盤「いつ俺が同意したって言うんだ?」

・ソファの後ろから霧生が腕を回して常盤に触れる。

常盤「いいんだよ、俺には闇医者があってる。ここには、俺の患者がいる」霧生「だがお前が闇医者をしていた証拠も、密輸入されていた薬を勝手に処方していた証拠も無い。このシマの若頭はやり手らしいな」
常盤「――あいつらは、意外と恩に厚いんだよ」
霧生「妬けるな」

・霧生が笑う。

霧生「《Look俺を見ろ》」
常盤「なぁ、霧生」
霧生「なんだ?」
常盤「愛してる」
霧生「セーフワードは卑怯だ。キスしたかったのに」
常盤「違う。愛してる」
霧生「だから――……ほう。それは、コマンド無しでもキスして良いというお許しか?」
常盤「お前は?」
霧生「俺は最初からお前が好きだ。尾行中に一目惚れした」
常盤「不埒な警視様だな」
常盤〈幸せ、として良いのか、否か。それは俺には分からない。人生は続いていくものだから、いつ何があるかも分からない。だが現在、俺は霧生がいて幸せであるし、今ならば仁科先生のところにも顔を出して、ゆっくりと話も出来るような気がしている〉
霧生「セーフワード、変えないとな」
常盤「元々お前が一方的に決めただけだろう」
霧生「今度は話し合って、きちんと。俺は常磐から、もっと愛の言葉が聞きたい」
常盤「言ってろ。二度と言わない可能性が高いけどな」
常盤〈俺と霧生が首輪選びに出かけるまでは、もう少し。正式なクレイムより先に、俺達は恋人同士になってしまった。Domが大嫌いだったはずの俺だから、本当に人生、何があるかは分からない〉
常盤〈もう不要になった不安薬の錠剤を、この日俺はゴミ箱に捨てた。けれどケーキを叩き潰したあの日とは異なり、俺は今、霧生を大切だと確かに感じている〉


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