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エピソードⅡ|見たかった景色 (後編)

 元気出たよ!
 友達が笑顔で言ってくれるのがYUKIは嬉しかった。高校で3年間続けたチアリーディング部。人の笑顔を見ると自分も笑顔になる。母、朱美もYUKIの笑顔が好きだった。いつも元気で自然と家の中が明るくなる。青森ワッツチアダンスチーム「ブルーリングス」のメンバー募集の新聞記事を目にし、YUKIにピッタリだと思った。やってみたら?何度も促した。家族で青森ワッツの試合を観に行ったことがある。YUKIの目は自然とブルーリングスに向いた。やっぱりプロのチアはステキだな。輝いていた。眩しかった。YUKIも家族も笑顔になった。みんなの笑顔を見ることができるなら。YUKIは、いつもの明るさで母に答えた。やってみよっかな。

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 周りが見えてない-。ブルーリングスに加入したYUKIは、チアディレクターの岩舘千歩に繰り返し言われた。YUKIは明るい性格だったが不器用で、何かに集中すると周りが見えなくなってしまう。それではチアはつとまらない。会場の雰囲気を察して応援を盛り上げる。来場者には笑顔で接する。一緒に活動するジュニアチームの子のお手本にもなる。加入から3ヶ月間、ダンスはもちろん、表情や姿勢、歩き方など所作の指導が厳しかった。2017-18シーズン開幕。なんとかデビューにこぎつけた。ブルーリングスは試合後に必ず反省会をする。あそこがダメだった。じゃあこうしよう。みんなでその日の反省と解決策を話し合う。YUKIはいつも黙ったままだ。遠慮もあったが、自分がミスをしないことしか考えられていない。何も言えなかった。私は何をやってるんだろう。みんなの笑顔を見たかったはずなのに。

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 青森、八戸、弘前のエリアに分かれているメンバーが全員一緒に練習できるのは試合当日くらいだった。全体の構成やダンスの動きは岩舘がSNSを通じて指示し、各自で準備する。学生のYUKIは試験の時期がきつかった。ある試合で指示を覚えないままリハーサルに臨んだYUKIは岩舘にこっぴどく叱られた。しょうがないじゃん、学校あるんだから。言い訳したい気持ちがもたげた。そのダンスにYUKIは出してもらえず、コートエンドでジュニアチームの子と一緒に見るだけだった。コート上では自分が欠けたフォーメーションの穴を先輩たちが埋めて踊っている。情けなくなった。私が迷惑をかけてるんだ。同期のKAEDEちゃんは学校あってもしっかりやってるのに。私だけみんなの足を引っ張ってる。私だけ…。
 誰も見ていないコートの片隅で、YUKIは泣き出すのをこらえていた。

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 なんで人に訊かないの?もっと積極的にやってみたら?岩舘が声をかけた。人見知りのYUKIは、なかなか自分から話しかけられない。でも、そのままでは何も解決しないことにも気付いていた。責任を果たそう。やるしかない。リハーサルやレッスンの後に、岩舘をつかまえて訊くようになった。岩舘は嫌な顔せず付き合ってくれた。先輩にも訊いた。同じ弘前チームのKOKOやMINAMIは一緒に自主練もしてくれた。自分から動くと、岩舘も先輩も応えてくれる。なぜ今までこうしなかったんだろう。シーズンを折り返す頃、YUKIは反省会で自分の意見を言えるようになっていた。

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 2年目の景色は違うよ。シーズン終盤、岩舘に言われた。来シーズンもブルーリングスを続けるか決めなくてはいけない。YUKIはブースターに笑顔で応えられるようになっていた。少しずつだけど成長できてる。半年前は見えなかった景色が見える。このまま続けてみたい。2年目の景色を見てみたい。もっとみんなの笑顔を見たい。でも、学校の予定を考えると現実的には難しかった。あの苦い思いは繰り返せない。この1年で責任を学んだ。悩んだ末、辞めることに決めた。岩舘には叱られてばかりだった。今は感謝の気持ちしかない。YUKIの返事に岩舘は答えた。YUKI、よく頑張ったよ。成長したよ。YUKIは泣き出しそうになった。

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 2018年の秋、YUKIは忙しい学校生活を送っていた。毎日の生活にブルーリングスの経験が活きている実感がある。頑張ってよかった。心から思えていた。ある日、新シーズンのブルーリングスを動画で見る機会があった。同期のRUIとKAEDEがブルーリングスを続けていることは知っていた。一緒にやっていた頃の2人とは違うのがスマホの画面越しにもわかる。輝いていた。眩しかった。−2年目の景色は違うよ。岩舘の言葉を思い出していた。私も見たかったな−。画面に見入っていたYUKIは、いつの間にか笑顔になっていた。家族と初めてブルーリングスを見たときと同じ笑顔に。YUKIは、いつもの明るさで画面に向かって話しかけた。
 元気出たよ。私も頑張ろう!

episodeⅡ | text&photo: Hiroki Nakamura | photo: Shinji Narita

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《PROFILE》
YUKI(ゆき)
田舎館村出身
2017-18シーズン(1シーズン) ブルーリングス在籍

エピソードⅡ(後編)は、2018年12月4日付陸奥新報、2019年1月8日付デーリー東北別刷「chouchou(シュシュ)」に掲載されました。

《EPILOGUE》

 もう一度チアやりたいな…。専門学校の卒業を前に、YUUNOはそんな思いにとらわれていた。楽しかった高校のチアリーディング部。スマホを取り出し、青森、チアで検索してみる。どこかできるところないかな。前にもなんとなく調べたことがある。その時と同じように、Bリーグ青森ワッツのチアダンスチーム「ブルーリングス」の名前や写真が出てくる。ん?YUKI?  
 YUUNOは見覚えのある笑顔を写真の中に見つけた。

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 チアリーディング部でYUUNOは派手な存在だった。身体が小さいこともあって、スタンツ(組体操)の上に乗るトップを1年生から務めた。根っからの目立ちたがり屋のYUUNOは喜んだ。色鮮やかなユニフォームで注目を浴びる。部活が楽しくてしょうがなかった。YUKIは1学年下で入部してきた。自己主張の強い部員が多い中で、おっとりしたキャラクターはみんなに愛された。普段は周りに気を配って、出しゃばることはしないけど、こうしようという意見もしっかり述べる。ふーん、良い子だな。特に親しい仲ではなかったけど、先輩の推薦で決める次期キャプテンに、YUUNOはYUKIを推薦した。結局YUKIは副キャプテンになるのだけど。

 そんな、どちらかというと地味なYUKIが、華やかなプロスポーツのチアダンスチームにいる。驚いたけど、少し羨ましかった。チア続けてるんだ。私は?もう一度チアをやりたい思いは就職してからも募っていた。またやるの?もういいんじゃない?昔の仲間に思いをもらすとそんな返事が返ってくる。仕事。結婚。みんな自分たちの人生を歩んでる。私は?私はチアをやりたい。後悔したくない。きっとYUKIも-。写真で見たYUKIの笑顔に後押しされ、YUUNOはブルーリングスに応募した。

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 2019-20シーズンの開幕から間もない10月末、YUUNOの地元黒石で開催された青森ワッツのホームゲーム。家族もチアリーディング部の仲間も観に来てくれた。会場はチアリーディング部の練習でも使っていたスポカルイン黒石。慣れ親しんだ体育館は見違えていた。ブースターで青く染まった客席。コートを彩る眩いスポットライト。ここはプロスポーツの舞台。Bリーグのアリーナ。
 YUUNOもまた、Bリーグのチアリーダーとしてコートに立っていた。ブルーリングスの一員になり、9月の開幕戦でデビュー。ブルーリングスの役割はブースターの応援を後押しして、青森ワッツの試合を盛り上げること。ディレクターの岩舘千歩から指導を受け、先輩メンバーから学び、チームメートと切磋琢磨してきた。何もかも高校のチアリーディング部とは違っていた。

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 もう一度チアをやりたい。それは自分のためだったかもしれない。高校時代のように、自分が視線を浴びたかったのかもしれない。でも、ブルーリングスのメンバーとして見る景色は違っていた。

 戦う選手たちに懸命に声援を送るブースター。勝利を近づけるワンプレーごとに歓喜が弾ける。その表情は、コートサイドにいるYUUNOの目にキラキラと輝いて映った。もっと笑顔にしたい、もっと元気にしたい。YUUNOはそう思ってコートに飛び出すようになった。ブースターに向けて腕を振り、ブースターと一緒に声を出した。すると、コートから見る景色は、輝く笑顔がいっぱいの景色になった。きっとそれは、チアリーダーしか見ることのできない景色。きっとそれは、チアリーダーへのご褒美なのかもしれなかった。

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 YUUNOはチアをやってる時がいちばんキラキラしてるよ。黒石の試合後、友人から言われた。チアを続けてよかった。YUUNOは心から思った。ふと、ブルーリングスとの出会いを後押ししてくれたYUKIの笑顔が頭に浮かんだ。YUKIもあの景色を見たのかな。YUKIも頑張ったんだな。
 YUUNOは、輝く笑顔がいっぱいの景色をもっと見たいと思った。

episodeⅡ epilogue | text&photo: Hiroki Nakamura

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《PROFILE》
YUUNO(ゆうの)
黒石市出身
2019-20シーズンからブルーリングスに在籍

ブルーリングス
青森を愛し、青森から輝く女性像を発信する。チーム名には、青く燃える情熱の炎が凛と輝いて輪(リング)となり、和を広げるという思いが込められる。Bリーグで戦う青森ワッツを鼓舞するパフォーマンスはダイナミックかつキュート。岩舘千歩ディレクターが「青森らしさ」にこだわったチアは、清潔感とエレガンスにあふれ、子供たちや県外ブースターからも人気を集める。Bリーグ発足前年のTKbjリーグではチアグループのベストパフォーマー賞も受賞。チアスクール生で構成されるブルーリングスジュニアチームとともに、青森ワッツのホームゲームを青く彩る。

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