closet,closet…


――窓の向こうにゆらめく塩田の沸騰が見えて。恩寵のように晴れているから、まるでいま、空からほろりと生まれ落ちたかのようなわたしだった。
(あんぜんなへやだから……)
シャッターを切りそこねられたまま焼きついていく景色だから、
(のこらない……)
ここはこんなにもまばゆい。光にまみれすぎていて、あなたたちにこの部屋は見えない。

(白い嵐しか見えない。すべてをうすい膜が覆っていて、わたしからはあまりにも遠かった。ここは世界の灰、幽霊の部屋。からだの奥をうだる闇が、部屋中をみなぎっている。あなたたちのまなざしに閉じ込められて、この部屋に出口はない。)

――からだからはぐれる歌があふれて、外の草木がうるんでゆくのも、うつろな耳たちは知らないでいる。
(きづこうとしない……)
この歌も、あまねく満ちる幽霊のささやきも聞こえていないあなたたちに聞き取れたとき、この不可視の部屋がわかる。
(ふれないで……)

(凪。わたし(たち)はささやいている。この閉じた部屋をつなぐ私語は、わたし(たち)が隠れている間だけの安全な私語。灯体に布をかけながら、わたし(たち)はささやいている。不可視であることに慣れきって、生きていても幽体のようなわたし(たち)は。草木に、けものたちに、うなばらに、そうしてあなたたちに聞こえるようにささやいている。)

――沸騰。ゆらめいていたのは無自覚な炎で、歌う草木を焼き払ったことさえ気づかない。かなたにゆらめく塩田は、ひとつの世界の焼尽だった。
(ふみあらしてゆく、むくなまま……)
ほほえみを浮かべて踊る炎を、見えていないあなたたちは引きとめないから、この部屋は柩に変わる。くべられる順番を待つだけの。

(暦に隠された幽霊たち。かれらも嵐に閉じ込められていた? 透明なかれらの声がなす暗い川に溺れないように座標を光らせて、キメラ、自分の輪郭を思いだす。ここは世界の灰、幽霊の部屋。あなたたちがわたしをくべようとする火はいずれあなたたちを燃やす。)

――わたしを燃やす炎がすぐそこまで来ていても、キメラ、わたし(たち)はこの部屋を、幽霊の部屋を覚えている。
(のこらない……)
幽体から生身からうぶごえをあげて、塩の柱にされるよりはやく生まれ落ちる風景を、

(ここは世界の灰、幽霊の部屋……
 ここは世界の灰、幽霊の部屋……
 ここは……)

焼きつけながら窓を、嵐をすりぬけて、はるかなあなたたちに会いにいく。もう幽霊じゃないんだって言えるから、からだからはぐれても見つけてくれる?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?