見出し画像

宿命の消化ってなに?

鑑定を受けてくださったクライアント様から、「宿命を消化するとは、どういうことですか?」とご質問いただきました。

確かに、、、運勢がいいとか悪いとかはよく聞くけど、宿命を「消化する」とは聞き馴染みのない表現です。

実は算命学では、「宿命を消化する」という言い方をよくするんですよね。逆の意味で、「宿命が未消化になっている」とも言ったりします。

じゃあどうすれば、宿命を消化できるのか?というと、具体的には宿命に出てくる星を使っていくことになります。

算命学では、貫索星かんさくせいとか玉堂星ぎょくどうせいなどの10個の主星と、天将星てんしょうせいとか天馳星てんそうせいなどの12個の従星の組み合わせで宿命が表現されます。

それぞれの星には特徴があって、持っている星の要素を使うことで消化していくのです。


つまり、どんな宿命であっても、持っている星を使っていない人は、宿命がどんどん未消化になっていくのです。あまりにも未消化の星が多くなると、そもそも生きていくことが難しくなります。

どれだけお金があろうと、どれだけ美男美女だろうと、頭がよかろうと、関係ありません。自分を生きていないのだから、本人は生きるのがつらくて苦しくて、まったく幸せではないのです。

反対に、どう考えてもめっちゃしんどそう…という環境にいる人でも、宿命にあっていたら、本人は生き生きとしています。生まれがものすごく貧しかったり、苦労が多いほうが運勢が稼働していく人もいるのです。

親ガチャという言葉がありますが、幼少期の環境が本人の宿命にあっていれば、ひどい親でも逆にそれで鍛えられて良い人生になる方もいます。その逆もあります。


算命学が、単に運勢の良し悪しを見ない学問なのは、この「星を消化しているかどうか?」を重視しているためです。

与えられた宿命を生きているのか?行動しているのか?ここにポイントがあるのです。


青豆は、算命学を学ぶ以前、宿命から大きく外れた生き方をしていました。多少は星を使っていましたけど、どうも方向を間違えまして(笑)自分と合わない生き方を、それはそれは頑張ってやっていたんです…(゚∀゚)

今思えば、色々な星が未消化になっていましたね。その頃、まるで自分が死んでいくような感覚でした。頑張れば頑張るほど、一瞬はうまくいくけど、続けられない。だんだん、嫌になる、うまくいかなくなる、動けなくなる、そんな日々でした。

周りから見たら全然不幸には見えなかったもしれませんし、わかりませんけど(笑)
一般的には充実して幸せなはずの日々だったんですけどね、なんかもう毎日起きるのつらくて、自分は出来損ないのポンコツだとずっと思っていました。

でも、どん底まで落ちてみて、自分が無理して頑張っていたことをとにかくやめました。

そして、世間からどう思われようとも、もう知らん!!こんなところであっけなく死ぬくらいなら、全部やめてしまえ(笑)というくらいの、心境になりまして。

今まで作ったキャリアとかなんとか、そんなのもうどうでもいい、それよりも、本当はやりたかったことをやって死のうと。

それが、大学で歴史を学んだり、算命学を学んだりすることでした。

勉強は勉強でも、マーケティングとか、マネジメントとか、リーダーシップとか、そういう類の勉強ではありません。そういうビジネス&マネー的なのは、青豆には全く必要なかったのでした(笑)これは今だからわかることだけど、当時はそういうのでもうお腹いっぱいになっていました。

青豆が本当にやりたかったことは、それして何になる?お金になるのか?ビジネスになるのか?肩書きになるのか?と思われるものばっかりです。それ言われたら、「なりませんね(笑)」と答えるしかない。

大学も慶應ではあるが、通信です。
しかも歴史、当然、何にもなりません(笑)
いまさらどこかに就職するわけでもないし、
いまだに塾歌も歌えませんww

さらに算命学なんて、なんじゃそれ?ですよね(笑)

でも、もういいんだ、どうせ死ぬんだから。やりたいことやって、「余は満足じゃ〜」と高笑いして死にたいんじゃ!!

というわけで、そんな人生にシフトして行ったのが2018年でした。この時は、それが自分の宿命を消化していくことになるとは、青豆はまだ知りません。

結果的に、青豆の未消化だった星たちが、どんどん輝きはじめました。星が使えてるって、めちゃくちゃ気持ちいい〜(*´∇`*)

さきほども言いましたが、ここが大きな人生の分かれ道です。

「自分の人生を生きているのか、それとも他人の人生を生きているのか」


同じ日に生まれたとして、宿命はまったく同じでも、その人が宿命に生きているか、それとも宿命を生きていないか…それで人生も本人の納得感も大きく変わってくるのです。


人生に納得感がないひとは、もしかしたら、宿命のどこかが未消化になっているかもしれません。

しかし、それが腹の底からわかるのも、自分自身がその経験をしてきたからです。

もし青豆が、人生前半で宿命にピッタリ合った生き方をしてきていたら、宿命の消化、未消化について、あまりピンと来なかったかもしれません。

宿命に合わない環境に生まれ、宿命に合わない生き方をしてきた(せざるをえなかった)からこそ、どれほどその環境が辛いか、生きているのに半分死んでいるような感覚、自分の人生を生きている実感が持てない…ということを、身をもって経験できたと思うのです。


誰もが、自分の宿命と100%ピッタリ合う環境や生き方を選べるわけではありません。特に子どもの頃は、自分で生きる環境は選べません。

だから、不幸にも合わない環境のもとに育ってしまった方は、軌道修正するのに大変な時間と労力を要すると思います。青豆も宿命に全く合わない環境で生まれ育ちました。途中、はっきりと人格が歪んでいった感覚があります。生き伸びるためには、そうするしかなかったので、その時はそれが最善だったと思います。

しかし、歪んだ自分を修正していくのに20年かかりました。完全に歪みを直すことは難しいだろうと思いますが、歪んじゃったことによって見えた世界や発見もあり、鑑定をするにあたってはそれで良かったと思います。

そういう意味では、何事も無駄はありませんね(笑)

そして完璧ではなくても、多くの方は宿命の何かは消化しています。無意識にやっていることが、自分を助けてくれていたり、バランスをとっていたりするのです。

宿命の消化、未消化については本当に重要なので、ご自身の宿命を知ったら、次はそれを使っているかどうか?使っていない星があるとしたら、それをどう使っていくか?そんなお話ができるお時間を今後は鑑定のなかに入れていきたいなとも思います。

初回の鑑定では、なかなかそこまでのお話はできませんが、この星は使っているけど、この星は使えてないとか、この星を消化しすぎているなとか、そういうレベルまで考察を深めていけるような鑑定していきたいなって思う今日この頃です。


ちなみに、青豆は中心が禄存星ろくぞんせいという魅力本能の星です。禄存星は、なによりも人に対して親切で、魅力的でなければなりません。

しかも、中心はもともと魅力本能の場所でもあります。魅力本能の場所にある魅力本能の星です。

この人が魅力を発揮しないで、何をするんや?というくらい、魅力が重要だったのです。

それなのに、青豆はそれをうまく使えていない時期がありました。ひどい未消化っぷりでした。自分を見失っていたと思います。

中心の星が未消化というのは、大変危ないのです。全ての星を統括するのが中心の星だからです。


裏世界に向く青豆は、いまは表に出ることは基本的にありませんが、禄存星はまずまず使えているんじゃないかなぁという実感があります。

自分も人に親切でありたいし、人から親切にされることが多いです。禄存星です(笑)

長い目で見れば、私の人生、たくさんの物やお金をもらってきたなぁと思います。今もたくさんもらっています。

物やお金は、愛情や感謝をカタチにしたものです。愛情も感謝も目に見えないけど、物やお金になって表現されます。

あ、笑顔と言葉もあるけどね(笑)


毎日、とても穏やかな気持ちで眠れます。朝起きる時も、朝は苦手ですが、起きるのがつらくて死にたいみたいにはなりません。

自分の宿命を消化していると、どうやら生きるのはそんなに難しいとは思わないみたいです。


宿命を消化する、これを今年も大切に生きていきたいですね〜( ´∀`) 

今年はひとつ、表には出さない裏目標というのがありまして(笑)誰にも言っていません。
それも禄存星を使って、達成したいなぁと思っています✨

目標にも陰陽あるので、表の目標と裏の目標を作るといいんじゃないかなぁ…と年明けに考えついたのでした🤭

今日は宿命の消化のお話をしてみました。お読みいただきありがとうございます♪


青豆