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小説 | フェイス・トゥ・フェイス (3)

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 日曜日にも関わらず、父は博物館に出かけなかった。一般サポーターの当番が外れているらしい。家を空けている時間がわたしのほうが長いせいか、父が外出してくれないと居づらくなる。部屋全体が、もはや父の空気感なのだ。
 たまらずノートパソコンを持って出て、わざわざ電車にも乗り、スターバックスへ逃げ込んだ。ここ最近、一番落ち着く場所である。つまり、誰の目もはばからずネットができる環境ってことなのだが。
 ヴィオラ嬢からメールが来ていた。

ライスさま
いまの会社、仕事が一段落したら、有給を消化してから辞めるんですね。
その有給ってどれくらいのこってるんですか?
いっそ、海外へ行ってみませんか?
スケートのグランプリシリーズがはじまりましたね。翔クンは今年、スケート・カナダとフランス杯に出場しますが、わたしは11月上旬のスケート・カナダの観戦に行くつもりです。向こうにいる友人Kが、チケットを取っておいてくれるのです。日本の大会とはちがって、いい席も取りやすく、選手とも接しやすいですよ。試合まであまり日数はありませんが、ライスさんもいっしょにいかがですか?
 

 最近、彼女とのメールの頻度が増えている。顔を合わす距離ではないからこそ、家族や仕事のことまで相談に乗ってもらいやすかった。だがこうして、海外の試合観戦のお誘いまで受けると、血肉の通った人間が想像できなくて戸惑う自分がいるのだった。
 キャラメルマキアートを飲み干したので、追加でなにか頼もうかと考えていると、PCに新着メールが届いた。〈米田克之〉、父からのメールだ。開封すると、CCに知らない名前やメールアドレスがずらりと並んでいる。件名は〈娘・朝子の再就職について〉だった。

H高校同窓会のみなさま
18期生の米田克之です。
9月下旬になりましたが、暑い日がつづきますね。体調を崩されることなく過ごされておられますでしょうか。
さて、先日も同窓会掲示板に書き込みましたが、娘の朝子(34)が広告代理店を辞めることになりました。娘もH高校卒業生です。
さしあたって、再就職先を探しているのですが、デザイナー経験を生かした仕事、どなたか紹介していただけませんか?
娘は関西圏ではトップレベルのK芸術大学大学院修了、DTPのスキルは3年あります。ちなみに、カレシはおりません。カレシ、婿候補も同時募集中です。近ごろ、飯は娘の世話になりっぱなしなんですが、料理の腕はなかなか大したものであります。

 添付ファイルもあったので開いてみた。エクセルでつくった履歴書に、いつ撮影したものかわからない、ぼんやりしたわたしの顔写真が貼付けてある。CCをざっと見たところ、6、70人にメールを送りつけている。わたしにも送ってしまったということは、父は不特定多数にこれをまき散らしているということだ。
 わたしはすぐ自宅へ引き返した。

 玄関を開けたとき、父は隣にも聞こえそうな大声で誰かと電話している最中だった。わたしは、わざと足音をたてて部屋へあがった。
「はい、はい  。あ、ちょうど娘が帰ってきました。再来週の月曜か火曜ですね。いったん訊いてみます」
 父はそう言うと、その場でぺこぺこ頭をさげて、電話を切った。
「おー、朝子。吉報だぞ」
 父は右手で暢気にVサインをつくる。顔で怒りを表したつもりだったが、父にはまったく伝わっていない。
「お父さん! わたしの履歴書を勝手に作成して、知り合いにメールばらまかないでよ。いいかげんにして!」
 父は目を丸くして惚けた反応をした。
「まあ、怒るなよ。あれをやったから、こうしてすぐ電話がかかってきたんじゃないか。朝子、再来週の月曜か火曜、空けておきなさい」
「わたしの生活、これ以上引っ掻きまわさないで!」
「いいか。月曜か火曜だ。タナシンの山本さんが、おまえの面接してやってもいいって言ってるぞ」
 タナシンとは文房具や勉強机が専門の大手メーカーだ。父の日ごろの自慢話から〈山本〉って名前は聞いていたので、どうせ同窓会関係者だろう。
「仕事は自分で探すから放っといてよ。わたしには、お父さんの期待に見合った能力はないですから」
「朝子は自分を過小評価する傾向がある。会社なんて入ったもん勝ちなんだぞ」
「わたし、もう34なんだよ。山本さんにも迷惑でしょ」
「朝子、福利厚生もろくにない会社で身を粉にして働いたら、また鬱病になってしまうぞ。わしはそれが心配で  
 わたしは全身凍りついた。父や母には鬱のことは一切告げていなかった。「鬱病って、なによそれ」
 声が震える。動揺を隠しきれない。
「デパスだ。おまえがいないときに虫刺されの薬を探してたら、デパスが何錠も束で見つかった。鬱だったんだろ? な、タナシンの面接を受けろ。山本さんも、ちょうど中途採用の募集をかけるところだったと言っている。年齢が34でも問題ないって」
 3年前、いまの会社で働きはじめたころ、パソコンの作業に慣れなくて、思わず駆け込んだ精神内科で貰った薬だった。職業柄、父が薬を見て、病名を当てることなど簡単だった。しかし、留守中に詮索するなんて許せない。怒りがからだの底から突きあげてきて、顔が一気に熱くなった。
 ひとの日常に踏み込んできて、仕事にまで口出しし、自分の顔の広さを見せつける。父はそれでいいかもしれないが、仕事ができないことが判明し、恥をかくのは結局わたしじゃないか。
「その薬は、友だちが持ってるとついつい飲んじゃうから預かってほしいって頼まれただけ。それと面接の件だけど、わたし、有給の消化期間に友だちとカナダへ行くの。その前に、仕事は休みたくないの」
「カナダへ行くんなら仕事辞めてから行け。辞める前の有給は、就職活動のために使うもんだ」
「お父さん、これ以上勝手なマネするなら出ていって」

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ライスさま
カナダ在住のKから嬉しいニュースが届きましたー♪
彼女の夫はカナダのスケート連盟と親しいので、試合のあとスケーターたちと食事する機会があるそうです。で、今度の試合では、なんとなんと、翔クンとウェイツコーチに会うんですって!
わたしも便乗しようと企んでまーす。
ライスさんもいっしょにいかがですか?
 

ヴィオラ嬢さま
マジですか?
驚きのあまり叫びそうになりました(居候のいる手前、できないのですが)去年、パスポート申請して結局使わなかったので、ようやく役に立ちそうです。本物の翔クンと食事できるなんて夢のような話じゃないですか。しかし、自分から辞職願出しときながら、ちゃっかり有給全部消化するなんて、罪悪感はすごくあるかも😅

ライスさま
Kの話によると、本物の翔くん、ライスさんのnoteの小説を読んでいるそうですよ。自分のこと書かれてるのに、面白いから更新されるのが楽しみなんですって。スケート・カナダの観戦に来るかもしれないと言うと、ぜひ作者とお会いしてみたい、ですって。
もし、都合がつくのであれば、航空チケットもKに頼むと得ですよー。彼女はエア・カナダに勤めてるんです。わたしは航空チケットも試合のチケットもホテルの予約も全部取ってもらいましたー。海外のホテルはツイン部屋が一般的で、料金はひとりでもふたりでも同じです。ライスさんが来てくださったら、同じ部屋に泊まってもらおうと思ってたんだけどなー。もちろん、ホテル代はわたし持ちですよ♪

ヴィオラ嬢さま
航空券はいまからKさんに取ってもらっても、日本に郵送してたら間に合わないんじゃないですか?
 

ライスさま
最近では、紙の航空券の代わりに、航空券をコンピュータシステム上で保管するシステムがあるんですよ♪


ヴィオラ嬢さま
ここまでお膳立てしていただいたのに断ったりしたら、どれだけケチなんだって話ですよね。いくら振り込めばいいのでしょう?

ライスさま
試合のチケットは4日間のパッケージになっていて、226.25カナダドルです。現在のレートだと23,500円くらいかな。それプラス、キングストンまでの往復航空券が成田からだと87,000円。合計で11万円振り込んでもらえればOKです。あとは、現地観光の費用を念頭においてもらえたら、楽しい旅行になるかと思いまーす。
とりあえず、わたしの口座へ振り込んでもらえますか?
 
ヴィオラ嬢ことオカタニアヤメの口座:M銀行 品川支店73××××× 


 メールをもらった翌週、わたしは最寄りのM銀行からオカタニアヤメに11万円振り込んだ。
 早くしないと試合のチケットが売り切れやしないか心配だったのと、「カナダへ行く」と父に言った手前、その準備が着々と進んでいることを示せるなにかがほしかったのだ。ATMに入金したあと、振込明細書が出てきた。すくなくとも、これがあればハッタリではないと証明できる。
 会社では、わたしのDTPの集大成、商店街お散歩マップの制作が着々と進んでいた。
 佐田くんが作業の進行具合をのぞきにきたついでに、ライブのチラシをわたしにくれた。
「よかったら観にきてください。これが最後になると思うので」
「最後って、バンド辞めちゃうの?」
「はい。俺もいい歳ですし、米田さんが辞めたあと、ここの社員にならないかって社長から言われてまして」
 返す言葉に詰まった。黒っぽいチラシの細かい文字を追っていくと、〈佐田ケイスケ〉の名前がある。制作アルバイトふたりのうち、ひとりが辞めて、ひとりが正社員になる。夢を諦めて堅実に働く道も、ここにはあったということだ。わたしのような、若くもなく中途半端な仕事しかこなせない人間は、もっと早く去るべきだったのかもしれない。
「11月15日かぁ。わたしが会社辞めたあとだね」
 そう言ってみて、「会社なんて入ったもん勝ちなんだぞ」という父の言葉が蘇る。親からすれば、周りからどう思われようと、図々しく生き抜いてほしいという想いなのかもしれない。遠慮はするけれど、プライドだけは一人前にあって、目先の快楽にするすると流れていってしまうのだ、わたしは。
「これって、佐田くんたちと似たようなバンドばっかりがライブやるんでしょ?」
「そうですね。デスメタル中心です」
「ごめーん。行ってあげたいけど、こういう音楽あんまり聴いていられないの」
「そうですか。残念ですね」

 残業したので、帰宅したとき夜の11時をまわっていた。
 台所はあいかわらず食べっぱなしで汚い。ジャケットも脱がずに、台所で拭き掃除をはじめると、父が奥から出てきた。
「これを見ろ」
 父は左腋に封筒をはさんで、ビリビリに破かれた封のなかから右手で信書を取り出した。「タナシンの山本さんからだ。来週、10月27日、面接に是非お越しください、履歴書と作品ファイルを持参してください、とある。わしが無理矢理頼んだわけじゃないってことが、これでわかったか?」
 たしかにその信書は黒のボールペンで丁寧に書かれていて、個人的に信頼のおける人物に宛てたものだった。
〈作品ファイル〉という箇所を見て、思わず目を逸らせてしまう。父のデリカシーのなさとか、この際関係なかった。わたしは自分自身の問題で、この面接には行けないのだ。
「作品ファイルに入れるデザイン作品なんてないよ」
「え? あの会社にいるあいだ、ずっと地図をつくっていただけなのか? 次のステップアップの準備はしてこなかったのか?」
「そう。パソコンも向いてないし、デザインも向いてないってすぐにわかったもん。クライアントが気に入りそうなものを先まわりして提案し、それでいて流行にも敏感で、パソコンのOSやアプリケーションの進化にも常に対応してっていうのが、わたしは苦痛な人間だったの。鬱になったのも、それに対応できなかったから。でも会社の同僚は、いつもそれを進んでやっていたし楽しそうだった。ということは、わたしがデザインに向いてないってことでしょ?」
「じゃあ、なんでそういう仕事を選んだんだ? 朝子と同期の油絵科の学生は、卒業後どうしてるんだ」
「中学や高校の非常勤講師の口は相対的に減ってきていて、みんな困ってる。油絵教室の先生したり、美術とはまったく関係のない売り子したり、いろいろだよ。そのなかでも、わたしはDTPやってますって言っておきたかった。それだけで3年間つづけてきたの」
「あれもダメこれもダメって選り好みしてるだけにしか見えんな。必死に食らいつくことも、ハッタリかますこともできないってわけか。それなら、さっさと婚活に切り替えたらどうだ? あいにく、おまえのカレシ候補を紹介してくれる同窓生はいなかったけどな」
 父は呆れ顔で、山本さんの信書を引っ込めた。
 わたしは玄関の外に出て、そそくさと扉を閉めた。行くあてもないので、裏のコンビニへ向かう。
 そうだね、お父さん。いっぱい好きなこと勉強させてもらったのに、それで食べていける人間には、わたしはなれなかったってことなんだね。でもね、ふざけたネット小説書いて、いろんなひとから感想もらえると、これで結構楽しいんだよ。あんなものは、堀翔馬の名前にのっかってるから、彼に興味のあるひとが読んでくれているだけってことは重々承知している。でも、あれがいまのわたしの生き甲斐なんです。表現者としてのプライドすらないんです。

10


 10月末、商店街お散歩マップのデータを入稿した。これから退職に向かってのカウントダウンがはじまる。
 11月第1週の水曜日、わたしは新品のスーツケースを引いて、ボロアパートから駅まで歩いた。夜行バスを利用して成田空港へ向かうのだ。成田でヴィオラ嬢と落ち合い、17時のエア・カナダに乗り込み、キングストンへ渡航する予定になっている。
 ヴィオラ嬢ことオカタニアヤメとは、ここ数日電話するようになっていた。彼女のメールの文章はときどき語尾のあと棒がついていたが、実際のしゃべり方も高い声で流暢に語尾を延ばし気味にしゃべる。誰かに似ているような気がしたが、そもそも電話自体、わたしがめったにしないので特定できない。彼女はフィギュアスケート自体の話になると、専門用語が飛び出し、鋭い意見を滔々と述べ、紛れもなくスポーツ関係者だと思わせた。本物だと肌で感じるにつれ、どうしてわたしに興味を持ち、試合観戦にまで誘ってくれたのかという疑念が湧いてきた。

 夜行バスの乗り場に到着したとき、外は日がほぼ落ちていた。
 待合室にはテレビがあり、民間の報道番組がずっとついている。テレビ画面の端の時刻を気にしながら、わたしは文庫本を読みはじめた。
 しばらくしてスマホが鳴動した。ヴィオラ嬢からだった。明日の待ち合わせ場所の変更だろうか? わたしは文庫本に栞をはさんだ。
『ライスさん? あのー、いま、どこにいらっしゃいますぅ?』
「夜行バスの乗り場ですけど」
『じつは大変なことになりましたー。試合のチケットなんですけどー、カナダのスケート連盟からまわしてもらう予定だったのがー、手ちがいでもらえなくなっちゃったってー、Kから連絡があったんですぅ』
「はあ」
『Kもあちこち奔走したそうなんですがー、代わりのチケットが手に入らなかったみたいでー、今回はスケート・カナダの試合には招待できないって言うんですぅ』
「は? 招待って、わたし、チケット買ったことになってますよね?」
『それがですねー、ウェイツコーチが関係者にまわすチケットを買う予定だったんですよねー。そっちのほうが、いい席で観戦できますからー。もちろん、ライスさんとわたしの分のお金は先に払ってますー。でも、あとから観戦したいと言ってきたVIP関係者に、彼、まわしちゃったみたいなんですよねー』
「わたしは、どうすればいいんですか」
『Kもミス・ヨネダには大変申し訳ないと思ってる。エア・カナダの航空券は別の日の便に変更可能だから、12月5日からはじまるグランプリファイナルに招待したい、と言ってますー。今年はカナダで開催されるってこと、ご存知ですよね? そのとき、スケート・カナダのチケット代は全額返済しますって』
「でも、グランプリファイナルは、誰が出場するか未定じゃないですか。グランプリシリーズ全6試合のうち、出場した2試合の合計ポイント数上位6名に資格があるんでしょ? 堀翔馬が出場できるとは限らないし」
『ぜぇったい大丈夫ですよー。グランプリファイナルの協賛のほとんどが日本の企業なんですよぉ。日本人選手が選ばれないってことはあり得ないし、ましてや日本のお客さんが目当てなのは翔クンですからねー。出場は確実です』
「でも、怪我して出場できなくなるかもしれない」
『ライスさんもご存知かと思いますが、前回の世界選手権、彼は足の爪の怪我していたのを隠して出場し、銀メダルだったんですよー。彼は大事な試合を欠場する選手ではありませんって』
 待合室で待っていた客が、わらわらと外へ出はじめた。そろそろバスが出る時間なのだ。
 どうしよう。往復きっぷを買ってしまっている。
「夜行バスの乗車券、払いもどししたほうがいいってことですか?」
『しちゃってください。わたしもカナダ行きは12月に延期しましたから』「わかりました。じゃあ、いったん電話切ります」
 わけがわからなかった。とりあえず、今回のカナダ行きが流れたことは理解できた。しかし、こっちの都合も聞かずに12月の別の試合で弁償と言われても  。12月は職探しに邁進しているイメージしかなかったのに。
 アパートへもどったとき、父がアパートの住人のひとりと出かけるところに遭遇した。最近は、隣近所とも仲よくやっているようだ。
「朝子、カナダへ行ったんじゃなかったのか?」
 恥ずかしい。就職についてあれこれ言われるたびに、カナダへ行くと啖呵を切ってきたのだ。
「手ちがいがあって行けなくなったの」
「ええ? 手ちがいって朝子のせいなのか?」
「ううん。夜行バス待ってたら、向こうから電話がかかってきた」
「どこの旅行会社だ! こっちは前々から準備してきたってのに。わしが電話してやろうか?」
「やめてよ。一応、向こうの対処には納得してるんだから」
 旅行会社が組んだツアーなら、こんなことにはなってない。客をとりあえず渡航させて、それまでに観戦チケットをどうにかして手に入れるだろう。わたしとカナダを繋いでいるものは、顔を見たこともないヴィオラ嬢だけなのだ。
 部屋に入ってから、彼女に電話をかけてみた。今回の件では彼女も被害者なので、わたしが残念な気持ちを漏らしても、彼女も同調してくるだけだった。
『そうそう。Kからメールが来てたんですけどねー』
 12月のグランプリファイナルの開催地は、セント・ジョーンズというキングストンより東側の都市で、渡航費がプラス2万円かかるということだった。それには、さすがのわたしも納得がいかない。
「あなたはそれで2万円払うおつもりなんですか?」
『はい。グランプリファイナル自体はただで観戦できるようですしー、スケート・カナダのチケット代は現地で返すって言ってくれてますしー、じゃあトントンかなって。それにサッカーだと、こういうケースってよくあるんですよねー』
 彼女は本当にFIFAの関係者なのだろうか? 夜中でも昼間でもわたしの記事にコメントを入れてくるし、フィギュアスケートの観戦でしょっちゅう海外へ行っている。そんなに遊びほうけていられるFIFAの仕事って、どんなのだろう。
「わたしが12月は都合がわるいと断れば、今回支払ったお金、全額返してもらえるんでしょうか?」
『それは当然返してくれるでしょー。だってこっちは一切わるくないんですからー』
 電話で話していると、彼女の声がだんだん癇に障ってきた。突っ込みたいところはたくさんあったが、これ以上話すと気分がわるくなりそうだ。「また電話します」と電話を切る。
 金は払ったものの、なんの補償もない旅行計画だったと後悔の念が押し寄せてきた。どうしてカナダ行きに簡単にのってしまったのだろう。それだけ彼女を信用していたってことなのか。
 彼女のおかげで、父は新たな生き甲斐を見つけて充実した日々を送っている。今回はたまたま不運だったと思い直したが、夕食を摂ったあと、久しぶりにデパスを1錠飲んでみた。


フェイス・トゥ・フェイス(4)へ続く

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