蒔田あお

読書・美術鑑賞・観劇・音楽ライブ等々の備忘録。 また、自作(小説)のアーカイブとして。…

蒔田あお

読書・美術鑑賞・観劇・音楽ライブ等々の備忘録。 また、自作(小説)のアーカイブとして。小説の執筆は趣味ですが、いいのが書けたら新人賞にせっせと応募します。過去作に固執しないよう、行き場のないものはアーカイブへ。

最近の記事

読書ノート | 家庭用安心坑夫

作品名 : 家庭用安心坑夫 著者名 : 小砂川チト 読了日 : 2022年8月6日 2022年上半期芥川賞候補作の1作。 芥川賞受賞した『おいしいごはんが食べられますように』は一気に貪るように読んだが、こちらは文章表現の面白さを味わいながら休み休み読んだ感じ。読了後も、すぐには自分の見解がまとめられそうもなかった。 自分の見解がまあまあ正しいのなら、受賞した高瀬さんも、小砂川さんも、女性という生き物をかなり突き放して書いていると思う。高瀬さんが読みやすかったのは2種類の女性

    • 読書ノート | おいしいごはんが食べられますように

      作品名 : おいしいごはんが食べられますように 著者名 : 高瀬隼子 読了日 : 2022年7月31日 本当はここに井上荒野『生皮ーあるセクシャルハラスメントの光景』について載せるつもりだったんだけど、ハラスメント糾弾社会になってきている現在、この作品が受け付けているのは絶賛のみのような気がして、結局、下書きのまま放置して、別の作品の感想で上書きしてしまった。どこかを具体的に批判したかった訳ではないんだけど、同調圧力を感じてしまったのだ。 高瀬隼子の『おいしいごはんが食べ

      • 短編小説 | ある初夏の、禍と鍋と

         目的地周辺に着きました。案内を終了しますーー。  カーナビの画面から道らしきものが消え、矢印がチェッカーフラッグのまわりをくるくると回った。タイヤの擦れる音がだんだん大きくなってくる。小石がホイールかなにかに当たる高い音を聞くにつけ、この車、まだ1万キロも走っていないのに、と思う。山道に入る手前まで戻ろうにも、ときどき京都市内の街中を運転するだけなので、両脇からシダ植物が押し寄せている細い登り道をUターンすることは至難の技だった。  ここへは一度、修斗の車で連れてこられた。

        • 読書ノート | 東京プリズン

          作品名 : 東京プリズン 著者名 : 赤坂真理 読了日 : 2022年4月15日 スッキリした、という読後感だった。 日本で暮らしていて誰しもが感じている閉塞感や日本人共通の思考回路が、十代半ばでアメリカ北東部に留学させられた(母親の意向によるものらしい)作者の体験記を通じて炙り出され、最後の主人公のスピーチによって余すところなく解明されていく。いま、NHKの『100分de名著』でハイデガーが取り上げられているけれど、ハイデガーが投げかけたことを日本人だけに限定するならば、

        読書ノート | 家庭用安心坑夫

          美術鑑賞 | ダミアン・ハースト展

          場所:国立新美術館 鑑賞日:2022年3月 https://www.nact.jp/exhibition_special/2022/damienhirst/ 国立新美術館はとにかく天井が高い。 80年代以降、現代アートの最先端で活躍し続けているイギリス人アーティスト、ダミアン・ハースト。牛を真っ二つにしてガラスケースの中で酢漬けにするといったグロテスクな作風の印象が強く、「なぜにいまごろ抽象表現主義絵画? モネの睡蓮から脈々と続く絵画史を踏襲するの?」と穿った気持ちでいたの

          美術鑑賞 | ダミアン・ハースト展

          美術鑑賞 | ピーターラビット展

          場所: 世田谷美術館 鑑賞日: 2022年3月 https://peter120.exhibit.jp/ 世田谷美術館は田園都市線沿線の住宅街のなかに位置する市民に開かれた美術館。アンリ・ルソーなど「素朴派」の画家やアウトサイダーアートをコレクションするなど、正規の美術教育とは違う出自の美術を積極的に紹介してきた。 ピーターラビット展は、絵本作家ビアトリクス・ポターの生涯とピーターラビットがどのように世界中に広まっていったかの軌跡をたどる展覧会となっていた。公式サポーターに

          美術鑑賞 | ピーターラビット展

          美術鑑賞 | ロニ・ホーン展

          場所: ポーラ美術館 鑑賞日: 2022年3月 https://www.polamuseum.or.jp/exhibition/20171001c01-2/ ポーラ美術館は印象派のコレクションの常設だけやるような観光地の美術館。これが初めての企画展で、それも通を唸らす現代美術家ロニ・ホーンの回顧展だというから、3回目の新型コロナウィルスワクチン接種を済ませて開催期間ギリギリに馳せ参じた。 ロニ・ホーンは私にとって図録でしかお目にかかれなかった美術家だ。写真もやれば、ミニマル

          美術鑑賞 | ロニ・ホーン展

          読書ノート | 締め殺しの樹

          作品名 : 締め殺しの樹 著者名 : 河﨑秋子 読了日 : 2022年3月3日 この作家については『土に贖う』という北海道の開拓期の人々を題材にした短編集を先に読んでいて、凍てつく大地に太い脚のどさんこが駆け巡るような力強い作品を描く人だという印象を持っていた。 私はタイトルをあまり意識せずに読み始める癖がある。 この作品の読みはじめの頃は『おしん』のような貧しい少女が奉公先でこき使われながらも、耐え忍び、やがて幸せな家庭と仕事を手に入れる女一代記だと思っていた。しかし、

          読書ノート | 締め殺しの樹

          短編小説 | ケロちゃん

           うちの庭には随分前から使われていない洗濯機がある。  夏の天気のいい日は、草ぼうぼうの緑の地面とモルタルの灰色の壁を背景に、陽の光を浴びた洗濯機が白く際立つ。それは台所の真裏にあって、散水栓の横に44、5年放置されていた。かつて僕が貰ってきたもので、結婚前、社会人のラグビーサークルに入っていた頃、泥だらけの衣類専用に置いたものだ。下着など普通の衣類は家の中の洗濯機を使うので、ラグビーをやめた今では全く役目がなかった。軒のでっぱりが少ない家なので、ずっと雨ざらしだったのだ。

          短編小説 | ケロちゃん

          読書ノート|夫のちんぽが入らない

          作品名 : 夫のちんぽが入らない 著者名 : こだま 読了日 : 2022年2月2日 オンライン読書会の課題図書だったので手に取った本。 こんな言い訳をついしてしまう破壊力のあるタイトルだ(きっと多くの人が、出版時の話題になったころにしか手に取れないだろう)。 同人誌から話題になって出版されたと噂になっていた2017年ごろ、多忙のため文学フリマには行けなかったが、狭いブースにこの本を並べて座っている作者を想像したものだった。いわゆる告白本だと思っていた。あとがきには私小説と

          読書ノート|夫のちんぽが入らない

          小説 | フェイス・トゥ・フェイス (4)

          11  今晩、本来なら現地で観戦するはずの、スケート・カナダの男子ショートプログラムの試合がある。現地の試合は日本では午前中にやっており、結果は正午前には出ているが、放送は夜のゴールデンタイムまで待たされる。放送内容も、無名の海外選手を外したり、代わりに堀翔馬のミニドキュメンタリーをはさんだりと、かなりの編集が加えられる。せめてネットに出まわるニュースを見ずに夜まで過ごさなければ、試合の臨場感は味わえない。  テレビ観戦に集中したいので、父との夕食は夜6時半からはじめること

          小説 | フェイス・トゥ・フェイス (4)

          小説 | フェイス・トゥ・フェイス (3)

          8  日曜日にも関わらず、父は博物館に出かけなかった。一般サポーターの当番が外れているらしい。家を空けている時間がわたしのほうが長いせいか、父が外出してくれないと居づらくなる。部屋全体が、もはや父の空気感なのだ。  たまらずノートパソコンを持って出て、わざわざ電車にも乗り、スターバックスへ逃げ込んだ。ここ最近、一番落ち着く場所である。つまり、誰の目もはばからずネットができる環境ってことなのだが。  ヴィオラ嬢からメールが来ていた。 ライスさま いまの会社、仕事が一段落した

          小説 | フェイス・トゥ・フェイス (3)

          小説 | フェイス・トゥ・フェイス (2)

          4  昼食を済ませたあと、わたしは商店街のお散歩マップのデータ3パターン、A3用紙にプリントアウトして社長が営業部から出るタイミングをうかがっていた。社長はたいてい一時過ぎに、部下より遅い昼休憩に入る。お散歩マップはずっと放ったらかしにされている自社制作の広告で、社長からなにも言われないのをいいことに、自分からデザインを見せにいくこともなかった。しかし、父と暮らしはじめてから、考えが変わってきたのだった。  父は博物館の一般サポーターをはじめてから、生き生きしてきて肌艶もよ

          小説 | フェイス・トゥ・フェイス (2)

          小説 | フェイス・トゥ・フェイス (1)

          1 営業部の人間が出払って閑散とした12時40分、わたしとスミちゃんは給湯室で昼食の準備をはじめていた。  自分用のマグカップに緑茶のティーバッグを入れて、スミちゃんの横に並ぶ。スミちゃんはポットの真下にカップ麺を置いて、しつこく給湯ボタンを押しつづける。コシュッ、コシュッとポットの中身が尽きた音。 「ここのお湯、今朝入れ替えてなかったんだ。ごめんなさーい。米田さんのお湯、なくなっちゃいましたぁ」  スミちゃんは、毎日カップ麺でも平気な女の子だ。小柄で肌もかさかさなのは、生

          小説 | フェイス・トゥ・フェイス (1)

          エッセイ | ネブラスカの日々

           小説を書くようになる前、わたしは現代美術の作家活動をしていた。一般的に馴染みはないが、サイトスペシフィック・アートと呼ばれる展示場所や環境そのものを変えてしまう作品をつくっていた。生態系の循環に興味があったので、住宅跡地の草を刈り、それを集めて草の家をつくるだとか、ミニチュア・ホースを連れて道端の雑草を食べさせながら街を練り歩き、その馬のウンコで堆肥をつくるだとか、絵的にはほのぼのとしたパフォーマンスをやっていたのだ。  こういうジャンルは発表の仕方が難しい。同類の作家とい

          エッセイ | ネブラスカの日々

          短編小説 | うちには大きな亀がいます

           助手の鈴木は、ジャケットに袖を通しはじめた坂根を見ても、いちいち間を置いてゆったりとしゃべった。 「候補地はですねぇ、リッチロイヤルホテルか金閣苑ってところなんですけどねぇ」  坂根は鏡の前にいるように、ジャケットの襟まできっちり整えた。 「本代込みで1万円でどうでしょう」 「いま何時だ」  鈴木が腕時計を見やる。「ええっと、5時を回ったところですね」 「帰って犬の散歩に行かなきゃならん」 「犬の散歩は何時までっていう決まりでもあるのですか?」 「うちはある。切実に」 「は

          短編小説 | うちには大きな亀がいます