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アルイルxハブ研究会vol.6

1週間に1度は耳にする救急車の音。

2022年の総務省消防庁の「令和5年版 救急・救助の現況」の統計によると、救急車は1日平均とすると、1万9,807件(前年1万 6,969件)で、約4.4秒(前年約5.1秒)に1回の割合で救急隊が出動。国民の20人に1人が搬送されたことになるそうです(前年23人に1人)。救急出動件数も、搬送される人の数も共に右肩上がりにある日本。そんな日本の医療を支える救命救急の現場で、救命救急医として活躍されている山田潤一さんが、今回のアルイルxハブ研究会へゲストスピーカーとしてお越し下さり、「社会的救命に向き合う」と題してお話くださいました。

どうぞお聞きください。


原田梨世さん(ライリー)による圧巻のグラレコ。リモート参加でして下さいました!

About 山田潤一さん

ゲストスピーカー・山田潤一さん

山田潤一さん(通称やまじゅん)は、卒後5年目の救命救急医。現在、31歳。勤務先はなんと日本一受診者数が多い、神奈川県鎌倉にある湘南鎌倉総合病院の救命救急センター(湘南ER)。湘南ERの特徴の一つは、救急患者を100%断らないこと。「24時間365日、緊急度・重症度・来院方法によらずすべての救急外来受診患者を受け入れ、最善を尽くした医療を提供する」としている。やまじゅんさんはそんなERで救命救急医として従事する傍、医学生を応援するため奨学金財団を個人で立ち上げ、未来の医療従事者を応援している。

救命救急の現場と課題

「みなさんが救命救急と聞いてイメージするのは、もしかしたら交通事故に遭われ、大変な姿になって搬送されてくる患者さんかもしれません。でも最近は減少傾向にあるんですよね」と、やまじゅんさん。近年、自動車の性能の発達やシートベルトやヘルメットの装着率の向上等によって交通事故、またその被害が減少傾向にある。その一方で増加しているのは「急病」。「昨日までは元気だった人」が突然具合が悪くなり運ばれる患者は、全国的に年々増加していると言う。

そのような急病患者が搬送先を見つけるのは、年々困難になっているとのこと。総務省消防庁によると、搬送困難事案というのは、救急隊が病院に4回以上照会し、現場に30分以上とどまったケースを指す。このような搬送困難事案は、総務省消防庁のデータによると、2021年8月の1週間は東京都だけでも1,703件。前々年の同時期と比べると4倍以上の数だ。「コロナのパンデミックがあってから、熱があるというだけで断られてしまうケースが多かったのは事実。だけど、パンデミック前の、2019年の時点でも、東京都の搬送困難事案は1週間で400件以上あった。つまり、今だけの話でも、今に始まった話でもないんですよね。」とやまじゅんさん。

やまじゅんさんが思う日本の救命救急の課題は、コロナ前(〜2020年)は、救急搬送数の増加、高齢者救急、そして医師の働き方改革だと言う。これらに加えてコロナ後(2020年〜)は、前述のような搬送困難事例の増加、高齢者帰宅困難者の居場所が足りないこと、そして2024年4月からの医師の労働制限が課題だと考えている。

総務省消防庁「令和5年版 救急・救助の現況」の公表(報道資料)2024年1月発行

湘南ERとは

そのような救命救急の第一線として、「24時間365日断らない医療」を提供する、日本一受診者数が多い湘南ERとは、どのような場所なのか。

キーワードは「なんでもみる」。内科、外科、小児科、産婦人科、整形外科、眼科、皮膚科、耳鼻科。軽症から重症、また心肺停止の人まで誰でもみる。

ERとは元々、重症度,臓器,年齢,性別によらず救急患者をFirst Doctorとして診療する救急医療モデルのことで、どこにかかればいいか分からない患者さんのセーフティネットとして、北米から広がったシステム。「また、ERは社会課題の巣窟と言われるように、貧困、暴力、生活環境の悪化など、社会課題から体調不良が起こった際の社会窓口にもなるケースはあります」とやまじゅんさん。米国と日本を比べると、治安レベルや医療制度が異なるため、状況に差はあるものの、「他では受け入れてくれない患者さんがやってくる」ことに変わりはなく、「体調不良をきっかけに露呈する生活・社会課題がある」と言う。

「誰でもみる」の中には、東横キッズの姿も。オーバードーズや性被害に遭った若者が鎌倉へ搬送されたこともあったと語る。外国籍で日本で出稼ぎをしている人や、ヤングケアラー、8050問題(80代の親が50代の子どもの生活を支えるために、経済的にも精神的にも負荷がかかり、行き詰まってしまっているという社会問題のこと)のように生活が不安定な環境で暮らす人の体調不良にも向き合うことはある、と。

「何かがあった時の医療は、その人の症状だけを見れば良いわけではないんですよね。いろんな背景がある、という事実を見る必要があると僕は考えています」。

ゲストスピーカーの資料をスマホでそれぞれ見ながら真剣に聞く様子

「私が救急医をする理由」

そんなやまじゅんさんが救急医をする理由とは、有事の時の無事を届ける人でありたいから。その思いから日々医療活動に従事する中、やまじゅんさんは救急の専門性である「救命と蘇生を通じた安全保障は生命だけで良いのだろうか?と問われているように思う」のだと語る。

初期治療を終え、医学的には帰宅可能だけれども、生活が維持できない帰宅困難者は多くおり、そのような患者の社会的サポートがますます必要だと言う。特に、高齢者世帯のうち、約6割は高齢者のみで生活しており、帰宅困難な高齢者は再搬送されることが少なくないとのこと。救命救急は地域住民にとって「大事な社会資本である」と救急医学会で言われているように、社会的な安全保障の確保も必要であり、この「社会的救命」も救命救急医療において必要な視点であると考えているとやまじゅんさんは語る。

そのように医療が地域で機能するためにも、医療における働き方改革も急務だと言う。月200時間以上の時間外労働による医師の過労死は、残念ながら無くなっていない。夜中のコールを減らし、日中の医療を守る体制を整えるためにも、「医療資源の集約化」は解決策の一つ。しかし、「集約するだけでは足りない。救急医療が本当に機能するためには、連携が必要」だと言う。そこで、その集約と連携のモデルとして「ALL KAMAKURA PROJECT」という新たな救命救急の在り方が広がろうとしていることを教えてくれた。

このような集約と連携の体制を通じた安全保障は、「社会的孤立」が深まる日本社会において重要だ。やまじゅんさんが学生時代に研究していたテーマは「寿命」。研究を通じて、孤立・孤独が人の寿命に影響すると知ったが、最近、医学系の学会や現場でも、「孤立・孤独は医療の課題」として認識されているのだと言う。「医療ではない言葉」が医療の課題として扱われるようになっているのは稀で、それほど、人が人として生きるには「つながり」が大事なのだと語る。

「僕たち救命救急医は、何のハブか。それは患者さんにとってのハブ。また、日中の医療を支えるためにも、各科専門医のためのハブ。」そう語り終えたやまじゅんさんは、きっと今この瞬間も、救命救急の現場で、ハブとして生き、そのハブの中で生かされている人がいる。

安定の豚汁

一言メモ

私が初めてやまじゅんさんに出会ったのは、いつの日かの「れもんバー」。れもんバーは、れもんハウスが月に1回主催している交流の場。れもんバーは完全紹介制なので、参加者は主催者や月替わりの店長の紹介で知った人。その日のれもんバーも大盛況で、いろんな方々が集まっていたのだけれども、れもんハウス恒例の自己紹介タイムで、やまじゅんさんが「救命救急医」と聞いて、「今日のれもんバーも面白い方々が集まっているなぁ」と思ったのを覚えています。

それで、たまたま帰り道が一緒になって、「あ、そういえば、茅ヶ崎に『みんなの家リトルハブホーム』というのがあって、、、」と、駅に向かいながらお話ししていたら、「是非お伺いしたい」と仰り、早速リトハブの代表もじゃさんとやまじゅんさんをお繋ぎしたら、本当にお伺いしていて。「え。忙しいはずなのに本当に行ってる!」と勝手に驚いたのを覚えています。「フットワークが軽い」と言うのとも、何か違うエネルギーを感じていました。

だからこそ、今回やまじゅんさんが「病院の出口の各セクターとのつながりが欠かせない。それが私の行動の原動力ですね。」そう仰った時、私の中でストンと腑に落ちた感覚がありました。そうか。だからあの時、れもんバーにいたり、リトハブへ行ったり、こうしてゲストスピーカーとして研究会にいるのか、と。

やまじゅんさんの行動の原動力は、あの場にいたみなさんの原動力でもあったと感じます。今回の研究会の参加者のお一人、本研究会第5回目のゲストスピーカー・NPO法人レスキューハブの坂本新さんも、「考え的には一緒」と仰っていたのも印象的でした(坂本さんに関する記事はこちら)。坂本さんが運営するNPO法人レスキューハブは、歌舞伎町の夜職に従事する女性の支援を目的に活動。「僕たちも、なかなか行政が届かないところにいる人々に、必要な時に、必要な支援が届くように、最短距離でつないでいくことを目指してる。...つないでいくためにも、ネットワークの厚さが必要で、だからこそ、こういう場は大事ですね」と坂本さん。

「私一人では、ぜーんぜんね、大したことなんてできないんだから。」そうハツラツと言い切る、心の傷、発達障害、依存症につよみを持つ、訪問看護ステーションを北青山で運営する長田眞由子さんの潔さと謙虚さも印象的。今回もそんな坂本さんや眞由子さん含め、様々な属性の方々が、れもんハウスのリビングの足の踏み場がないくらい、ぎっしりと集まっていましたが、それぞれ自分の専門性を持ち、磨いていくことに精進しつつも、自分のそれらだけでは「大したことなんてできやしない」と潔く認めることは、人を、つながりの中でつよくさせる。そう感じました。

次回のアルイルxハブ研究会は7月を予定しています。どうぞお楽しみに!

最後、それぞれの思いをポストイットに書き、シェアする時を持ちました

グラフィックレコーディング:ライリー(是非こちらもチェック!)
文責:カナ