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アルイル x ハブ研究会 vol.4

2023年6月から2ヶ月に1回のペースで、茅ヶ崎の「リトルハブホーム」と西新宿の「れもんハウス」で共同実施している「拠点づくり」をテーマとした学び合い。その名も「アルイルxハブ研究会」。2023年、年内最後の12月の研究会のゲストは、「特定非営利活動法人レスキュー・ハブ」理事長の坂本新さん(以下、坂本さん)でした。「今日、一食目なんですよー」そう仰りながら、豚汁とおにぎりを笑顔で受け取った坂本さん。この日も朝から晩までずっと新宿・歌舞伎町にいたとのこと。

(写真上)研究会の定番になりつつある豚汁。今回はれもんハウスのごはん部とそのお仲間が手際良く、美味しい豚汁をお鍋いっぱいに作って下さいました。豚汁はその時々のお野菜によって味が違うんです。今回はれもんハウスに届いた沢山のさつまいもと、生姜を入れた冬にぴったりなお味でした。

第4回目の研究会では、そんな坂本さんがなぜ歌舞伎町にいて、誰のために、何をしているのか。そこから見えてきた課題や気づきは何かをお話し頂きました。

坂本新(さかもと あらた)。大学卒業後、民間警備会社に就職。中南米諸国、ロシア、中国等の日本大使館の警備・防諜に10年間従事。大学卒業後、民間警備会社に就職。中南米諸国、ロシア、中国等の日本大使館の警備・防諜に10年間従事。国際NGOへ転職し、2020年4月より現職。繁華街での街頭アウトリーチを通し、困難を抱える夜職従事者への直接支援を提供している。国際NGOへ転職し、2020年4月より現職。繁華街での街頭アウトリーチを通し、困難を抱える夜職従事者への直接支援を提供している。

坂本新さんのプロフィール
(写真上)ゲストの坂本新さん(レスキュー・ハブ理事長)

レスキュー・ハブとはどんな団体か

「私たちレスキュー・ハブは当事者を適切なリソース(社会資源)に最短距離で繋げることを目的に活動する団体です。」夜職、性産業に従事している困難な状況下にある女性が、安全に日々を過ごせるようになるためにも、社会資源に繋がれるように伴走するのがハブ役としての役目であると語る坂本さん。

それを実現するために坂本さんが始めた3つの事業は「アウトリーチ事業」、「立ち寄り所事業」、そして「シェルター事業」。アウトリーチは金曜日と土曜日の夜の8時から深夜の12時に実施。アウトリーチを始めた頃は、普通に声かけするだけでは難しく、相談カードも手に取ってもらえなかった。「でも、ある冬の寒い日にホッカイロの後ろにカードを貼ってみたら、意外にもらってくれたんですよ。それから冬はホッカイロやハンドクリーム。夏は汗拭きシートやクレンジングペーパー。それでも受け取らない人はいるのですが、10回目、20回目であろうと、とにかく渡し続ています。」2022年度は104回、延べ2,976名に声を掛けた。

2つ目の「立ち寄り所事業」は、歌舞伎町の一角でしている。この事業のために部屋を借りた坂本さん。夜職に従事している方々の隙間時間にふらっと安心して立ち寄れて、温かいスープはるさめを食べたり、生理用品や避妊具なども自由に持って行ってもらう。「ちょっと便利な場所だな。」そう思ってもらえれば良いのだという。

(写真上)れもんハウスで語る坂本さん

どのような経緯でこのレスキュー・ハブの設立に至ったのか

坂本さんは現在52歳。今から30年ほど前は、今の自分の生き方は想像がつかなかったと言う。当時は、誰もが耳にしたことがある日本の有名警備会社にて、セキュリティーオフィサーとして海外でのセキュリティやスパイ対策に従事。情報を守る人だった。そんな坂本さんが歌舞伎町で女性を守る人になったのは、27歳で中米のホンジュラスでの海外勤務がきっかけ。びっくりするくらいの数の物乞いと売春を日々目の当たりにした。その現実に圧倒されつつも、「これは一個人で解決できることでもない」と自分に言い聞かせ、「せめて自分が加害者にならないように」と言う思いで、ホンジュラスで2年間生活した。次の海外勤務先のロシアも同じだったと言う。天然資源の輸出で潤う社会の陰で、路上で売春している女性が多々おり、買春者の中には日本の一般企業に勤める人もいた。売春していた女性の多くは、旧ソビエト連合や東欧など近隣諸国の出身。自国が経済的に困窮し、二進も三進も行かない中、リクルーターから声をかけられ、仕事に就くためにロシアへ入国したものの、入国するや否やパスポートを取り上げられ、リクルーターからは真っ当な仕事として紹介されたはずなのに、欺かれ、管理売春のシステムの一部に取り込まれていった。そのようなケースは、その後の赴任先の中国でも多いことが分かった。

(写真上)20代の頃の海外勤務中の坂本さん

そのような社会の闇を知らされていく中で、「なんとか関わることが出来ないだろうか。」そう思った坂本さんは42歳で退職。その後、開発途上国の子ども支援を行う国際NGOで、資金調達の仕事に就いた。そこでの経験を用いて、日本国内の人身取引による被害に取り組む国内NPOにて5年半ほど、事務局と資金調達に従事し、状況によっては現場へ足を運ぶ生活を送っていた。その中で、相談すら出来ていない人々がいること。また、そもそも、自分が被害を受けていることを知らない人が大勢いることを知った。そのような人々にリーチするには、まずは街での夜廻りと声かけ(アウトリーチ)が必要で、それらの取り組みを通じた信頼の構築の先に、適切な支援に最短で繋げていく。そんな橋渡し役を担いたいという思いから、48歳の春。2020年4月に、特定非営利活動法人レスキュー・ハブを創設し、今に至る。

レスキュー・ハブにはどのような方々が多いのか

坂本さんが関わる方々は年代的には10代から30代で、風俗や売春、水商売に携わる若年女性。今でもそうだが、はじめからアウトリーチは新宿・歌舞伎町2丁目の新宿区立大久保公園に注力していた。「あそこに立っているのは自分の意思でそうしている人が多い。だからこそ、そこに関わる必要があるかなと思った」のが理由。様々な悩ましい現状の中で生きている女性に坂本さんは出会っている。

・性病に脅かされている方。
・安心して住める場所がない方。「ネカフェ(インターネットカフェ)を転々とするのは疲れたけれど、家が見つからない。」住居を探すとなると、収入証明をはじめとした書類が必要で、住民票がどこかもわからない状態だと、なかなかに困難。
・体を売る仕事ではない「昼職」に就きたいという願いがある方。夜職を辞めたくても、そこには辞めにくい複雑な構図があり、一筋縄には行かない。
・違法カジノでの借金や闇金で追い詰められている方。家賃を支払うために違法カジノに足を踏み入れ、借金が増え、返金のために闇金に手を出し、八方塞がりに。
・お客さんによるストーカー行為に悩まされている方。
・夜職の女性同士のいざこざで疲弊している方。

研究会で語られた坂本さんの言葉より

そのような厳しい現実を生き抜いている女性の傍で、新宿区の警視庁による売春保護の取り組みが近年目立ち始めている。売春防止法違反(客待ち)容疑でこの12月までに100人以上が検挙された。そのうちの多くが20代の女性。国選弁護人からの連絡で、「摘発された女性の身元引受人になってほしい」という依頼を受けたこともあると言う。保護者への連絡は避けたいと言う思いから、坂本さんに声がかかったようだ。「アウトリーチの効果ですね。」このようなことをきっかけに信頼関係をゆるくでも築き続け、「本当に辞めたい」と本人が願ったその時に適切な支援ができるように。そのような思いを持ちながら、坂本さんは昼夜を問わず、歌舞伎町を歩き続けている。

なぜそこにいるのか

「本当は辞めたい」「本当に辞めたい」そう願う女性も大勢いる中で、なぜそれでも夜職に従事し続けるのかというと、家にいられない理由を抱えている女性が多いからだと坂本さんは言う。家が安全な居場所でない現状がある。コロナ禍での失職も大きく影響しているとも言う。緊急事態宣言の発令により、歌舞伎町から人がいなくなり、街が一気に暗くなった日もあった。しかし、大久保公園にはまだ何人か「立ちんぼ」をしている女性がいて、話を聞かせてもらったところ、「増える予感」がした。予感は的中。緊急事態宣言が明けてから、大久保公園に来る人が増えた。それも昼間の明るい時間からだ。それは、元々従事していた昼間の仕事を失ってしまったから。コロナによる営業時間の短縮も大きな痛手だった。若年層においては、仕事を見つけようにも、そもそも仕事の探し方が分からなかったり、就活をしたことがない子も多い。就活は、身分証や電話番号、emailアドレスなどがないと難しい。そもそもスマホを持っていない若者もいる。持っていたとしても、スマホ代を支払うことが出来ないから、wifiが通じるところでしか使えない。元受刑者で服役経験があると、なおさら難しい。就活は誰もができるわけではないのだ。

課題と気づき

「(支援を受けるための)制度はある。でも、当事者がそれに繋がれていない、という課題が見つかった」と坂本さん。制度はあっても、その制度に関する情報提要だけで動ける当事者はごく僅かで、支援を通じて得られるモノ・コトに近づくことが難しい。それはなぜなのか。その一つに、「自分自身が支援の対象と思っていないから」だと坂本さんは考えている。売春は違法だと知っていたり、強いられて売春している立場にいるわけではない人もいて、そのような人こそ、「自分が支援を受けられるとは思っていないという思い込み」がある。売春行為が外へバレることへの不安も大きい。思い込みや不安は大きくなればなるほど、制度へのアクセスが遠のく。

だからこそ、「支援のステージを降りない覚悟」で一歩踏み込み、「つながり続ける存在」として介入し、当事者を受けとめる。そのようなハブとして、坂本さんは歌舞伎町に今日もいる。

坂本さんが伝えたいこと:つながりの大切さ

「『自分たちがなんとかしよう。』そう思いはあっても、民間支援だけではどうにかこうにか出来る話ではない。」そう語る坂本さん。詰まるところ、「中長期の単位で守れるのは行政」だから、まずは草の根レベルで、支援を必要としている人に出会い、信頼関係をつくり、抱える問題を解決できるリソースへ最短距離でつなぐ。これがレスキュー・ハブのミッションだと坂本さんは言う。「だからこそ、つながってくださる存在が必要。そういうつながり、そういう場が増えれば増えるほどいいですよね。一見関わりがなさそうな団体であっても、いつ、どんな支援を必要としている人に出会うかは分からない。だからこそ、ハブという名の通り、これからもつながっていけたら。」

今回の「アルイル x ハブ研究会」も、実に多種多様な方々が集っていた。教育関係、法律関係、医療・福祉関係、企業にお勤めの方、大学院生など。お互い一見今後も関わりがなさそう、関われなさそうであっても、自分のつながりは、誰かのつながりになり得る。そのような「ハブ(つながりあい)」が、坂本さんが仰っていた「一歩踏み込む勇気」と「支援のステージを降りない覚悟」を日々新たにしてくれるのかもしれない。

(写真上)参加者の様子

一言メモ

「日本に住む若い子たちが性的に搾取されているという現状は、日本よりも海外からの方の方が詳しいと言うことが悔しい。」同じく新宿・歌舞伎町で女性の支援に長年携わっている参加者のお一人が仰っていた。規制が強まっても、「立ちんぼ」は数的には一切変わらないと言う。ただ、私服警察も増え始めているので、彼らの目を盗むために、立ちんぼから「歩きんぼ」にシフトしているとのこと。「目を凝らさないとだめね。そして街をぐるぐるね、まわってみないと。」

今回のアルイルxハブ研究会には、初めて、勤め先の会社の同僚を誘って参加。一人で参加するよりも少しドキドキし、嬉しかったりもしました。そんな彼女が次の日、職場でこう言っていたのが印象的。「私たちが夜仕事を終え、夜ご飯を食べて、自分タイムなんて言いながらリラックスしている時間、坂本さんはパックを片手に歩いてるんですよね。」

(写真上)坂本さんがアウトリーチで手渡しているパック。後ろには相談カードが貼られており、カードにはレスキュー・ハブの連絡先などが記載されている。

その言葉を聞いてから、夜、ふと坂本さんをはじめとした様々な方々が草の根で活動されていることを思い出しては、思いを馳せています。私一人が思いを馳せたところで、何にもならないのですが。でも、自宅や勤務先から、そう遠くない所で、社会の闇が力を奮っているという現状を知ること。そして知った者として、自分の持ち場で、自分なりにハブとしてつながりあって生きたい。そう思わされています。

次回のお知らせ

次回は2月3日(土)若年出産多子家庭をサポートしている荻野悦子(おぎの えつこ)さんをゲストにお迎えして、アルイルxハブ研究をします。荻野悦子さんは、地域の人が子どもたちに食事及び学習の機会を提供する「まなびやなかま実行委員会」を2015年7月に設立。足立区を中心に活動されています。ご参加にご関心のある方は、お声がけください。

文責:カナ