かつて課金していたライブハウスがオワコンになったとき


 以前、あるお店に足しげく通っていたことがあった。
当時私は長年住んだ京都を離れて名古屋に嫁いだのだが、知り合いの一人もいない土地で家庭に居場所はなく、さらに主治医の勧めで会社を退職して行き場のない三十路の主婦だった。


 お店に通うことで、夫の金で居場所を買えることに気付いた私は瞬く間にはまっていった。もともと人からの誘いを断りづらい性格で、知り合った人の主催イベントに誘われれば興味がなくても赴いた。店長に、客の入りが少ないから顔を出してくれと頼まれれば夜半でも家を出て向かった。パートを終えて、夫の夕食をダッシュで作ったら自分は食べずに家を出る。まるでアルバイトの掛け持ちをしているかのようだった。


 当時の家計は私が食費と光熱費を負担していて、それにお店の入場料や飲食代を合わせると、出費は私の少ないパート代をゆうに超えていた。明らかに無理な付き合いをしていた。


 お店は私のコンフォートゾーンだった。本来は自分を成長させることにお金を使いたい人間だったはずなのに、「いつものあのお店」に行くことで、コンフォートゾーンを脱することができない自分、成長できない自分から目を背けていた。


 夫は自分の意思で私を名古屋に呼び寄せた割には、自分のコンフォートゾーンが整えば、そこに私の居場所があるかどうかについては無頓着だった。そこに悪気はなく、全くの無意識だったのだろう。妻の、母の、女の尊厳を尊重するという意識が全くない家庭に育った人だったから。


 「どうせ結婚してるんだから」という主治医の言葉に従って仕事を辞めたのも問題だった。確かに当時の職場に勤務することでうつ病を発症したため、そこで勤務を継続するのは限界だった。ただ、パートになる代わりにキャリアを立て直して、自分に投資できるお金を稼ぐべきだったのだ。
これらのことは今だから分かる。結婚生活が限界を迎え、私が自殺未遂を起こし、母が郷里から出てきて、無理やり私を名古屋から引きはがして奄美大島に連れ帰った今だからこそ。


 私は今、奄美でタイムカードも残業手当もない、試用期間6カ月の朝敵企業(しかもそれすら島内では安定した仕事の部類。地獄。)に勤めて何とか一人暮らしをし、生活を立てている。娯楽はないので退勤後や休日に出歩く必要もない。離島だから勉強できるスクールの類がないのも欠点だが、島内最大の図書館が家から徒歩2分だし、オンライン講座も受けられる。結婚前のように、少額ながら自分に投資をし、リモートでミスコンに挑戦し、コンフォートゾーンの外に飛び出す生活ができている。


 一方で、かつて通っていたお店は店長が異性トラブルで警察沙汰を起こしたと聞く。その過程で分かったこともあった。昨年の大晦日、店内で話した内容を一切口外しないという約束のもと行われた「秘密イベント」があったのだが、そこで私が話したことを店長が率先してばらしていた。他のお客さんまで巻き込んだ不快かつ的外れな尾ひれをつけて。お店のオーナーは結局店長を許した。新体制にはなったというが根本的な体質改善は望めないだろう。


 私はその件でお店に腹を立てもしたし、批判のようなツイートもした。遠い奄美大島から見ると、経営陣もイベンターもその店長と同類に見えて、かつての居場所がなれ合いの中でオワコン化していくように見えて、そこに何より怒りを覚えていた。しかし思えば、店長が異性トラブルや差別発言で問題を起こすのも、女性客が反感を覚えて離れていくのも年1回ペースであることだし、アングラであることとコンプラのなさをはき違えているのもお店の通常営業なのだろう。


 お店はオワコン化などしておらず、ただひたすら退廃もなければ成長もないコンフォートゾーンを繰り返していくのだろう。お店は私がいたころと何も変わっていない。トラブル後のイベント告知を読むと、昔よりワクワクする内容じゃなくて心配していたが、それも「内側にいれば面白いが外から見れば興味を惹かれない」というだけのことだったのだ。お店は誰かのためのコンフォートゾーンのままだ。内側にいる人はその心地よさに酔ってお店をヨイショするようなツイートをするかもしれないが、それはそれでいいのだ。


 だから、私がここ数週間で繰り返してきた煽りツイートは筋違いなものだ。お店がオワコンになった、退化したなどというのは間違いだった。私が昔と比べて少しだけ進化した、それだけだった。本当は元夫の金でコンフォートゾーンを買っていたかつての自分に怒っていて、それなのにその自分に向き合えなくてお店に怒りをぶつけていただけなのだ。今後はコンフォートゾーンに逃避しようとする気持ちは切り捨てていけばいいし、お金は自分で稼げばいい。興味がないことは自分の生活に入れなければいい。ZOCの断捨離彼氏じゃないが、時間もお金も今更戻らない。かつての嫌な自分と、人生の汚点と向き合っていくしかない。

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