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「わたしは分断を許さない」オリジナル・サウンドトラック【ライナーノーツ編】

映画『わたしは分断を許さない』、劇場公開が始まって以降、様々な反響を頂いているようで、とても嬉しく思っています。

ドキュメンタリーの音楽を担当させて頂いたのが初めてであったせいか、当初はどこまで音楽をのせるべきか度々悩みましたが、出来る限り音数を絞ったシンプルな音楽を劇伴の基本方針にしようと考えました。それもあって、1つの楽器で完結している楽曲が劇伴の多くを占めています。

そのような楽曲群を収録した「わたしは分断を許さない」オリジナル・サウンドトラックのライナーノーツを収録曲、全16曲に対し記していこうと思います。


ちなみに、以前で"ライナーノーツ序章"のような記事を投稿しました。簡潔に今回の映画音楽についてお知りになりたい方は、こちらをお読み頂ければと思います。

ネタバレ的な要素については気持ち抑えて書きましたが、もしまっさらな状態でこの映画を楽しみたいという方は、諸々映画をご覧になった後でお読み下さい。

M01.分断

堀さんから、"分断"をテーマにした映画を作りたいと直接お話を伺ったのが、劇場公開の始まる1年前の2019年の3月でした(上の2ショットはその時の撮影された写真です)。その時、堀さんから聞いた世界中の"分断"の背景にあるものを即座にイメージ共有出来たのはとても大きな出だしだったと思います。そして、まずは堀さんから見せて頂いた取材映像を元に音楽で反応を示したいと考え作曲したのが「M01.分断」です。

"分断"と聞くとやはり負のイメージで装いたくなりますが、一方で、長い歴史の中で人間社会に居座る宿命的な悲しい"自然現象"という見方も出来るのではないでしょうか。そのような考えもあり、単に"負"の要素を感じさせるのではなく、人間の儚さや脆さ、愛おしさといったものをどこか感じ取れるような、そんな楽曲にしたいとイメージして作りました。


M02.香港

この楽曲は、映画冒頭の香港に関連するシーンで使用されています。香港の映像からこの映画の封が切られることから、メインテーマ「M05.わたしは分断を許さない」の楽曲要素を使った作編曲を試みました。

序盤のピアノが思い切り下(低音)から始まるのは、鷺巣詩郎さんによる『新世紀エヴァンゲリオン劇場版Air/まごころを、君に』(庵野秀明監督)の劇伴からの影響が強かったと思います。後半から現れるストリングスは、坂本龍一さんによる『The Revenant』(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督)の「Main Theme」の重々しさを目指しました。

ちなみに、この楽曲を劇場公開前にSoundCloudでリリースした際、Twitter上で、香港在住と思われる方々から多くの反響がありました。何かに縋らざるを得ない香港の民衆の総意のようなものをリアルタイムに感じ、少しやり切れないような気持ちにもなりましたが、この音楽が届くことに何かしら意味があったのかも知れないと、事実そうであれば良いと願うばかりです。


M03.灯

劇中登場するシリア難民の少女ビサーンのシーンの音楽を想定して作った、「M05.わたしは分断を許さないの変奏曲です。実際は、映画序盤の東京電力福島第1原発に関するシーンで使われています。

ビサーンがこの映画における"小さな希望=灯り"のような存在であったことと、実際に音楽が使われたシーンで、堀さんの前作『変身 -Metamorphosis』の主題を再び"照らす"意味合いが込められている気がしたのも相まって、"灯=ともしび"というタイトルにしました。

映画に登場する、ビサーンと堀さんとのやり取りはぜひ見て頂きたいシーンの1つです。日本人から見れば、彼女はとても過酷な状況の渦中にいるように思われるのですが、真っ直ぐで生き生きとした瞳をこちらにカメラ越しに向けてきてくれます。彼女の小さくも逞しい存在が、この映画から常に投げかけられる問いへの応えのようにも思えてなりません。


M04.懸念

ビサーンと同じくヨルダンに移住したクルド人難民の少年アブダラくんの登場するシーンを想定したピアノ曲です。アブダラくんの置かれている状況の背後に潜むものから、どこか機械的な不安が漂っている感触があったので、規則的な強弱の音符を意図的に配置した楽曲になっています。

いざ作曲しようとピアノを少し弾いていて、すぐに目指す全貌が見えてきた楽曲でもあったので、制作時間は劇伴の中でも一番短いかも知れません。

また、サントラとしてマスタリングする際に音量を敢えて他の楽曲と比べ少し小さめに設定しました。この曲に限らず、今回のサントラは全体的に音量が若干小さめに感じるかも知れないのですが、制作期間中によく聴いた、マックス・リヒターの『The Blue Notebooks』というアルバムの影響がとても大きいです。



M05.わたしは分断を許さない

この映画における、重要な証言者の一人である元美容師の深谷敬子さんが、東日本大震災が起こるまで住まれていた福島県富岡町のご自宅(美容室)の敷地へ、震災以来初めて足を踏み入れるシーンを想定して作りました。この楽曲は、この映画のメインテーマとしてもご提案させて頂きました。

当初は「M01.分断」をメインテーマにすることを漠然と考えていたのですが、音楽的により分かりやすい、聴いてすぐに人の心を捉えられるような楽曲をメインに据え置く方が、このドキュメンタリーにとって最善のあり方であると考えました。

そんな中、本作と同じドキュメンタリーの映画『米軍が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』(佐古忠彦監督)のメインテーマ曲「Gui」を知りました。作曲は坂本龍一さんです。

知ってすぐ、渋谷のユーロスペースにこちらの映画を観に行ったのですが、「Gui」はまさに"カメジローそのもの"だと感じました。この「Gui」のように美しくも、映画を1つの音楽で表現出来るような楽曲が『わたしは分断を許さない』にも欲しいと思いました。

そして、ゆっくりじっくりと時間を掛けて練り上げていったのが、この「M05.わたしは分断を許さない」になります。この音楽が完成した時、まず誰よりもこの音楽を聴いて欲しかったのは、深谷さんだったのかも知れません。


M06.イメージ

音響効果の大庭秀夫さんから、劇伴の割合としてもう少しシンセの楽曲があった方が他のピアノ曲も映えてくるのでは、というアドバイスを頂き、「M09.現場」から派生させた楽曲です。

劇中や堀さんのインタビュー等でも度々出てくる「固定観念 VS 事実」という構図には、堀さんがジャーナリストとして特に発信したいものが潜んでいるように思えて、この音楽が使用されているシーンでは「固定観念」に惑わされる事への警告が込められているように感じます。


M07.想う

生業訴訟の原告の一人であり、現在は沖縄県で生活されている久保田美奈穂さんがある事実と向き合っているシーンがあり、そちらにあてるために作りました。今回、堀さんの方からシーンを指定した音楽のご依頼は決して多くはなかったのですが、こちらのシーンに関しては特に音楽が欲しいと強いご要望がありました。

もし、自分の思っていたイメージと異なる現実が目の前に現れた時、戸惑いながら反発してしまう人と、まずは考えを頭でじっくり巡らせる人がいるのだとしたら、劇中での久保田さんは後者にあたるかと思います。そして、久保田さんのその行いこそ、この映画を通して、堀さんが特に世に発信したいメッセージでもあるように感じます。このシーンが劇中で持つ意味合いなども踏まえ、「M01.分断」の変奏曲にしました。


M08.帰国会見

3年以上の長期に渡るシリアの武装勢力による拘束から解放されたフリージャーナリスト安田純平さんの帰国会見シーンで使用されています。

始め、堀さんが自ら劇伴「M02.香港」をこのシーンにあてていたのですが、そこからストリングスを抜いたバージョンをあて、さらに音効の大庭さんからのアドバイスもあり、加えてシンセトラックをミックスさせています。

堀さんとの打ち合わせ時、特にこの安田さんのシーンに対する堀さんの補足やコメントに強い語気を感じたのは、このシーンの持つ本当の意味を世に問いたいだけに止まらず、同じジャーナリストとしてあのような帰国会見の場や世間からの反応へのやり場のない憤りや悔しさがあったからだと思えてなりません。


M09.現場

「M06.イメージ」の派生元の楽曲です。元々は堀さんから届いたヨルダンのザータリキャンプの日常シーンにあてた音楽でしたが、実際は全く別のシーンに使用されています。それらのシーンが、ある現実問題を突きつける役割を担っていること、派生先の楽曲タイトル「M06.イメージ」と対になっているニュアンスも込め、「現場」というタイトルを採用しました。

映画に忠実に沿うのであれば、「ファクト」の方がタイトルとして相応しいとも考えたのですが、タイトルを考えている時に、なぜか『踊る大捜査線』の青島刑事の有名な台詞が頭を巡っていて、その言葉の方がニュアンスをよりストレートに感じ取ってもらえる気がしたので「現場」と付けました。今となっては素直に「ファクト」でも良かった気も少ししています。


M10.基地

沖縄に集中する米軍基地について触れるシーンにあてて書き下ろした楽曲です。サントラの中でも、特に暗いエレクトロニカですが、こちらも「M05.わたしは分断を許さない」のメロディが主軸となっています。バタバタするような音は、どこかオスプレイを連想させるような気がしています。途中から時々聴こえて来る吐息は、「M12.分断 - feat. aru」にコーラスで参加して下さったaruさんの吐息です。

当初はタイトルを「沖縄米軍基地」としようと考えていたのですが、シンプルに「基地」という2文字にするだけでも伝わるものがあると思ったことと、沖縄だけの問題ではない、したくないという気持ちも込めて「基地」としました。


M11.日常

ヨルダンのザータリキャンプシーン冒頭、NPO法人「国境なき子どもたち」の松永晴子さんの登場シーンにあてて作曲しました。

音楽理論的な話になりますが、今回の劇伴は全体的にEm(ホ短調)を感じさせる曲調が多くあります。そんな中「M11.日常」は唯一、Emの平行調であるG(ト長調)を曲キーとしています。短調のニュアンスを感じる劇伴が多い中、この曲を耳にした瞬間、ふと安心感のようなものを感じ取って頂けるかも知れません。


M12.分断 (feat. aru)

「M01.分断」のメロディラインを女性コーラスに代えて歌ってもらったらどうなるかという発想の元、生まれた楽曲です。歌は、女性シンガーのaruさんにお願いしました。

こちらの楽曲は、本編には使用されておらず、特報でのみ使用されています。


M13.近くて遠い

この楽曲も音効の大庭さんのアイデアから派生したシンセ曲で、「M11.日常」をそのままシンセに移行した楽曲です。平壌の映像シーンで使用されています。

当初はタイトルを"香港"のように固有名詞である"平壌"とするつもりでしたが、隣国の韓国の存在もどことなく漂わせたい思惑もあり、「近くて遠い」としました。

平壌の大学生が「マジ」という日本語を流暢に使っているシーンがあるのですが、あのシーンを見ると日本人からみて北朝鮮が"近くて遠い"国だと一般的に認識されていることがとても残念なことのように思います。彼らからみた日本、実際はどんなイメージなんでしょう?


M14.想う (piano piece)

堀さんが平壌の大学生に「どんな未来を望みますか?」と質問したのに対し、その学生がある答えを返すシーンにあてて作りました。「M07.想う」をピアノにアレンジした内容になっているのですが、最終的に劇中で使われていません。

サントラからは外す予定でしたが、このピアノピースがサントラに存在することで流れが良くなる感触があり収録することにしました。


M15.わたしは分断を許さない (credits)

こちらの楽曲は「M05.わたしは分断を許さない」の別バージョンになるのですが、久保田美奈穂さんへのインタビューシーンにあて、M05とは後半部分を変えて編曲しました。想定していたシーンには「M04.懸念」が採用され、この楽曲は最終的にエンドロールで使用されることになりました。

映画の最後を飾る楽曲なので、もう少し音楽的な装飾をしてもよかったかと思いましたが、それが映画の結ぶべき終着地点を崩してしまわないかというジレンマもあり、最終的にピアノ1本で行くことにしました。


M16.朝焼け

堀さんの前作『変身 - Metamorphosis』のエンディングに「想い出す頃」という歌を起用して頂いていた経由もあって、"今作の〆は前作同様、青木の歌"という暗黙の了解が、当初から堀さんとの間にありました。

相当長いスパンで今回の映画向けの歌を模索し続けていまして、iPhoneのレコーダーを見る限りでも10曲以上は作っています。

歌なので、当然歌詞も必要になってきます。まずは楽曲のコンセプトをどうすべきか。堀さんからは、観ている人に"希望を感じてもらえる"楽曲にして欲しいというご要望がありました。

堀さんのおっしゃる希望を感じさせる歌、その原案として浮かんできたのが、子どもの頃、テレビで観た手塚治虫の『火の鳥』のあるシーンでした。小学生の時だったので正直うろ覚えなのですが、ある物語の主人公が死を待つ間際、鮭に生まれ変わるお告げを受けるシーンがあります。そのシーンを観て子ども心に、鮭になんて生まれ変わりたくない、なんて思っていたのですが、今になって思うと鮭の一生と人の一生、どこまで差があると言い切れるのか、そこまで大した差はないのではないか、なんてあのシーンの事を思い出しては何気なく考えていました。

そこから不意に、この"鮭の一生"を元に歌詞を書いてみたらどうだろうかと思い立ちました。そこから幾度も修正して出来上がったのが、こちらの歌詞です。

朝焼け

届く陽の僅かな 淡い夢の世界
そこから抜け出そうと 夜明けと共にのぼる

運命は確かだ 傷だらけな未来
すべてを捧げようと 仲間と共にのぼる

うす紅の花が咲いている
温かい雨に打たれて
空を見つめる

遠く 地は遥かな 長い長い旅路
ここから始めようと 夜明けと共にのぼる

冒頭の「届く陽の僅かな」は、鮭が暮らしていたであろう深い海の中のイメージ、この映画で表す「届く陽の僅かな 淡い夢の世界」とは、普天間基地の移設反対運動で辺野古に座り込みし続ける人々のことかも知れませんし、パレスチナに生きる元気な子ども達のことかも知れませんし、香港デモに参加せざるを得ない若者達のことかも知れません。夢であって欲しいような、そんな「淡い夢の世界」からいつか「抜け出そうと」、彼らは「夜明けと共に」「仲間と共に」のぼります。鮭の場合でしたら、子孫を残すため、生まれ故郷である川の上流を目指しのぼっていきます。そこに「傷だらけな未来」が運命として待ち構えていようと。

この「朝焼け」は、エンド直前のシーンで堀さんのナレーションと共に流れます。特にこのシーンのナレーション録音で、堀さんが何度もご自身が納得されるまでチャレンジされていたのが、とても印象に残っています。


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