白いワタリガラス
映画『天鹿・渡鴉巡礼 - 森に還ったワタリガラス』の中で、ボブ・サムさんは白いワタリガラスの物語を語っています。
「かつてワタリガラスは白かった」!?
そして、白いワタリガラスが、なぜ黒くなってしまったのか。
その驚くべき言い伝えは、実はアラスカ先住民クリンギット族だけのものではなく、シベリア民話の中にも登場することを知り、さらに驚きました。
シベリア民話「大地の大きさを計ったワタリガラス」
星野道夫さんの『森と氷河と鯨 ワタリガラスの伝説を求めて』のあとがきで、池澤夏樹さんはシベリアのマンシの人々が語った「大地の大きさを計ったワタリガラス」の話を要約して掲載しています。
この民話の中に、白いワタリガラスが登場します。
大地がまだ小さくて水の上を漂っていたころ、おじいさんとおばあさんがその小さな大地に住んでいた。 おじいさんは、当時はまだ白かったワタリガラスに大地の大きさを計って戻るよう命じた。
鍋の魚が煮える間にワタリガラスは戻ってきた。それがその時の大地の大きさだった。しばらくして同じことを命じられた時、ワタリガラスは大地の端から端まで飛んで三日で戻ってきた。
三度目の試みではワタリガラスは一冬すぎて二冬すぎても戻ってこなかった。そして三年目にしてようやく戻った時には真っ黒になっていた。大地はそれほど大きく なっていたのであり、ワタリガラスが黒くなったのは死んだ人間を食ったからだった。
おじいさんは怒って、「人間を食ったものなど、とっととうせろ。これからはおまえは自分で獣を殺すことも、魚を捕ることもならぬ。人 間が殺した駅の血をあさっていろ」と命じ、それがワタリガラスの暮らしかたになった(『シベリア民話集』斎藤 君子訳 岩波文庫)
星野道夫著『森と氷河と鯨 ワタリガラスの伝説を求めて』あとがきより
星野さん。本当に不思議だ!
同書に紹介されていた『シベリア民話集』を手に取ってみたところ、この本の中にワタリガラスが登場する物語が「大地の大きさをはかったワタリガラス」を含めて三話もありました。
「狼とワタリガラス」「ワタリガラスのヴェルヴィムティルィン」、そして「大地の大きさをはかったワタリガラス」です。
あらためて、僕は星野さんのこの言葉を思い出しました。
「ワタリガラスの神話……そのことが気にかかるようになったのはいつの頃からだろう。クリンギット族、ハイダ族にとどまらず、アサバスカンインディアン、そしてエスキモーに至るまで、なぜワタリガラスが人々の創世神話の主人公なのか。この世に光をもたらし、人間を造ったというワタリガラスとは、人々の心の中で一体何者なのか、僕は長い間不思議でならなかった。つまり、かつて人々はどんな目で世界を見ていたのか知りたかったのである」 星野道夫著『森と氷河と鯨 ワタリガラスの伝説を求めて』より
本当ですね、星野さん。本当に不思議です。
上野動物園に白いワタリガラスが!?
この話にはまだ続きがあります。さらに驚きが続くのです。
白いワタリガラスは、民話の中だけではなく、実際に存在すること。
そして、白いカラスには上野動物園で会えたこと。
ただ、悲しいことに2014年に亡くなっていたこと。
神話と実話の間を、ワタリガラスが楽しそうに行き来している、そんな感覚に包まれました。
星野道夫さんがワタリガラスの神話に引き込まれていった理由が、ほんの少しわかった気がしました。
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