見出し画像

澄んだ夜空、しかし星は見えない。

実家に帰ってきた。
半年ぶりに。

こっちでやらないといけない用事があった。
10日ほど滞在した。

仕事道具を持って帰ってきた。

家には誰もいなかったので勝手に入った。
"勝手に"入ろうと思った自分がなんだかおかしかった。

かつての自分の部屋は殺風景。
換気のために開けられた小窓。

白いカーテンレースが風に揺られている。
隅には落書きだらけの学習机。

パソコンとノートを広げた。
メガネとマウスとキーボード、資料を横に置いた。

今夜は親戚の家に行く。

それまでに今日の分を進めた。

コードを書いて、
記事を書いて、
デザインのフレームを作って、
資料を作って、

何でも屋さんだ。

本職はコードを書くことだ。
でもそれだけだと安定しない。
そこで差別化を図るために他の技術も身につけた。
コード以外はレベルが低いが相手に予算がない時にはコスパよく使えるのでなんとかなっている。

気づけば日が暮れ、風が冷たくなって、下に降りたら母親がいた。

お邪魔してます

ばあちゃんとこ何時?

7時かな。最近仕事どう?

今月は12万かな

そう

しばらくすると弟が帰ってきた。
大学3年生の弟は進路に悩んでいた。

「俺もフリーランスになろっかなー」

とか言っている。

親戚の集まりには叔父や叔母や祖父や祖母やいとこやらがいた。

いとこもはとこもみな就職している。
最年少は弟で、僕はその次。



ああ、嫌だな。この空気。



つけっぱなしのテレビの音、
混線する会話に、
「あおはよー」と時々流れ弾。

だから帰りたくなかったんだ。

田舎でも都市でもないこの町も一つの家に親戚が集まれば狭い集落になる。

小皿に唐揚げ、ノンアルを1本持って玄関に逃げた。

澄んだ夜空、しかし星は見えない。

スマホをいじりながらからあげを放り込む。

放し飼いにされている猫の「うみ」が寄ってきた。

「やらんよ」

ンナー

「われ太ったな」

ナーーーー

「じゃけぇ、やらん」

うみは基本的に外にいる。
気が向いた時だけ家に帰ってくる。

「小説持ってくりゃあよかったな」

うみは懲りずにすりすりと唐揚げを狙ってくる。
僕は「やらん」とする。

ガチャと扉が開き音がした。
振り返ると母が立っていた。

「何してんの」
「うみと遊ん”でいる”」

「そう」
「うん」

「あんた広島の言葉使うんだ」
「聞いてたの」
「聞こえたのよ」

母は「私もどっか遠くに行きたいわ」と言って部屋に戻って行った。

言葉は手っ取り早い。
そのために勉強したのだ。
言葉は自分が一番聞く。逃げる手段にはもってこいなのだ。

僕はうみに「さいなら」と言って頭を撫でた。

生活費になります。食費。育ち盛りゆえ。。