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日本刀と職質と私

もらって困ったプレゼント。皆さんも一度は体験したことがあるのではないでしょうか。プレゼントされると幸せな気分になりますが、それが自分の好みに合わないものであったり、既に持っているものだったりすると困ってしまいます。テレビで時代劇をみて、自分史上一番もらって困ったプレゼントのことを思い出したので吐き出させてください。

僕は学生の頃、カフェでアルバイトをしていました。そのカフェに僕と同じ年のアルバイトの同僚がいました。
彼は真面目で仕事に一生懸命な人で、シフトにもたくさん入り、お店に貢献していました。
ある日、彼から相談がありました。地方の親戚に不幸があったので、シフトを代わってほしいという、依頼でした。僕は快諾し、シフトを代わったところ、彼はいたく感激し「この恩の必ず埋め合わせるから!」と鶴の恩返しの鶴のようなことを言って地方に向かって行きました。

そして、一週間後、地方から帰ってきた彼とアルバイトが重なった日「埋め合わせ」として、

「日本刀の模擬刀」

をプレゼントされました。念のため断っておきますが、僕には豊臣秀吉の刀狩のように刀を収集する趣味はありません。
何故アルバイトを代わったお礼が刀なのか…彼はそんな僕の絶句を嬉しくて声も出ないように見えていたようで、僕に日本刀を持って構えてみて欲しいと言ってきました。
なんでも鞘に刀を納める時の「カチャッ」という音が本物と同じ音のように再現されているというのです。僕は本物の「カチャッ」の音を聞いたことがないので検証できないし、おそらく彼もその音を聞いたことが無いでしょう。また「カチャッ」の音を僕と彼しかいない現代の閉店後のカフェで響かせて何の意味があるだろうか…実は、このカフェを狙う忍びの者が店内に潜んでいて、そいつを威嚇でもするつもりだろうか…と思いましたが、気が弱い僕はそう言った指摘もできず、笑顔で精一杯のポーズを決めながら模擬刀を鞘に納め、本物の「カチャッ」の音をカフェに響き渡らせました。
おそらく土産物屋で店員のセールストークに促され、同様に「カチャッ」を実演したであろう彼も満足気な顔で僕を見つめながら何度も頷いていました。アルバイトの疲労に虚無感も加わりなんともいえない気持ちになったのですが、礼儀としてお礼を伝え、家路を急ぎました。

僕はアルバイト先まで自転車で通っていたのですが、夜遅くに刀を持ちながら自転車に乗っている僕はどこからみても不審者でした。

案の定、警ら中の警察の方から声を掛けられました。話を聞くと、ここから少し離れたところで「痴漢」が出たんだけど、という内容でした。職務質問というやつです。

刀と痴漢の因果関係は薄いのではないか、とも思いましたが、客観的に僕をみた場合、不審者ということは間違っていないので大人しく、職務質問を受けました。

「バイトを代わったら刀を貰いました」とありのままを話したところ、警察の方も首を傾げながら、刀が模擬刀であることを確認し、自転車に乗りながら刀を持つのは危ないから自転車を押して帰るように、という真っ当な注意をしてくれました。

その刀は、捨てるに捨てられず、捨て方も分からず、押入の奥に封印してすっかり忘れていたのですが、引越しをするタイミングで、当時お付き合いをしていて引越しを手伝ってくれた彼女に見つかって不審がられ、最終的に廃品回収のおじさんに3,000円を払って引き取ってもらいました。

困っている人に手を差し伸べることは当たり前のことであり、僕も見返りを求めてアルバイトを代わった訳ではありません。ただ、良いことをしてその対価として贈与を受けるという一見心温まる展開から、一転、刀が僕に及ぼした不幸の根本的な原因は僕の日頃の行いが悪かったのだと思います。

せめて、この話で唯一、得をしたであろう廃品回収のおじさんがハッピーになっていることと、あの刀が必要な人に引き取られて、社会の役に立っていることを願うばかりです。

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