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第七話

 永人には葛藤があった。
 サークルでは出来ることが自分のバンドでは出来ないことだ。自信の無さが起因しているのだろうが、このときはまだそれに気づいていなかった。
 高校からの友人や同期のメンバーとバンドを組み、修さんの曲をコピーして演奏することが多かった。修さんの曲を歌う時は自信に満ち溢れた状態でステージに立てていたのだ。
 サークル内ではオーディションがあり、受かると文化祭やイベントで演奏できるのだが「1年だけのバンドが過去に入賞したことはない。」そう先輩に言い捨てられた。
 しかし永人のバンドはそのオーディションを難なくクリアし、イベントでは先輩達と同じステージに立っていた。会場も盛り上がっている様子だ。修さんのバンドをサークルの人達は知らないのにも関わらずだ。改めて曲が持つ力を知っていく。
 音楽好きが集まる場所で評価されるということが、「俺にはやはり才能があるのかもしれない。」そう思い込む十分な理由であり、そう勘違いしてしまうくらいに周りの反応も良かった。確実に曲のおかげだったことにも薄々は気づいていたが、きっと見ないふりをしていたのだ。

 学校以外でバンドを組みライブしている人達を「外バンの人」とサークル内では表現していた。
「外バンをしているとやっぱり違うね。」
 それを言われることは何故か鬱陶しく感じる。ナメられるわけにはいかないんだと無理にでも自己を誇示することも多くなった。
 そのため、「音楽以外でも一目置かれなくてはならぬ」と、県外のホテルで数日間行われた合宿では人一倍酒を飲み、暴れて回った。
 今まで陰で生きてきた自分が「私生活までぶっとんだ天才肌のキャラ」を演じきることで、サークル内の狭い世界ではスターになった気分になれたのだ。
 スピリタスというアルコール度数96%の酒をOBの先輩が持ってきた日もそうだった。瓶のキャップで一口ずつ後輩達に飲ませて回っていたのだが、永人はそれをコップになみなみ注ぎ先輩達が逆に心配する中それを一気に飲み干した。場はとても盛り上がる。
 その光景を見た永人は単純に喜び、隣に座っていた同期にも無理矢理コップで飲ませて自分はもう一度同じように飲んでみせた。
「これでここではもうナメられまい。」
 その気持ちだけで意識を保ち続けることができた。
 無茶な飲み方のせいで同期は全員潰れた様子だったが、最後までナメめられるわけにはいかず、気合いのみでその戦場に一人残っていた。過酷な戦場では先輩たちも次々に潰れ、結果生き残りのOBと先輩計4名と共に、第二の戦場「宿泊施設の大浴場」に進軍することになる。日本酒の一升瓶を洗面器に空け、湯につかりながらひたすら回して飲んでいく。もはや何のために戦っているのか参戦者全員が理解できていない謎のサドンデスバトルが開催された。
 最後は手負いの兵士達全員が日本酒軍に敗れ去り洗い場の隅で仲良く並んで吐き続けていたが、唯一最後まで戦い抜いたことだけでこの先ここでは負ける気がしなかった。部屋に戻った後も復活は早く、普通に会話くらいは出来ていたと思う。
「あの頃の弱気でモテなくて、グズで何にも出来ない俺はもうここにはいない。」
 永人は見事に「大学デビュー」を果たせたと思っていたのだった。

 ところがいざサークルの枠を飛び出し自分のバンドでのライブになると、ステージ上ではいつも何かに怯えているようだった。
 お客さんの疎らなフロアには、自信のない永人が自ら作り出した「敵」がびっしり蠢いて映り、奴らは皆冷めた目で自分達を評価している。曲のメロディ一つ、歌詞の並び一つ、音程一つ、細かく審議され、少しでも下手な部分があればその部分のみを切り取ってみられ、「商品としての価値がどれだけあるか。」それだけを黙々と見出そうとしている「敵」の前では思い切った自分の表現は出来なかった。そんなものは始めから存在しないのに、だ。
 自信満々でステージ上を暴れ回り、格好付けたMCをして最後にはちゃんと評価もされる。サークルでの自分がここにはいない。
 自分の書いた曲で勝負することと人が作った曲で勝負することはそれ程に違っていた。なによりも、永人の作曲とは「書きたいこと」があって作った曲ではなく、「こんなメロディとこんな歌詞があればそれなりだろう。」という「感覚」のみで行われていたもので、結局は作曲の「真似事」でしかない。自分の曲に感情移入できていないことにすら気づけてはいなかったのだから。
 その為、評価されることへの恐怖心から当たり障りのない言葉を並べることも多くなった。
 自信の無さとはダイレクトに人に伝わるもので、ライブをいくら重ねてもお客さんは全く増えず評価されることすら無いまま、刻々と時間だけが過ぎていく。

 ライブハウスの打ち上げではサークル同様酒を飲む機会も多く、その場ではそれなりに派手な飲み方をして出会ったバンドや先輩達に気に入られ、印象に残るようにと相変わらずの無茶を繰り返す。しかしそれが音楽活動の幅を広げることに直接繋がることは少なく、顔見知り程度の知り合いや先輩が増えていくことがとても虚しく感じていた。
「打ち上げでは、酒が飲める奴が気に入られる。」
 そう修さんから教わったが、たとえ酒で気に入られたところで面倒なしがらみが増えるだけであり、何の価値もないように感じるようになっていく。

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