短篇小説「ある不良少年」(完)
ある雨の日の夜。バタンとある小柄な男にぶつかった。彼はすぐさま舌打ちを、計画通りに行い計画通りの角度で男を睨みつけた。目が合った時、彼はものすごい恐怖を感じた。鳥肌さえたった。ホンモノを感じたのである。煙草をふかし、彼に一言こう呟いた。
「おまえ、死にたいか?」
こんな言葉、同級生に言われてみると全然、びくともせぬ、鼠が虎に喧嘩を売るようなものである。しかしながら、相手は本物の虎である。今回ばかりは死ぬと思った。なにせホンモノを感じたのである。初めて目にした正真正銘の不良であった。それも眼鏡をかけた顔は薄暗い不良少年である。
汚い狐の毛皮をかぶったような不良など、あっという間に溝内をなぐられ、眉間を蹴り上げられ。くるりと落ち葉のように一回転して狐は倒れ込んだ。そして虎はすらりと暗闇の中へはいっていった。
彼は殴り倒された時の対処法を幾ヶ月前から復習やらいろいろして覚えていたがこの本番となっては使い物にならぬほど彼の恐怖は限界に達していたのである。
狐は痛さをこらえることなく地面にのたうちまわり、わんわん泣いた。狐のくせしてわんわん泣いた。ふとこんな事も考えた。
自分のこのマジメはホンモノの真面目か、もしくはウソの真面目か。虚飾か否か。例えるなら、この狐の毛皮は本当はおのれの本当の皮膚の一部いやそれで成り立っているのではないか。嘘が本当になり本当が嘘になり。
いやいや彼は流されていたのだ、訳の分からぬどこからかきた小川に。
色々考えた末、かれは絶望した。自分を見失ったのである。自分というものがどうであったかすら忘れ、どうあるべきかで迷い迷った。
ある不良少年によって。
それから一ヶ月もたたぬうちに、彼は左頬に出来た大きなニキビが悪化して、膿がひどくて、ころりと死んだ。彼は遺書まで格好をつけて(もしくは真面目なのか)書いた。そして、かの一節
「珠玉の魂、十五の心!」
という意味は殴られた父ですら深い意味を知らぬが、十五の心は大事な珠玉のように綺麗であるが無くしやすいものでもあるという意味ではないかと、ある不良少年否、狐は考えて書いたわけである。
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