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黄山雨過(四)(連載小説)

小学四年生の時、なにやら親の前で将来の夢について語るという羞恥極まりない行為をそろいもそろって三十人で共にやったのだが、私はさすがに母でもこの御立派な自分の姿を見れば、潤むものが潤むだろうと思ったのだが、まるっきりそんな様子がなかった。ただ優しそうな、暖かそうな目で私を見た。私は全身が溶けそうになった。私は今母の顔をみたらさすがに溶けだすと焦って、原稿をじっと見て早口で喋りだした。しかし原稿しか見てなくてもやけにゆるゆるしたから驚いた。やわになったものだなあ、と生まれた時からやわなくせして思った。原稿に斑点模様が浮かんで、なぜか濡れていたから驚いた。しかし皆もそうであったから、安心して、目をこすらずそのままにしておいた。

うっそうとした、暗くて目眩がしそうなほどの背高の杉林が立ち並んだある宿屋で泊って自然を学び共同生活を学びついでに道徳と常識を学びの、小五の時分の最大行事の最中、事件がいくつも起こった。尤もこれが一番語りたい出来事である。この行事の事件とこの時の友との共同の生活の記憶は今思い出そうとしただけでも胸がふわふわして、つい踊りたくなる。尤も、もう腰が年でやられているから踊るのは不可能である。尤も、この記憶を忘れるという事も不可能である。確かその行事は五日間もあった気がする。そこは前述の通り本当に暗かった。また、それに匹敵するほどの湿気も尋常ではなかった。バスで初めてその周辺を入った時、思わず友達のサッカー焼けの顔を見て、なるほどこいつよりも暗いなと言ってしまったほどである。やはりバスから降りてきた時、妙に顔がひりひりしたのはその時に殴られたからであろう。しかし、そいつとは長い付き合いになったものだなあ。むろん酒を盗んだ時もそいつとである。しまった。私は話したい出来事がある時、まず味気ない枝の話から始めるという悪癖がある。いやはや原稿がもったいない。

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