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「金魚屋の徒然なる日常 御縁叶冬の邂逅」 第八話 空飛ぶ金魚を管理する企業

 空飛ぶ金魚の店なんて、なんとなく言っただけだったのに、またも斜め上の回答が出てきた。金魚に関して、店長の言葉は想像だにしないことばかりだ。
「あるって、どういうことですか。あるんですか?」
「あると思うね。だって、人為的に管理されてるとしか思えないよ。金魚は幽霊という前提の話だけど、幽霊は死なないんだから増える一方だよね。でもアキちゃんは普通に歩いてる。金魚ってどれくらいいるの?」
「場所に寄りますけど、視界に一、二匹です。多い時は数匹で群れを作ってますけど」
「生者より圧倒的に少ないね。なら、金魚は常に死亡者数より多い引数が減ってるってことじゃないか。でも自然現象じゃ『必ずそうなる』とはいかない。自然とは不規則な物だからね。きっと、定期的に誰かが一定数を間引いてるんだよ」
「輪廻転生とか、自然の摂理があるんじゃないんですか?」
「自然の摂理ってえのは、自然界の現象を人間が規則づけたものさ。輪廻転生は『現象』にすぎず、規則は人間の『意図』なんだよ。『摂理がある』と思えるのは、誰かが管理した結果があってこそだ」
「おお……」
 我ながら間抜けな返答だ。いや、返答にすらなっていない。
「それに、アキちゃんに憑いてるっていう二匹が気になる。彼らには『憑いて回りたい理由』があるはずだ。幽霊が憑くといえば『憑り殺す』ってぇのがあるけど、アキちゃんは生きている。殺す力はないんだよ。もしくは『生者を害さない』よう金魚を見張ってる誰がいる。じゃなきゃ進化して人間を食いつくしてるはずだからね。目視されない彼らは圧倒的に有利なんだから。なのに人類史上、人間の幽霊はずっと人間の姿だ。金魚は目的があっても実行できないんだよ」
 饒舌だ。論理的な分析を聞いているだけで、いかに自分がなにも考えてこなかったかが分かる。口を挟む隙もなく、店長は語り続けた。
「金魚が人間に関与するなら逆もまたしかり。金魚に干渉できる人間は、アキちゃん以外にも大勢いる。それは、世界規模で金魚を管理する大企業の社員――と僕は思うね」
「……だから金魚『屋』、ですか」
 金魚屋という店名を、深く考えていなかった。ただなんとなく名乗っているだけかと思っていたが、店長なりの研究成果なのかもしれない。ぼんやり金魚と生きてきたことが、急に恥ずかしく思えてきた。
「金魚を管理する店。それが真の金魚屋だ」
 店長は自信ありげに微笑んだ。まるで、金魚屋なら全ての真相を語れるに違いないと断定しているように思える。
 もし本当に金魚屋があるのなら、金魚になる夢から助けてくれるかもしれない。
「……店長。俺、夢を見るんです。少しずつ金魚になる夢です。最初はつま先でした。それが足首に届いてて、きっともうすぐ下半身がすべて金魚の尾になります」
「うむ? 夢が連続してるのかい? 今日は下半身、昨日は手、とかじゃなくて」
「続いています。漠然と金魚のせいで、理由は考えたことがありませんでした。でも金魚側に明確な目的があるのかもしれない」
「きっかけはあったかい? 夢を見るようになった前後で」
「思い当たることはなにも。でも昼夜問わずなんで、周りが妙に思い始めてます。三日に一度は見るから睡眠不足にもなるし、ちょっと、まずい気はしてます」
 店長は腕組みをしてを細めて、なにかを考えこんでいる。少ししたら、ちろりと俺に視線を寄越した。
「変なこと聞くけど、あるとき急に考えが変わったり、周りと会話がかみ合わなくなることがなかったかい?」
「……ないです。倒れてる間は意識ないから覚えてないですけど」
「記憶が曖昧になったことは? 特別なことが起きた気がするけれど、何だかは分からないとか。ちょっとしたことでもいいよ。周りは覚えてるのに自分だけ覚えてないとか」
「ありません。でも病院に行くとしたら、精神科になると思います」
「違うと思うなあ。精神を病んで見る悪夢なら、現時点で恐怖に感じているものが出てくるだはずだ。でもアキちゃんは金魚を怖がってない。怖いのは金魚じゃなくて、金魚になる夢そのものだ」
「ああ、そっか。それはそうですよね……」
「きっと金魚がアキちゃんに影響を与えてるんだよ。二匹いると言っていたけど、他と違う様子はあるかい?」
 それすらも、気にしたことがなかった。
 あまりにも金魚との生活が日常で、特別なことが特別である可能性をとことん見落としているのかもしれない。客観的な分析がいかに重要なのかがよく分かる。
「一匹は日によって大きさが違います。もう一匹は少しずつ大きくなってます。でも、他の金魚を観察したことがないので、特別な事象かは分かりません」
「もし金魚になる夢が二匹のせいなら、二匹はアキちゃんを固有の存在として認識してるんだ。具体的にはいつから悪夢を見始めたんだい? 生まれた時から?」
「大学に入ってからです。高校までは一度もありませんでした」
「僕に会ってからというわけじゃない? 僕の存在を耳にしたことがあったとか」
「違います。店長のことはお祭りで初めて知りました。お祭りへ行ったのも偶然です」
「他に変わったことは? 大学に入る前後で特別なことはなかった?」
「ないです。実家を出られた開放感はありましたけど」
「じゃあ、実家にいたときと、実家を出た後で大きな変化は? 家事が大変とか友達と遊びやすくなったとか、物理的な変化はあると思うけど、もっと内面的な変化だ」
「母と離れられて嬉しかったです。家は水槽みたいで苦しかったから」
 不愉快に言い捨てて、しまった、と思った。俺にとって正義でも、棘のある物言いをするだけで人は不快に感じるものだ。俺だって、第三者の悪口をきかされても「なるほど嫌な奴だ」と同調はしない。むしろ、なぜ悪口を聞かされなきゃいけないんだ、と思う。
 嫌な奴だ、と、店長に思われるのは嫌だった。言い訳しようと店長を見たが、不快な顔はせず、腕組みをして真剣に考えこんでいる。
「アキちゃん自身じゃなくて、金魚側に発生した問題の二次被害かもね。じゃあ二匹をどうにかしないといけない。これは早く金魚屋を探したほうがいいかもしれない。奴はアキちゃんを助ける術を知っている」
 知り合って日は浅いが、俺でも珍しいと思うほど険しい顔をしていた。それだけでも驚いたが、発した言葉の印象も驚いた。
 ――まるで、知り合いのような口ぶりじゃないか。
 自分の記憶と俺の話を照らし合わせれば辿り着くと言っていた。俺の話を聞くのは、記憶の裏付けを取っているのかもしれない。
 なにも言わない店長に、踏み込んでいいか迷われた。思い切って聞いてみようかと考えたが、テーブルへ伏しておいてあったスマートフォンがブーっと振動した。チャットアプリからメッセージの届いた通知が表示されている。送信者を確認しようとしたが、通知が瞬間に十件も届いた時点で確認するまでもない。
 俺は無視することにしたが、店長は心配そうに微笑んで、こんっと指先で俺のスマートフォンをつついた。
「無事を知らせるくらいはしたほうがいいよ。余計面倒だから」
「……はい」
 心底面倒くさかったが、チャットアプリを開くと予想外のメッセージが綴られている。
 メッセージには『お母さん倒れました。少しでいいから帰ってきてください』とあった。
 思わず立ち上がり、届いたメッセージを全て読み返す。打ち損ねたのか、『おかあさん』『たおれ』と途切れ途切れにひらがなが並んでいる。即座に正しくタップできないほど意識が混濁しているのか、怪我をしたのか。一瞬で色々な考えが巡った。
「アキちゃん、顔色が悪いよ。お母上はなにやらおっしゃってるのかい?」
「母さんが倒れたって……」
「んえっ! 大変じゃないか! すぐに行っておあげ。車を出してあげようか」
「いえ、大丈夫です。ああ、それとも一緒にいきますか? どうせ行くなら、ついでに」
「けどご病気のときに、悪――……いや、そうだね。途中まで行くよ。家に上がるかは考えるけど、近くで様子を見てみたい」
「じゃあ一緒に行きましょう。福井なんで新幹線代かかっちゃいますけど」
 母から与えられたものは、不愉快な日常ばかりだった。良い想いをした記憶はない。
 それでも、倒れたと聞いて無視をできることではない。俺は店長と一緒に新幹線へ飛び乗って、実家がある福井へ向かった。


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