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「帝都椿物語 椿の君の行く処には」 第二話 罪を明かす図書館の幽霊
■場所(図書館・放課後)
修吾(なんだ今のは。まさか幽霊、とか……)
修吾(馬鹿なこと考えてる場合か! 大志を連れ戻さないと!)
・騒ぎの中心部へ行くと、窓が割れている
女子生徒D「私見ました! 白い服の女性が立ってたんです! それが突然消えて、そうしたら窓が割れたんです!」
男子生徒A「俺も見たよ。黒い髪で、その窓の下でぱっといなくなったんだ」
修吾(さっきのか。確かに消えた……)
・大きい辞書がいっぱい落ちていて、安藤先生が拾ってる
修吾「安藤先生。なにがあったんですか」
安藤「私もよく分からんくて。前触れもなく割れたとかなんとか」
水原「全員落ち着いてください。現場の保管をするので、触らないようにお願いします」
矢野「目撃者はこちらへ。話を聞かせてください」
修吾(なんだこの子たち)
女子生徒E「生徒会の皆様だわ。もう安心ね」
修吾(ああ、これが。え? 生徒がこんな事故の対応をするのか?)
大志「怪我をしているな。華房。病院までうちの車を出すから、逸見さんに付き添ってくれ」
花房「承知致しました」
修吾(まるで上司と部下だな。華族でも、ぬるま湯育ちではなさそうだ)
・逸見と華房は離脱
・入れ違いに駆けつけた杉山
・大志は散らばっている窓ガラスの欠片を拾っている。花瓶の破片も拾っているが、花瓶は布石のため露骨には描かない。
杉山「うっひゃ~!」
大志「杉山か。良い所に来た。ここら一帯を撮っておけ」
杉山「じゃあお前、今みたいに拾ってくれよ。硝子拾いの美少年というテーマで売るから」
大志「黙れ。さっさと現場の記録をしろ。図書館内全てだ」
杉山「へいへ~い! やっちゃうやっちゃう!」
修吾(……この子も生徒会か? 華族のご令嬢にしてははっちゃけてるな)
大志「矢野。杉山の首根っこ掴んどいてくれ。余計なことをさせるな」
矢野「またですか。こういうことばっかり、俺に押し付けるの止めてくれませんか」
大志「頼りにしてるんだよ。お前にしかできないんだ」
修吾(彼は現場のまとめ役か。一番損するタイプだな)
・モブの生徒がひそひそと小声で話している
男子生徒A「前に解体の話が出たときも、こういう事故起きたんだよな。呪われてるんじゃないのか、この図書館」
女子生徒D「歴史の長い建築物ですものね。きっと歴代椿家の霊がお怒りなのよ」
修吾(前にも?)
修吾「ちょっといいかな。それっていつの話だい?」
女子生徒D「三年前ですよ。そのときはもっと派手で、何人も入院したんです」
修吾(源之助子爵が理事のころじゃないか)
修吾「源之助子爵は、図書館を解体したかったのかい?」
女子生徒D「さあ。そこまでは知りません。けど工事を進めれば進めるほど怪我人が出たとか」
修吾(なんだろう。今の話は違和感がある……)
修吾「安藤先生。三年前の図書館解体はご存じですか?」
安藤「よく覚えてます。警察も出て来る騒動になりましたから。死んだ人もいた」
・安藤は俯いて、声を小さくする。
安藤「都合が悪くなって、椿家が殺したんですよ。事件は椿家が隠蔽して終わった」
修吾「…それは真実ではないですよね。椿家がそう触れ回ったわけではないでしょう」
安藤「暗黙の了解ですよ。この学園ではそんなことがしょっちゅうだ」
修吾(さすがに勘違いだと思うけどな。偶然が重なっただけで)
・大志がやってくる
大志「織山先生。ここは任せて帰りましょう。もう退勤時間ですし」
修吾「僕も手伝うよ。この片付けを少数では大変だ」
大志「片付けは清掃員がやりますよ。いつものことなので問題ありません」
修吾「いつも? いつもこんなことがあるっていうのかい」
・大志は一瞬目を丸くするが、にこりと微笑んで誤魔化す
修吾(勘違いでも偶然でもないってことか……)
大志「サロンはまた明日にでもやりましょう。今日はもうご帰宅ください」
修吾「分かったよ。じゃあ失礼する」
■場面転換(自宅の自室・夜)
・修吾は布団で横になっている。
修吾(図書館の解体と幽霊騒ぎ。その陰には椿家の陰謀が~……って)
修吾「やめよう。庶民の僕は、穏やかにやり過ごすのみだ」
■場面転換(図書館・放課後)
修吾「サロンはやっぱり図書館でやるのかい。正直を言えば、恐ろしいんだけどね」
大志「事件が起きるのは、会議で図書館取り壊しについて議論をされてから数日以内です。今日は大丈夫ですよ」
修吾(えらく冷静じゃないか。椿家が隠蔽というのは本当かもな)
大志「優二郎理事が図書館の解体に慎重なのはこれが理由です。噂の真偽はともかく、原因不明の事故が多発した。それも丸一年かけてです」
修吾「理事は解体へ積極的じゃないか。慎重な話ぶりではない気がするよ」
大志「進め方の話ですよ。意見を聞いてるだけで慎重と言っていい。本来なら問答無用で解体できるんですから」
修吾「それは僕も思ったけど……」
大志「だから先生のおっしゃった折衷案は、とても良いと思います。両者の意を汲む方法なら怪我人も出ないのではと思ったんですが、出ましたね。犯人はまた幽霊になるのかな」
修吾「三年前は警察が来たと聞いたよ。まさか警察は幽霊が犯人と断定したのかい?」
大志「分からなかったんですよ。外にも内にも不信な人物はいない。凶器もないとされたんです」
修吾「そうか? 大きい辞書なら窓くらい割ることもできそうだけど」
大志「そうですね。ですが椿家の呼んだ警察は『犯人はいなかった』と判断した。それがすべてで、それで終わりです」
修吾(明らかに凶器があるのに、ないとされたから隠蔽ってことか。けどなんで隠蔽なんてする必要があるんだ? 犯人を捕まえて突き出すべきだろう)
大志「犯罪者がいたというだけで、学園の名誉が傷つけられる。真相はどうあれ事故で済ませたいんです。犯人が椿家の罪を世間に知らしめたくても」
修吾「犯人は椿家を罰するために、あえて事件を続けていると?」
大志「私はそう思っています。解体を論ずるたびに幽霊が出るなんて、そんな都合の良い話はない」
修吾(じゃあ犯人は三年前の解体に関わっていた人ってことか)
・大志が写真と取り出す。写真は、図書館を背景にした集合写真。中央には菊本裕子(白い服に長い黒髪の女性)が立っている。
・大志は菊本を指さす
大志「白い服に長い黒髪。この外見に覚えはありませんか」
修吾「…図書館の幽霊に一致するね」
大志「図書館の司書だった菊本裕子さんです。図書館解体反対派の盟主で、三年前、一番最初に亡くなった女性です」
修吾「一番最初、ですか……」
大志「犯人が幽霊ということはないでしょう。幽霊ならこんな物を使わない」
・大志は花瓶の破片を取り出して写真に並べる
大志「幽霊が割った窓の破片の中に紛れていました。図書館の内装に一律で使われている花瓶で、あの窓の下にもありました。なくなってましたが」
修吾「それはつまり、犯人は」
大志「幽霊はまた出るでしょう。目的を果たすまでは」
修吾(目的っていうと、椿家の罪を明るみに出すことだよな。具体的になにをしたら達成なんだ、それは)
大志「まあ、こんなのは警察の分野です。霊といえば、源氏物語には有名な生霊がいましたね。六条御息所でしたか」
修吾「うん。正妻の葵の上に葵祭で苦汁を嘗めさせら、光源氏最愛の紫の上も苦しめた。ある意味、光源氏に最も重要な女性だったね」
大志「光源氏を愛した女性はあれほどいても、霊になったのは彼女だけでしたね。愛とは恐ろしいものです」
修吾「どうだろうね。六条御息所が生霊になったのは、愛情じゃないと僕は思ってるんだ」
・大志きょとんとする。
大志「考えたこともありませんでした。なぜです? 源氏物語は愛の物語でしょう」
修吾「そうだね。でも物語の裏でなにをしていたかはわからない。六条御息所は普段なにをしていたと思う? 御息所の周囲の人たちは、彼女をどう思っていた?」
大志「愛ゆえに見えても、そうではない可能性もあると。とても興味深い切り口ですね」
・大志は修吾の持っている『葵』を指さす。
大志「今日は源氏物語の議論をしませんか。先生の分析を聞いてみたい」
修吾「構わないよ。どの帖にする?」
大志「葵はいかがでしょう。六条御息所の一端が描かれた帖ですよね」
修吾「いいよ。僕が特に得意な帖だ」
修吾「源氏物語を始めよう。今日の主役は六条御息所だ」
(第二話 終了)
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