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子ども語録 その1

「ねーママ。このお菓子、カミドで作ってるんだって!」
そう娘に言われ、頭にはてなマークが浮かんだ私は、首をかしげながら指さす方向を振り返った。

え? カミド?
お菓子の箱には販売元住所「兵庫県神戸市」と書かれている。

「あーはいはい。これは神戸。こうべって読むよ」
毎度のことながらがっくり肩を落として言う私に、娘は「こうべ」「こうべ」となぜか嬉しそうに繰り返した。

日本語、特に地名の漢字は特別な読み方があったり前後に来る言葉で読み方が変わったりして子どもだけでなく大人でも難しいものがある。地名に限らず漢字全般が苦手な娘にとって、世の中にある漢字はもはや文字ではなくて記号に見えているのではないかと不安になるくらい。学校の教科でも国語が苦手だ。

子どもが小さい頃、親が読み聞かせをしていないと言葉の理解が遅く国語が苦手になると聞く。母親の私としては、読み聞かせを全くしてないわけじゃないが、毎日何時間も読み聞かせをしていたわけでもない。

それは彼女が家の中で本を読むよりも外で遊ぶ方が好きだったこともあるが、読み聞かせを聞くよりも、本をめくる動きに興味を示して次々とページをめくりたがり、読み聞かせをする母親を真似て真っ白いノートをめくり、自分の作った話をまるで物語を読んでいるかのように話す方が好きだったから。

親子で図書館に行き、「小さい子のおはなし会」に参加したこともある。未就学児がフロアに集まり、本を手にするお姉さんの周りを囲んで座り静かに物語を聞く傍らで、彼女はたいてい途中で立ち上がり、輪の中から飛び出しては自分で適当な本をペラペラめくったりすることが多かった。「図書館はすき、でも読むのはきらい」幼稚園に入る頃、そんなことを言っていた。

「想像力がない子は国語が苦手だよ」と言われたこともある。例えば「選出」なら「選び出すこと」のように、漢字を読むにはその漢字の意味を考えれば分かるから。しかし、初めて目にする漢字が出てきた時のことを思い出してほしい。本を読んでいて知らない漢字が出てきたら、読み方をひとまず想像して読み進める人が多いのではないだろうか。私なら本を読み進めたい気持ちがあるからすぐ辞書で調べることはせず、前後の文章からその漢字の意味を予想して読み進める。そしてきっとこう読むんだろうなと想像する。きっと娘も同じ。小学校に入っても人形遊びが好きで、本と人形を並べて自分で話を作り、世界に入り込む彼女に想像力がないわけではないと思う。

ではなぜ、読めないのか。

思い当たることがある。ウチは共働きで子どもはずっと学童保育に預けっぱなしだった。放課後から夜遅くまで集団で過ごし帰宅すると食事して入浴してすぐに就寝。週末も余裕がなくバタバタと時間に追われる日々だった。私は娘のそばで話を聞くことができていなかった。もしかして彼女は、知らない漢字の読み方を想像して「たぶんこう読むんだろうな」と「想像」を「確かめる」手段がなかったのかもしれない。正解を確認したい時、誰もそばにいなかったのかもしれない。

娘の漢字嫌いを鷹揚に放っておいた私は反省した。

「音読やろう」

最近の我が家の合言葉はこれだ。冬休みに「音読をがんばる」と親子で決めた。

音読は文字通り、音に出して読む方法。

ウチの地域では小学生に必ず出される宿題の一つで、6年間毎日続く。音読カードなるものが渡されて、何を読んだか、声は大きいか、活舌は明瞭か、読み方は正確かなどチェックするようになっている。しかも「音読1回」の日もあれば。ちょっと早帰りの日とか休みの前日に「音読3回」なんていう日もある。たいていの親は面倒になって1カ月分まとめて印鑑を押したり、子どもにチェックさせてたりした。

心を入れ替えた私は、とにかく音読を丁寧に聞くことにした。家事をしながらちょっと耳を傾ける方法は止めた。娘の隣に座り、一緒に文字を追いながら聞く。不安だった読み方をひとつづつ確認しながら読み進めた。

冬休みに入ってすぐの頃は、すぐ隣で聞かれるのは嫌だと言っていたが、続けるうちに自分の読み方に自信が持てるようになったのか、以前よりハッキリした声でしっかり読めるようになってきた。音読が楽しくなってくると短い話だけでなく長い話も読みたくなるらしい。久しぶりに図書館に行って本も借りた。地名も覚えようと日本地図の本も借りてきた。

漢字が苦手で「図書館は好きだけど、本を読むのはきらい」と言っていた彼女が、いつもは手ぶらで出てくる図書館から本を抱えて出てくる。それだけでも効果があった、やってよかったとホッとする。きっと漢字も少しずつ読めるようになっているはず。

今日、帰りの車の中で彼女は言った。
「ねーママ。私ね。はらさんの本ばかり読んでるよ。はらさん。はら、さく、さん?」

ふたたび、頭にはてなマークが浮かんだ私は首をかしげながら振り返った。

「原作」

想像力豊かな彼女の頭の中の本棚には、「原さん」の本がたくさん並んでいるらしい。私はまたひとつずつ、想像を確認する作業をしていこうと思った。

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