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800字日記/20221217sat/162「雨の散歩。文体さがし」

そうじを終え、時計を見る。一時過ぎだった。
「やっぱ、外に出ないと狂いそうだわ」とネコを撫で、玄関を飛び出した。

道路に出ると、ぽつぽつと雨粒が、昨日おろしたパーカーの肩口にあたる。
九時に目は覚め、布団を出たのは昼過ぎだった。凄まじい希死念慮に襲われた。今でさえ喉元すぎればだが。

濡れた石垣をつたって歩くと溝にピンク色の花が咲いていて、そこを畔へ折れた。少し歩くと高圧電線の鉄塔がそびえ、ジジジ、と電流が雨を弾いていた。

久しく自分の姿を真っ当に見ていないので自撮りをする。肘に茶色の当て布が縫われたパーカーに黒色のランニングキャップ、メガネ、グレーのネックウォーマーを顎まであげている。のこるは自分の顔と鼻だが、まるい。印象として、老けた、ではない。醜い。生まれて初めて、自分をそう思った。

浄水場の柵にそって植わる椿に、ぱらぱらと雨があたる音を聞いて空を見上げた、その時だった。悲しくないと言えば嘘になるが、自分では意図しない涙がひと粒、左の涙腺から出た。安物のビーズのように軽くて、戸惑った。

坂をのぼって土手にあがる。水位が上がった川の向こうがわの堰で、水が階段になって音を立てて流れ落ち、下流は、雨粒の輪が見え、無数のアメンボが跳ねているようだ。雨脚は強まったが、足を早めようとはしなかった。

左手の浄水場の敷地に沿ってならぶ桜並木の一角に、秋からそこに巣を幾重にも張って居座りつづける女郎蜘蛛が、一瞬吹いた風に巣を煽られる。

「あなたにはマンガしかないのよ。ね、マンガ描いてよ。注文がなくてもいいじゃない。マンガ描いてよ。あんたのバカァ」

昨晩よんだ漫画、つげ義春の「石を売る」の妻の強烈なセリフが頭に浮かぶ。ふり返るとアパートが見える。左の坂を降りればすぐに家に着く。けどあのコンクリート橋まで歩こう。標識にタッチしてセスナ機の着陸態勢を見とどけて、踵をかえす。橋のたもとに「中村橋」とあった。初めて橋の名を知った。

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