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謎のスーパーマーケットハクバ事件の伏線を回収するための六章その二 / 20240720sat(6192字)

第六章 白馬岳山麓八方尾根交差点前十字路

二 首謀者、九山那由多

 スーパーマーケットハクバの駐車場の東側、敷地の国道に面した出入口。信号が青になった。並んでいた黄色いツーシーターや紫色の乗用車は南に向けて走りだした。
 ナユタは赤松の並木が浮世絵の波濤のように国道に迫りだしたレンガの歩道を走ってきて、足を止めた。
「だめだ。やっぱり解けない」
 ナユタは膝に両手をついてうな垂れる。
「なにが解けないの? 」
 チナツは訊ねた。後ろから黒服の声が聞こえる。ひっはっひっはっひっはっはっひっはっ……。
「親父の謎だよ」
 ナユタは手を挙げる。黒服の男たちは息を切らしながらも、ナユタとチナツに追いついた。はっひっはっひっはっはっひっ……。ぐはっ。のどが渇いたぜ。のどの内側の粘膜がへばりついているみたいだ水をくれ。おれにいうなさっき缶コーヒーを飲んだばかりじゃねえか。あれは甘すぎてすぐにのどが渇くんだ。ここに自販機がある。買ってくれよ。おまえが買えよ。おいおまえら、仕事ひとつ果たせないでなにぐだぐだとぬかしてるんだ。あなたたちもコーヒーを飲みますか? そういって黒服の背が高いほうが缶コーヒーを四本買ってきた。あ。あそこ。なんだ。折よくあそこにベンチがある。見ると、ベンチがあった。さっそく座ってプルトップをあけて飲みはじめる。
「で、ナユタはこのふたりにいったいなにをしたの? 」
「ある仕事を依頼したんだ」
「ナユタ、シンヤとマコトになんの仕事を依頼をしたのよ。で、かれらはなんで喪服みたいな真っ黒な服を着ているわけ? 」
「それは、その…… 」
 ナユタは黙りこんだ。
「で、ぼくたちはどうなるんでしょうか? 」
 ぱん、ぱんっ。
「ひいっ」
 北から銃声が散発的に聞こえてくる。四人は北の山峰を見て、目を細める。すると北の山々に隠れる地平線のむこうに猟銃をかかえた人影が現れた。こちらに走ってくるのが見える。その人影は伝説の老作家九山八海その人にちがいなかった。十字路に九山八海の影が近づくにつれてその輪郭ははっきりとしてくる。九山八海は頭に茶色のハンチング帽を被って、上着は迷彩柄の狩猟用のモールメッシュベストではなく、森に潜むスナイパー用のカムフラージュメッシュを着込んでいた。胸に手榴弾を下げているのが見える。カーキ色のミリタリーズボンに軍靴のようなこちらもカーキ色の編み上げブーツを履いていた。
 ぱん、ぱんっ。
「ひいっ! 」
 黒服の男ふたりは飛び上がって抱き合った。シンヤもマコトもしっかりしなさい。チナツはふたりを嗜(たしな)める。
 ナユタはこちらに向かって走ってくる老いたスナイパーを、睨(にら)んだ。
 チナツも、ナユタが睨んだ後方をゆっくりとふりかえった。
「え? あれ、って。ナユタのお父さんじゃないの! 」
「催眠術の解除はやめだ」
 ナユタは言った。
「さいみんじゅつ? 」
 チナツは目をパチクリとさせる。ナユタは北から迫りくる老人を指さした。
「で、おまえたち、あの九山八海を仕留めることに失敗したんだな」
「すみません。叡終社の編集者を装って、九山八海せんせいのご自宅に潜入をしたはずだったんですが……。二階の部屋に籠(こも)って執筆する九山八海せんせいの胸部をぐさりと刺した。つもりだったんです。ご依頼のとおりになんども、それはもう滅多刺ししだった。はずです。そこまでは計画にまったく滞りはありませんでした。だよな? 」
「ぼくもそう思います」
「おま、思いますって、おまえもちゃんと見たんだろ! 」
「おい、現場にいっしょにいたおまえらがここで喧嘩してどうすんだよ」
「え? ちょっとまって。もしかしてナユタ……。友人に催眠術にかけて父殺しを依頼したの? 」
「九山八海の自宅がある北小谷の奥地からここまで走って逃げてきてきました」
「あそこの十字路まではよかったんです。だよな」
「そのとおりです。あの十字路まではなんなく逃げ切ってきました」
「ですが、おれたちがそこの十字路をすぎたあたりで、ふしぎと、あの計画はほんとうにあったのかどうか、なんだか、ここにきて、確信がもてなくなってきたんです」
「それが、ヤツだ。作家、九山八海の真骨頂だよ。どこからどこからまでが、ヤツの小説のなかなんだか」
「え? どういうことなんです? 」
「どこから、あの家の敷地に足を踏みいれたのか。おまえらに、たしかな記憶はあるのか? 」
「えっ? 」
 黒服のふたりは息を詰めて、顔を互いに見合わせた。
「まったく記憶がない! 」
「で、オオルリはどうしたんだ? 」
「ええ、奥さんがぼくらのじゃまをなさったんです。奥さんもかなりのご高齢だったんですが」
「おい、奥さんもかなりのご高齢ってのは、おれにもおまえらにも周知の事実だぞ、その事実をなんでここでまた、わざわざ説明をするんだ。おまえらいったいだれにむかって説明をしているんだ。そのセリフを」
 黒服の背が低いほうが、こちらをみた。黒服の背が高いほうが、ファミレスのほうをふりかえる。すると窓際に座る客たちがそわそわし始めた。ウエイトレスがこちらに向かって笑顔で手をふっている。
「奥さんはケータイをだしてきて、どこかに電話を掛け始めました。警察かもしれない。ぼくらはあの現場では背に腹は変えられません。ですから、鉈をふりあげて、どなり声をあげて九山八海夫人を脅したんです。すると、九山八海夫人は目をまんまるにさせて、三文芝居のようなオーバーアクションで、ガニ股になってわなわなと後退って、それから勝手に二階の階段から転げ落ちて頭を打って死にました」
「おれはおまえたちに九山八海夫人のことなぞはただの一言も訊ねていないぞ」
「あ、すみません。それを話さなければ、この殺しの経緯には進まないと思いまして」
 ぱんっ。ぱん。
「この殺しの経緯? どういうことだ? 殺しに経緯は必要なのか? 」
 黒服の男は黙った。
「つまり、九山八海殺しを依頼されて、その婦人が登場する経緯を話さなければならないってことは、おまえらやっぱり、九山八海を殺してなかったのか? 」
「だって、見てくださいよ、あそこ! 九山八海せんせいがこの十字路にむかってきてるじゃないの」
「それはちがう。こいつらがちゃんと《九山八海をあそこで殺した》とだれもがうなずく説得力で証言さえすれば、九山八海は消滅する」
「胸を十三回、滅多刺しにしました」
 九山八海の影が走ってくる。ぱん、ぱんっ。発砲音がするどく聞こえてくる。
「まだ、生きてるじゃないか。どうなってるんだ? 」
 ナユタは北を指さした。
 ぱん、ぱんっ。
「でも、銃声の音ばかりで、九山八海せんせい。ここまで一向に辿り着かないみたいだわね」
 チナツはぼそりとこぼした。
 北の十字路で老人の影がこちらに走ってくる。
「向こうもこの十字路に到着する決定的な決め手がないんじゃないか。だが、時間の問題だな。来るな。そろそろ」
 ナユタが舌打ちをした。その時だった。
 走ってくる老人の横で、白い火花が散った。
 とつぜん、横断歩道の上が爆発して光の筋が現れた。
 デロリアンだった。デロリアンは白く凍っていた。
 真っ白に凍ったデロリアンは車体を路上に斜めに滑らせて、キキーッ。と半回転してナユタたちの前で停まった。四つのタイヤから白い煙が立っている。リーフについた白い筒状の装置はシューシューと音を立てている。バンパーの片方が外れている。
 デロリアンのサイドドアはシューシューと音を立て、ひらいた。
「やばい、あれがガルウィングだ」
 ナユタは目を見張った。
「ガルウィング? 」
 チナツと黒服の男ふたりはナユタに訊(たず)ねる。
「しっ。だまって見てろ」
 デロリアンの両側のドアが上へとゆっくりとひらいた。
「おお」
「これがガルウィングだ。見ろよあの姿。まさにカモメのつばさだ」
「なるほど」
 ナユタたちが感動しているあいだに、デロリアンのなかからレンガ色のダウンベストにブルージーンズ姿の背の低い青年と白い作業用のつなぎを着た白髪の老人と毛むくじゃらの犬が出てきた。
 ナユタたちは松林の蔭に身をひそめた。一本の赤松の蔭から四人の首が縦にひょいとでた。
「あのふたりと一匹の犬。なにか揉(も)めているみたいですね」
「あのふたり。ガイコクジンですね」
「なにを揉めているのかしら」
 レンガ色のダウンベストにブルージーンズ姿の背の低い青年は手を横にひろげて、ジャンプをする。白い作業用のつなぎを着た白髪の老人はまるで指人形のパペットのように首をぶるぶると震わせて、なにかをしゃべっている。バナーナ。ラビッシュ。オーケー。とか、言っている。
 レンガ色のダウンベストにブルージーンズ姿の背の低い青年と白い作業用のつなぎを着た白髪の老人はレストランファミリーズへと駆け込んでいった。ナユタは赤松の木の陰から首をひっこめて、おい、チナツ。なによ。ラビッシュってなんだ? 英語でゴミかな。バナナとゴミか。ナユタさん、バナナとゴミで、まさか車が走ったりするんですかね。ナユタは影に隠れた顔面を、ゆっくりと、まるでお化けのように黒服のどちらかに向ける。おまえ、それを、言ってしまったんだな。ナユタの目が輝いた。
 ナユタは白い煙が立つデロリアンのリーフを指さした。
「おい、あれって、もしかして、常温核融合装置じゃないか? 」
 ナユタはデロリアンのリーフの上に搭載された白い筒状の装置を指さした。
「なにそれ? 」
 首を傾げるチナツをナユタは無視した。
「常温核融合装置って、ななんですか? もしかして、ババクダンかなんかですか? 」
 黒服のふたりは抱き合ってふるえる。ほんらいなら、さっきそう答えるべきだったんだがな。ナユタは顔に不敵な笑みを浮かべた。
「お前たち、ゴミあるか? 」
 ナユタはいった。
「え? ゴミ? 」
 黒服のふたりは顔を見合わせる。
「この空き缶もゴミだし、松ぼっくりもゴミというのなら、松並木が生えるこの敷地じゅうに落ちてるじゃないの」
 チナツは缶コーヒーを飲み干した。
 ナユタはズボンのポケットいっぱいに空き缶と松ぼっくりをねじ込んでデロリアンに走っていった。ナユタは振り向いた。
「おまえらは、そこにじっとしているんだ」
 チナツと、黒服のふたりが赤松の陰から見ていると、ナユタはデロリアンのリーフに設置してある白い筒のなかに松ぼっくりと空き缶を放りこんだ。それから急いでデロリアンに乗りこんだ。わんっ、わんわんっ。
「車に犬も乗ったわよ」
 デロリアンに毛むくじゃらの犬が乗りこんだ。
「あ! 車の真後ろに九山八海せんせいが迫ってくる! 」
 ぱんっ。
 九山八海がデロリアンに向かって走ってくる。
 デロリアンは急発進した。タイヤでアスファルトを焦がすようにしてスピードをあげて、三百メートル走ってブレーキをかけずにUターンをする。デロリアンは十字路に立つ九山八海に対峙して、十字路に向かってスピードを上げる。速度は軽々と時速百キロメートルを超えた。
 デロリアンは横断歩道で銃を構える九山八海に向かって一直線に走った。
 十字路の横断歩道に九山八海が仁王立ちをして、銃を構える。
 ぱん、ぱん。
「え? ナユタ、あの車でお父さんを轢(ひ)き殺す気なのかしら」
 ガタンッ。デロリアンは失速した。
「まさか、バナナが足りなかったとか」
 ぎゃっはっは。黒服のふたりは笑った。
 デロリアンのこちら側のガルウィングが開いて、ナユタが出てきた。片方の足でまるで曲芸師のようにハンドル操作をしている。ナユタは常温核融合装置に松ぼっくりを目いっぱいに詰めこんでまたガルウィングを閉めた。デロリアンのスピードはまた上がった。
 デロリアンは十字路の横断歩道に立つ九山八海に突進する。
「やはりナユタさん、実父を本気で轢(ひ)き殺す気だ」
 その時だった。デロリアンのリーフについた白い筒状の装置とバンパーが発光して、稲光のようになって車をつつみこんだ。
 デロリアンは爆発して消滅した。
 路面に炎の筋が走って、九山八海の股の下を通り過ぎていった。
 横断歩道のうえで九山八海は猟銃を抱えて右往左往している。
「でも、良かったんじゃないですか。親を轢き殺すなんて残忍がすぎますよ」
 黒服の背が低いほうは笑った。そうよねえ。そうですよ。はっはっは。
 キキーッ。
 三人の前に、デロリアンが現れた。
 ガルウィングが開く。
 どこかの特殊部隊員のようなフル装備をした男が出てきた。ナユタだった。
「おまえら、いくぞ」
「どこへ? 」
「どこでもいい。おれたちが向かうところに、親父は、来る。おまえら、武器を取るんだ」
 じゃらじゃら。三人はデロリアンのなかを覗(のぞ)いた。黒いアサルトスーツのほかに、黒い目出し帽のバラクラバ、ボディーアーマー、高性能サブマシンガン、弾帯、グレネードランチャー、特殊音響先閃光弾、樹脂製簡易手錠、タクティカルブーツ、タクティカルベスト、タクティカルグローブ、手榴弾などが三人分、積まれてあった。
「あそこ、スーパーマケットハクバで、親父を待ち伏せだ」
「おれたち、嫌ですよ。人殺しなんて」
 ぱんっ。ナユタは両手を合わせる。
「え? 」
 黒服の男ふたりは目をパチクリとさせる。
「お前たちは、ブルース・ブラザーズファンの終叡社の編集者ではない! 」
 はっ。
 黒服のふたりは何かに目覚めたような顔をしている。
「えっ! ナユタあんた、ここでまた、マコトとシンヤにべつの催眠術をかけるつもり? 」
 ナユタはポケットから振り子を取り出して、マコトとシンヤの目の前でふり始める。
「おまえたちは、革命戦士だ。おれたちはいまから、この世界に革命を起こす。マコトとシンヤは優秀な上等兵だ。シンヤとマコトは幼なじみだ。シンヤとマコトは大町村で育った同郷でこの世界に革命を起こすと誓ったかけがえのない戦友だ…… あのスーパーバハクバにて。九山八海老将軍を待ち伏せして、殲滅する! 」
「ぼくたちは革命戦士だ。いまからこの世界に革命を起こす。ぼくたちは優秀な上等兵だ。ぼくたちは幼なじみだ。ぼくたちは大町村で育った同郷でこの世界に革命を起こすと誓ったかけがえのない戦友だ…… あのスーパーマーケットバハクバで、九山八海老将軍を待ち伏せして、殲滅する! 」
「そうだ。おまえたちは、優れた革命戦士だ。おれたちはいまから、この腐った世界に革命を起こす…… 」
 四人はスーパーハクバの裏口へと走っていった。
 南東に立つ火の見櫓から声が聞こえてくる。
「あれ、また鳥が飛んできたぞ。こんども青い鳥だ。二羽だべ」
「ありゃあ、ツバメじゃねえべか」
「たしかに。ツバメだべ」
「こんな真冬にか」
「このお国もどうかしちまったべ」
 ひゅるひゅる。
 北風が吹いてきた。
「おー寒。そろそろ、地下にもどる時間だべ」
「んだ。交代の時間だ。上の世界はときが過ぎるのがはやいべな」
 河原乞食と泥棒は火の見櫓の床を、ひょい、と開けた。
 ふたりは地下深くまで下がるハシゴをせっせと降りて行った。
「ピリーリー、ポィヒーリー、ピールリ、ピールリ、ジィ、ジィ」
 ファミリーズの屋根の上でオオルリはさえずる。
 親子ツバメは飛び立った。
 ファミリーズの勝手口が開いた。ウエイトレスが出てきて、ゴミ集積場にゴミ袋を投げた。親子ツバメは風に揉まれるようにひゅるりひゅるりとファミリーズの勝手口から店内へと消えた。

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