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オン・ザ・ロード・アゲイン

バッテリーの切れた車が
真夜中の街に横たわっている。
昔は唸り声をあげたエンジンも、今じゃ
車泥棒ですら素通りしてゆく。
ところで、駅前の雑踏が
私の眠りを妨げたから、
私は耳をふさいで、
羊を数えながら横たわったのだ。
すると駅員がやって来て、
(彼らには想像力の欠片もないのだが)
すべての段ボールを破り捨て、
私を駅から締め出した、
始発電車とともに、
もう一度道の上に。

手も震え、煙草を落とすほどの、
外はひどく寒い冬だった。
あつかましい看板のパチンコ屋からは、
勝者のファンファーレが響いていた。
白い雪も顔を出し、
灰色の空を舞っている。
大人も子供も両手に夢を抱え、
クリスマスに浮かれていた。
私は一人の女性を想っていた。
彼女の儚い瞳に、
一瞬見つめられただけで、
私のハートは飛んで行ってしまうんだ、
シャンパンの栓のように、
もう一度道の上に。

カリヨン広場の近くにあるカフェ、
彼女はそこのウェイトレス。
彼女の同僚はみんな意地悪で、
彼女に休憩すら与えない。
彼女は10杯のコーヒーを同時に運び、
5つのドアノブを同時に拭く。
それでも店主は声を荒げるのだ、
「仕事を失いたいのか⁉︎」って。
泣き出した彼女を助けようと、私は
立ち上がったのだ、4番テーブルの上に。
その拍子に私の靴は脱げ、
床を滑っていった、
私の意図に反して、
もう一度道の上に。

店を飛び出した彼女を追いかけ、
やっとの思いでベンチに座らせた。
けれど泣きじゃくるばかりの彼女の耳には、
私の言葉はデタラメなフランス語に聞こえるだけ。
警官がジロジロと見てくるので、
「俺のやり方に口出しするな」と怒鳴ると、
驚いて尻もちついた警官を見て、
彼女はやっと笑ったんだ。
彼女は私の身なりに同情して、
何か恵んでやるのが一番だと、
優しく手を引いて、
私を招いてくれたのだ、
彼女の家に、
もう一度道の上に。

彼女の家には6人の妹と8人の弟、
それから9匹の迷い猫がいて、
窮屈な家の奥の部屋では、
病気の母親が横になっていた。
彼女の身の上話に涙した私は、
彼女の家族のために働くと決めた。
はじめは断っていた彼女だったけど、
最後は私に押し切られたのだ。
彼女の父親は一年前に死んだという、
腹を空かす家族を遺して。
その日から彼女は休まず働き、家に帰り、
そして夜になれば、
マグダラのマリアのような格好で立ったんだ、
もう一度道の上に。

そんなわけで私はまた外に出て、
仕事を探しながら街を歩いた。
クリスマスの季節に、独りだったが、
私は愛を感じていたのだ。
野良犬たちがたむろしている、
今日もベッドにはありつけないようだ。
行き交う人の目も虚ろ、
この国の泉も枯れてしまったのだろう。
ドア越しにいらついた声が、
顔を見ずに私を不採用にする。
折れてしまいそうな心が、
引き返すことを考えたりした、
根無し草たちの眠る場所に、
もう一度、あの道の上の。

やっとの思いで私がありついた仕事は、
空き缶ばかりを潰す工場だった。
朝から晩まで騒音が響く、それは
耳元で機関銃を撃たれるかのよう。
ついに私の耳はいかれ、
ボスの命令も聞こえなくなり、
機械の操作を誤り、
危うくボスを潰しかけてしまう始末。
ボスは顔を真っ赤にして怒り狂い、
「お前はもうクビだ!」と怒鳴ったが、
私の耳はまったく聞こえなかったので、
力づくで私をそこから放り出したのだ、
降り始めた雨の中へ、
もう一度道の上に。

さて私は仕事を失い、路上に座り、
窮屈なネクタイを外した。
けれどすぐに彼女の顔がちらつき、
ため息を夕方の空に追いやった。
その時、流れてきた音楽に誘われ、
私はそのまま劇場へと入っていった。
すると困り顔のバンドマンが近づいてきて、
「あんた、代役の芸人か?」と聞いてきた。
私は「ええ、そうです」と答えた。
稼ぐためなら何でもやるつもりだった。
その上こうも言った、「僕の才能に恐れて、
どんな俳優も引き返すでしょう、
あのクライブ・オーウェンでさえも、
もう一度道の上にね」と。

バンドマンは話を聞いて歓び、
すぐに私をステージに立たせた。
私は緊張しない方法を聖書に求めたが、
芸ついてはどのページにも載っていなかった。
目をつぶり、思いつくまま、
私は想像力の限りを歌に込めた。
彼女と話したことや、クビになったこと、
駅員に駅を締め出れたことなどを。
すると観客は大笑いで盛り上がり、
私の歌う一節一節をみんなも歌った。
私の心は震えながら感じていたんだ、
何か素晴らしいことが
起きているのだと、
もう一度道の上で。

私はその晩のギャラを手に、
小躍りしながら彼女の家に向かった。
その時間、世界中の子供や恋人たちが、
夢に包まれている感じがしたのだ。
様々な家から漏れる光が、
それぞれのドアの在りかを示している。
通りかかった小さな家の中では、
家族がパジャマやエプロンで踊っていたっけ。
彼女の家に着くや否や、妹や弟たちが、
彼女が入院したことを私に告げた。
私は話も聞き終わらぬうちに、また外に出た、
途中石につまづき転んだが、
何の痛みも感じず、
もう一度道の上へと。

彼女は午後に、
自ら命を絶とうとしたのだ。
眠る母親の頬にそっとキスした後に、 
棚から睡眠薬を取り出して。
私が病室に飛び込むと、彼女は
ベッドの上から弱々しく「ハァイ」と言った。
彼女の顔は雪よりも白く、
儚い瞳は死んだように虚ろだった。
「大丈夫?」と私が手を握ると、
「大丈夫よ」彼女は答えた、
「でも私、疲れちゃったの、ごめんなさい、
またいつか、
お会いしましょう、
もう一度道の上で」と。

私は彼女の手を握りしめながら、
今日あった出来事を順々に語り出した。
人生は笑ったり、泣いたりの連続、
私の言えることはそれだけだった。
私は時々迷うことがあるんだ、自分が今、
道を進んでいるのか、戻っているのかって。
でも結局は同じことだった。
前を向くか、後ろを向くかの違いだけだった。
突然涙を流して笑い出した彼女を見て、
私の今言ったことが正しいのだと思えた。
彼女も迷わなくなるだろう、自分が今、
笑っているのか、泣いているのかなんて、
最後の最後には、
もう二度と、道の上では。

そんなわけで、私は病院を出て、
また道の上に立った。
これまで出会った様々な人の顔を思い浮かべ、
今ではその全員が友達に思えた。
重たい機材を運ぶ労働者や、
かっこいいスーツのOLが横切っていく。
みんなそれぞれの生活を抱えて、
朝日の中へ溶けていった。
するとサンタクロースが空から降りてきて、
「これがお前への贈り物だ」と言った。
「そうですね」と答えて、私は歩き出した、
失う物も、
費やす物も、何も持たずに、
もう一度道の上を。

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