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ルイージ

1ー1
マリオは類似を探している。
毎日の平凡な散歩の中で、
イタリアにも、フランスにもない街の、
『ブックオフ』や『サンマルク・カフェ』に寄り、
マリオは類似を探している、
ボブ・ディランの歌う歌詞に。
18世紀のイギリスの詩人と、
フリマに並ぶアンティーク雑貨との間に、
マリオは類似を探している。
カフカに、H・G・ウエルズに、
『サイコ』に、『愛しのシバよ帰れ』に、
エドガー・アラン・ポーの鐘の音に、
マリオは類似を探している。

1ー2
疑念とは、味のしないマスタード、
宇宙を旅しないノストロモ号ーー
時間の無駄遣いでしかない、
信じるものが何もない人生なんて。
どこが良いんだ、憂鬱の?
不信の、何が素晴らしいんだ?
なんの印象も持てないね、
信じるものが何もない人生なんて。
祈れ、自分のアートを信じて、
祈れ、愛する顔を信じて、
祈れ、善良なハートを信じて
「祈る」ーーそれを「信仰」と呼ぼう。

1ー3
見慣れた街の見えない景色を、
心のフィルムに焼きつけて、
マリオが描く内なるイメージは、
エイゼンシュタインのモンタージュ。
ワニのポロシャツ、蝶々のナイフ、
宝石の匂いと、生活の箱。
配送トラックをよけ、大通りへ出ると、
この世の最も美しい瞬間が彼の足を止めた。
マリオはピーチと出会った。

1ー4
ピーチーー彼女は身をかがめていた、
彼女の中の空虚が膨張しないようにと。
彼女の周りはお揃いのニットに、
「クソをするのもウンザリ」と刺繍する。
彼女はキノコの精霊に守られた部屋で、
ヒーローの登場を待っていたが、
彼女の夢はいつもレシートに成り果てた、
大通りで、マリオを見つけるまでは。
ピーチはマリオと出会った。


2ー1
どうぞ入ってくれ、
君の家だと思ってくつろいで。
このソファーはブリキでできていて、
ベッドは石でできている。
ああ、君の愛はとても暖かくて、
私の頭から迷いを消し、
この窓を水玉模様に変え、
空を赤から青に塗り替える。
私の着想に形を与え、
私の混沌を時系列で並べ、
ブリキから歌を、石から言葉を生み、
私の生活を変えていく。

2ー2
「ルールその1、
太陽よりも早く起きる」
部屋に明りを灯すのは、
月と挨拶を交わしてから。
「ルールその2、
やるべきことからやる」
あなたが持つべきはペンであり、
妬みや友達ではない。
「ルールその3、
自由でいること」
自由とはルールに従うこと。
従わないのはただのバカ。
「ルールその4、
知るべきことを知る」
では新しいノートを用意し、
あなたの思想を形にしよう。

2ー3
夜は朝のために存在し、
昼は夕方のために存在する。
ポルノを消せ、酒を飲むな、
依存をなくすれば、尻込むことはない、
自由な世界に。
自由な世界で、
作家は書きたいことを書き、
灯した明りは照らすべきものを照らす。
私は君の瞳に神秘性を見い出し、
君は君のやり方で私を愛する、
自由な世界で。

2ー4
「敵その1、
それは人の中に」
あなたに大切なのは「時間」のみ。
それ以外は心から追い出しなさい。
「敵その2、
それはあなたの中に」
あなたがアルコールに使う時間を、
自分の魂のために使いなさい。
「敵その3、
それは睡眠を妨げるもの」
あなたの着想は夢の中を漂う。
そしてそれは見た目以上に手強い。
「敵その4、
それは行く手を阻むもの」
あなたの使命は職場に通うことではなく、
愛を表現すること。

3ー1
空白から山岳を切り出すと、
上空の冷えた空気が雪を産んだ。
冷たい風が私の顔をなぞったとき、
初めて、自分の描いた景色に気がついた。
その景色を土台にして、
私は様々な「事態」を置く。
宮殿で起きる太古の愛想劇や、
駅で繰り返される出会いと別れなどを。
また、海を湾へと引き込むと、
そこには多種多様な生物が生まれた。
そして時間を送れば日はめぐり、
巻き戻せば、未来から遠ざかる。
空白という私の大地。

3ー2
丘の上からロックンロール・アニマルが、
獣の意志で私を呼び止める、
「ひとりで地獄をさまよう私の弟子よ」と。
丘の上のルー・リード、
私にとってのウェルギリウスは歌う、
「最初の石を投げ入れよ」と。

3ー3
鳥になりたいと考えるのは人間だけ。
ライオンはライオン、ナマズはナマズ、
言葉の力に翻弄されながら、
詩人は皿でなく、紙に盛り付けをする。
その真っ白な大地で、獣に導かれ、
ベレー帽の英雄とブロンドの姫が
触れ合うと、主語は弾け、バラバラに散り、
際限なく、世界に降り注いだ。

3ー4
事実は演じる、錯覚という事態を。
述語は創り出す、「私」という統一を。


4ー1
観念は混沌とした自分を顧みて、
外に出るべきか迷っていた。
そこに解釈が調和を持ち出すと、観念は、
疑い得ない「出来事」として、世に出た。
それは目覚めた後に語られる夢に似ていて、
バラバラだった場面が時系列に沿って並べられる。
実際見た夢とは全く違うその偽物に、
詩人はさらに韻を加え、物語に書き換える。

4ー2
「改行」に何の意味もないし、
「句読点」にも何の意味もない。
「脚韻」にも、もちろんないし、
「創造」になんか、全く意味はない。
「解釈」にも意味なんてない。
混沌に始まりも終わりもないように、
「記憶すること」と「忘れること」に差はない。
「観念」は常にあけっぴろげに存在し、
何の意味もない。
意味を持つな、
意味を捨てろ。

4ー3
そいつは大きくて悪趣味な城に住んでいて、
近づく者に炎やハンマーを投げつける。
戦いに破れても「ガハハ」と笑うだけで、
そいつには全くマナーが欠けていたーー
邪悪な噛みつきガメ。
邪悪な噛みつきガメが、
マリオの目を盗んでピーチに近づく。
ピーチは物語の都合上、易々とさらわれてしまう。
手が届きそうで届かないじれったさに、
マリオはセオリー通り、酒に溺れるーー
邪悪な噛みつきガメ、
邪悪な噛みつきガメめ。

4ー4
そう、彼女は一瞬のひらめき、
彼女は閃光、彼女は夢、
彼女は家の梁、
彼女は内側の縫い目。
シャワーが頭から、彼女を
泡とともに流してしまった。
しずくは浴室に降り続け、
彼女は消えた。

5ー1
類似がマリオを探している。

5ー2
地図は参考にできない。
方位磁石も役に立たない。
靴ひもはこんがらがってほどけない。
乗り換えの電車も、バスもない。
何も直されず、何も壊れない。
記述すべき原因も、結果もない。
何も起こらないーー
命題が主語を見つけるまでは。

5ー3
 海の底深く、地球の中心を覆うように眠るクラーケンは、なんと私の口の中にもひっそりと横たわっていて、時折、私の歯の神経を刺激した。すべての生物が息をするように、神話もまた呼吸する。

5ー4
ストーリーは時間で語られ、
テーマは深さで語られる。
人間の心を語り尽くすこと、
それは果てのない階段を下りること。
終わりはどこまでもやって来ない、
始まりを少しも遡れないように。
友人すらも知り得ない深さの
混沌から、アートは発生する。


6ー1
カリフォルニアでは1万本ものセコイアが、
火災で被害を受けたという。
エチオピア政府とティグレ人勢力との紛争では、
60万人もの犠牲者が出た。
カリブ海のハイチでは、
大統領が自宅で暗殺され、
アメリカと中国が対立する中、
コロナは600万人以上を殺した。
ニュースが語るニュース、
真実が語るのが真実ならばいいけど、
出来事が何を語るかはいつも「君」次第。

6ー2
2022年4月2日、
ウクライナ軍は奪還したキーウ近郊で、
多数の遺体を目にした。
女性や子供も含まれ、
多くが白い布を持っていたにも関わらず、
後頭部を撃たれていた。
民家の地下室では、
両手足を縛られた遺体が、
バラバラに切断されていたという。
何が起きたんだ、
「ブチャ」で。
何を語っているんだ、
この悲劇的な事件は?

6ー3
エミリー・ディキンソン、
あなたが現代に生きていたら、
あなたの脚韻に、
どんな冷たい言葉が並ぶだろう。
ウォルト・ホイットマン、
あなたを近所のスーパーで見かけたら、
あなたは何を記憶し、
何を忘れろと言うだろう。
本当だろうか、
この世界にあなたたちがもういないとは、
本当だろうか?

6ー4
 私の部屋の隅、机と壁の接する角に、ミノタウロスの死体がある。そこは隅でありながら、迷宮の中央であり、一度迷い込んだら、二度とは出られない。世界が謎に満ちているのと同様に、謎もまた、世界に満ちている。

7ー1
マリオは月と挨拶を交わしてから、
部屋に明りを灯した。
再び、自由な世界へ足を踏み入れる、
家族も友達もなく、たった一人で。
「僕はやるべきことをやるんだ、
君を見つけるために。」
その時マリオは類似を見てとる、
自分と現実との間に。

7ー2
人類の夜明けに、キューブリックの猿人が、
長方形の黒い板の周りに集まった。
少しやつれたピーチは、景色に目もくれず、
その板を使い、パスワードを送信する。
邪悪な噛みつきガメは彼女のグーグルマップに、
岩ばかりの荒地や、テムズ川の水死体、
機械に乗った火星人、聖杯伝説、
炎をまとう虎などを並べ、
ピンクのドレスに映える金色の髪とともに、
彼女を暗い地下世界に閉じ込めた。
(イメージが無限であるとき、
詩は悪夢をもパールに見せる。)

7ー3
邪悪な噛みつきガメを倒すたびに、
一つの戦いが終わるたびに、
勝利した「私」の傍らに、
新たな「私」が現れる。
邪悪な噛みつきガメを倒すたびに、
悪趣味な城が焼け落ちるたびに、
疲れた「私」の傍らに、
「私」が次々と増えていく。
新たな戦いを始めようと、
邪悪な噛みつきガメがまた現れると、
繰り返し増殖した「私」は、
確固たる「私」で在ろうと独立してゆく。

7ー4
信じるもののある人生は類似する、
「私」と「私」と「私」に。
本も、映画も、音楽も、生物も、神話も、現実も
あらゆるものは類似しうる、
「私」と「私」と「私」にーー
マリオは辿り着いた、
ピーチのいる場所に。
彼は手を取り、
彼女を地上に連れ戻す。
二人は愛を掲げ、
頭上の空を見上げる、
「信じるもののある人生こそがすべて」と。


8ー1
 世界は認識されうる対象の総体である。
 「認識されうる」のは対象の「観念」であり、観念とは深さを持つ混沌である。
 混沌を時系列で並び揃えたものが、「出来事」である。
 出来事を伝えるとき、「主語」が生まれる。

8ー2
 主語とは様々な「私」である。
 様々な「私」が語る様々な「私」の出来事。詩とは、「私」が語る「私」について。
 この詩と出来事との類似を通して、「私」は外、つまり世界に出る。

8ー3
 「認識する」という出来事は「私」によって語られる。
 認識されうる対象のすべては「私」の類似である。

8ー4
 世界と「私」は類似している。

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