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オムライス

登場人物

莉子:主人公。

眞子:友人。底抜けに明るい。


「すみませーん!オムライス2つ!」

 眞子は楽しそうに2つとジェスチャーをしながらウェイトレスに伝える。

 眞子に無理矢理連れてこられたこのオムライス屋さん。全国チェーン店でとてもおいしいと評判のお店だ。

「あ、ケチャップライスでよかった?バターの方がよかったとかある?」

「なんでもいいよ」

「おっけー!じゃあいいや!」

 はぁ・・・。眞子のこの明るさっていったいどこからあふれてくるんだろう。いつもにこにこしていて、言うことも常にポジティブで、楽しそうで。たとえるなら太陽だ。みんなを明るく照らす太陽。

 私はその真逆だ。根暗だし、常に何かにおびえている。集団でいるところが苦手なのだ。すぐに悲観的になるし、すぐに嫉妬するし、すぐに怒る。たとえるなら月だ。いや、月以下だ。月以下の存在だ私は。

「ところでさー」

「うん」

「なんで公園にいたの?」

 何の悪びれもなく眞子が言う。

「えっ」

「だって莉子の家厳しいのに7時前公園にいるっておかしいもん。どうしたのかなーって。お散歩してたん?」

 ・・・・・・本当のことを言うべきなのかな。迷う。眞子と私はいる家庭が違いすぎる。話したところで理解されるのだろうか。「嘘パチこくなw」とか言われそう。怖い。

 迷ってると、

「莉子」

 と、真剣な顔で呼ばれた。

「ん?」

「ちゃんと話して。ちゃんと聞くから」

 いつになく真剣なまなざしの眞子。中学からのつきあいだけど、初めて見た。

 その勢いに押されて

「わ、わかった・・・・・・。実は―――」



 私の両親―特に母親は所謂『毒親』だ。「死んでしまえばいい」「なんで生んだんだろう」そんな言葉しょっちゅうだ。愛されて育った記憶などなかった。小学校の時いじめられて泣いて帰ると「何その顔。気持ち悪い」と言われ、テストで100点を取ったと言えば「当たり前だ」と逆に怒られた。人生で親に褒められた記憶などない。学校でもうまくいかず、中学でやっとできた友達に裏切られ、殺されかけた。

 それ故にもう本当に生きていることが苦痛で、死んでしまいたくて、でも死ぬほどの根性もなくて、せめてもの救いでリストカットすることを覚えた。行き場のない感情を腕に向けることで気持ちが整理できる気がした。快感すらもあった。なかなかバレないようにするには苦労したが、秋冬で長袖の季節だったこともあり半年以上は人の目に付くことはなかった。

 でも、ついさっき。ここに来る30分前。私の腕に刻まれた無数の傷が母親の目についた。

「あんたその腕どうしたの」

 けがをした、と嘘をつこうとしたけれど、そう言うよりも速く口が動いた。

「リスカした」

 言うつもりもなかった。言ったところで何になるんだろう。でも、どこかで「大丈夫?」と心配してくれる姿を想像した。今までごめんね、そこまで私は莉子を追い詰めていたんだね、と抱きしめてくれるんじゃないか。

 でも母ははっ、と鼻で笑い、

「何それ。悲劇のヒロイン気取り?気持ち悪い」

 一ミリでも希望を持った私が馬鹿だった。何を考えていたんだろう。

「速くその傷治しなさいよ。近所で噂になるじゃない」

 ああ、だめだ。この人は、世間体とか自分の『母親』という評価しか気にしていないんだ。私はその評価にそぐわない存在であり、不必要なんだ。前々からわかっていたけれど、その事実を今突きつけられた気がした。

「わかった・・・」

 そう言って私は何も考えず家を出た。背中から母の声が聞こえてきたが、聞くことすらもしなかった。できなかった。

 生きていることは、失敗だ。私にとって、この世界に生を受けたことは間違いだった。だってみんな、私のことを必要としてないんだから。クラスメートも、友達も、そして親も。みんな私を求めていない。そして私もみんなが求める『完璧』な私ではない。どんなに『完璧』になろうとも、どうしてもそこにたどり着けない。そこに向かって何度も走るけれど、手が届かない。

 そうだ。それならもう、いなくなってもいいんじゃないか。生きていたって苦しいだけだ。私もみんなも。もう死んで楽になろう。母も友達もみんなそれを望んでいるはずだ。そう思い、私は公園で死に方を模索していたそのときだった。

「あれ、莉子じゃん」

 部活帰りの眞子が公園の前を通りかかった。

「眞子・・・」

「こんな時間にどうしたん?もうすぐ7時だよ?ご飯は?」

「食べてない」

「まーじか。私もまだだし、じゃあオムライス食べにいこ!駅のところにおいしいお店できたんだよ!」

 なぜそうなる。

「な、なんで?眞子の家もご飯あるでしょ・・・?」

「大丈夫だってー!適当に言うし!じゃあそうと決まればレッツゴー!」

 と、強引に私は眞子にオムライス屋へと連れて行かれた。



 一連の話を眞子は黙って、そして真剣に聞いていた。せっかく楽しそうだった眞子の表情が怖くなって私は、

「ご、ごめん。変な雰囲気になったよね。あ、まだ来ないかな・・・・・・」

「莉子さ」

 真剣な声音でまた私を呼ぶ。

「う、うんっ」

「窓の外、見てみ」

 思わぬ言葉に私は驚いた。

「窓?」

「そ。見て」

 言われたとおり見ると、さっきまできれいな夕焼けだったのにいつの間にかザンザン降りの大雨だった。

「うわっ、傘持ってない」

「私も。どうするか、帰り」

「ほんとそれ・・・。ビニール傘買うしかないのかな」

 すると、莉子は私を見て、

「んだねぇ」

 とほほえむ。

「天気ってころころ変わるよね」

「そうだね」

「でも、いつかはきっと晴れるよね」

「いつかはわからないけどね」

「じゃあ、生きるってそういうことだよ」

 ・・・・・・えっ。

「どういうこと?」

 あまりにも唐突で思わず聞いた。いきなりそんなことを言うとは思わなかった。

「いつも天気って変わるじゃん?同じ晴れでも雲の量とか、同じ日なんてないじゃん。だから同じように、幸せも不幸せもころころ変わるんだよ」

 そう言ったところで、注文していたオムライスがやってきた。

「お待たせしましたー」

 ウェイトレスが私たちの前に1皿ずつオムライスをおいた。

「うわー!おいしそう!!」

 またさっきみたいにはしゃぐ眞子だったが、

「見て」

「ん?」

「このオムライスも、私と莉子ので違うでしょ?」

「うん」

「人生に同じものなんてないんだよ。元々違うし、だんだん姿を変えていくんだから」

 そう言って「いただきまーす!」と手を合わせて食べ始めた。

 私も食べようとスプーンを持ってオムライスに目を落とす。黄色いオムライスにたくさんかかった赤いケチャップのコントラストがまぶしい。

「いただきます」

 一口食べると、卵がふわふわとして甘く、でもケチャップライスが少し酸っぱくて、見事な均衡を保っていた。

「どう?おいしいっしょ?」

「うん」

「へへっ。連れてきてよかった!」

 満足げな眞子。その顔を見ていたら、なんだかこちらまで笑ってしまった。

「あはっ。莉子の笑顔好きだな」

「へっ?」

「かわいいもん。莉子は笑顔が一番だよ」

 何で彼女はこうも恥ずかしい台詞を軽々と言ってのけるんだろう。不思議だ。でも、そんな明るい彼女が私も好きだ。

「照れる・・・」

 そうぼそりとつぶやいて、私は二口目を食べた。


 オムライスを食べて、私たちは店を出た。雨が降っているかと思いきや、さっきの雨はどこに行ったのかと言いたいくらい晴れていた。

「えっ、めっちゃ晴れてるやん!星出てるし!」

「傘買わなくていいね」

「ほんと天気すぐ変わって草だわ」

 いきなりこんなネットスラング出てくるとは思わなくて思わず笑った。

「ほんとね。じゃあ莉子の言葉を借りるなら人生は草だね」

「そう思ってる方が気楽でいいじゃん。雨が降り続いてたら私のとこに雨宿りにおいでよ。桃鉄やろう」

「やったことないよ」

「やり方くらい教えるよ」

 雨宿り・・・か。そんな風に言ってくれただけで、目頭が熱くなった。

「ありがとう・・・」

 小さく言うと、眞子は振り返って笑い、

「今日はうちに来なよ。帰りたくないしょ?」

「いいの?」

「逃げも大事だよ、雨宿りおいで」

 ああ、眞子って本当に太陽みたいだな。

 明るく照らして、恵みをもたらす。なくてはならない存在。まぶしいけれど、暖かい。

 私は泣いてうなずいて、

「雨宿りしてもいい?」

「もちろん。じゃあ今夜は桃鉄ね」

「お手柔らかにね」

 あの家に帰らずに済む。すごく嬉しいけれど、それ以上に、私の太陽が見つかったと思えて嬉しい以上の感情ですらもある。知らない感情だ。初めて人に大切に思われるって、こんなにも嬉しいんだ。

「おーい。遅いぞー」

 いつの間にか立ち止まっていたみたいだ。眞子が両親に電話をしているらしくてスマホを耳に当てながら振り返った。

「あ、ごめん」

 私が歩き出すと、眞子は笑って、

「しもしもー。今日ねー、莉子来るからよろぴー」

 そんな報告でいいのか。そう突っ込みたくもなったけど、私は笑いながら眞子の隣へと行った。

 月は太陽の光で輝く。眞子といれば、きっと私はたくさん幸せになれる。辛くなったら雨宿りに行こう。

 空を見ると、星が輝いていた。「よかったね」と私たちを祝福するように。


                               《了》

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