煙に巻かれたこの恋
身の丈に合わない恋。何度も何度もそう思っては、君を突き放した。
この世界にフィーリングが合わなすぎるカップルがいたとすれば、僕らだと言ってもいいくらいだ。
君の考えの幼稚さには呆れるし、喧嘩をすればすぐに拗ねるし、そもそも全てが僕と合わなかった。
僕より5つ下の君は、気分屋でお喋りで、花の周りにいる蜂のように動き回っていた。すぐに泣くし、すぐに怒るし、見ていて疲れた。
次第に僕らは喧嘩が多くなった。当たり前だ。価値観が合わないんだから。でも、連絡を取らないようにすると、しばらくして君から連絡が来る。「会いたい」そんなメールの一文が僕の胸を刺す。もうこれが最後だ、僕はもう君とは一切関わらない。別れよう、そう思っていても、君の一言で固い意志が揺らぎ解けてしまう。
そんな僕らだったが、いよいよ本当に別れという言葉が過ぎる喧嘩をした。きっかけは、なんだったか。くだらない理由だったと思う。でも、幼稚すぎる君にもうついて行けない、そう思った僕は、
「もう、いいよ」
「え?」
「君だってわかってるだろう。僕らはもうこれだけ喧嘩してるし、価値観が合わないってことくらい」
僕がそういうと、君は何を言ってるのかわからない、というように首を傾げ、
「どういうこと」
わからないのか。本当に呆れる。
僕は煙草に火をつけると、それを咥えながら、
「君が、身の丈に合わない恋をしてるってことくらい」
すると、君は目を丸くしていたが、次第に体を震わせた。そして、テーブルに置いてあるコップの水を僕にかけた。
「何よそれ!!自分が私よりも立場が上みたいな事言わないでよ!!」
そう言って彼女は走って部屋から出て行った。しばらくしてドアが勢いよく閉まる音がした。出て行ったのだろう。僕はその音を聞いた後でため息をついて、タオルで体を拭いて、新しい煙草に火をつけた。
今度こそ終わりだろう。もう、君はここに戻りはしないだろう。あれだけひどいことを言えば、僕を嫌いになるだろう。会いたいなんて、言わないはずだ。やっと、この疲れる恋に終止符を打つことができるのだ。
それが、すごくいいことなはずなのに。それを望んでいたはずなのに。
涙が出そうになる。それを隠すように僕は煙を吐いた。
僕が煙草を吸っているのを見て、真似をして煙草を吸っていた君。最初こそは咳き込みながらだったけど、すぐに慣れて煙草を吸っていた。元々可憐で清楚な服ばかり着ていたが、適当な白シャツばかり着ているせいで、君も次第にパーカーやスウェットなど、ダウナーな服を着るようになっていった。
身の丈に合わない、それは、一体どちらにとってだったのだろう。価値観が合わないなりにも、君は僕に合わせようとしてくれていたのだ。わかっていたけれど、それ以上に君の価値観に僕が合わせるのが難しかった。
そう、身の丈に合わないから。もう最初から、幸せにならない恋だとわかっていたから。そう思って君を忘れようとした。
やっと、揺らぐ気持ちに踏ん切りがついて、微睡んでいた深夜。僕のケータイに着信があった。この時間に誰が、と一瞬だけ思ったが、君が送ってきたと気付いた。前も似たようなことがあった。その時も、喧嘩して、ふて寝していた時に電話が来た。
あの日、電話に出たから、またああやって君との日々が続いたんだ。呆れて疲れる日々。数えられない喧嘩の数々。全てがくだらなくて、虚しい日々だった。
そうだ。もう僕は君の元へは戻らない。戻ったって、お互い辛いだけだから。君をまた僕は泣かせるだろうし、男としてそれはやってはいけないことだから。もう一緒にいない方がいい。君にはもっと素敵な人がいる。僕以外の、素敵な男性が。
僕はそう思って寝返りを打った。すると、懐かしい、君が吸っていた煙草の香りがした気がした。ツンと鼻にくるけど、不快にならないその匂い。
僕は、気がつくと、応答のボタンを押していた。
また、地獄の日々が始まるのか。君に呆れ、君の涙をまた見てしまう日々が。この恋は煙に巻かれて、道を失っているというのに。踏み外してしまうのかもしれない。
でも、それもまたいいのかもしれない。
道を間違えてしまったとしても。その先が地獄だったとしても。
君となら堕ちていける。
《了》
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