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もう一度、君と


 本当に好きだ。愛している。世界一愛している。

 そんな言葉を心の底から吐けるくらい愛せる人と出会えるなんて、確率にすれば何パーセントなんだろう。きっと1パーセントにも満たないに違いない。手を繋ぎ、抱き締め、キスをし、笑い合い、愛し合いながら歳を取っていく。そんな恋愛なんか、所詮は幻想に過ぎないんだ。現実はもっと冷たくて、愛し合いながら通り過ぎる恋なんかありはしない。

 恋なんかして何が残るというのだろう。恋愛感情とは消耗品だ。一時の熱だけで一喜一憂して、失えば何も残らない。残るのは恋人のためだけにと費やしたレシートとカードの利用履歴だけだ。それ以外の美しい思い出など、何一つ残さない。形に残る思い出など無意味だ。恋が終われば、形があろうとも無意味なものにしかならない。恋に情熱を向けるなど、本当に虚しくて愚かなんだ。

 僕がそう話すと、君はふっと笑った。

「何かおかしいことを僕は言ったかい」

 本当に何がおかしいのかわからなくて、僕は純粋に君に質問した。すると君は「いいえ」と首を横に振って、

「ううん。あなたらしいって、思ったの」

 そう言って微笑む君は、白い芍薬のようだった。美しくて、しとやかで、みていて吸い込まれてしまいそうだった。

「そういう偏屈なあなたも好きよ」

「やめてくれよ。好きなんて。恥ずかしいじゃないか」

 僕はそう顔を背けると、

「あなたはまだまだお子ちゃまね」

「何が。僕はもう15歳をとっくに超えているよ」

「うふふ。そういうところも、よ」

 僕よりも少し年上な君。いつもこうしてからかわれる。君のことは嫌いではないけど、一緒にいるたびにからかってくるから、心に風が吹いてくる。僕という草原をゆらゆらと揺らす、美しくお転婆な風だった。

 僕は本当に、君の言葉を借りれば「お子ちゃま」だった。

 幼かった僕を、君は大人にしてくれた。君の手で、君の口で、君の心で。僕は少しずつだが心が解けていったんだ。それに気づいたのは、もう何年も経ってからだ。

 僕は君が好きだったのに、君は僕を好きでいてくれたのに。僕がどれだけ喧嘩腰でも、君はスマートに僕を立ててくれた。それなのに、僕は頑固で卑屈で、そして素直になれなかった。あの時から確かに君を愛していたはずなのに。それが恥ずかしくて、適当な言葉を並べてそれを隠すのに必死だったんだ。

 そんな僕にも、君は芍薬のような笑顔を僕に向けて、優しくしてくれていたのに。僕を1番に愛していただろうに、なぜ僕はそれを返すことができなかったのだろう。
 
 恋とは確かに消耗品だ。いっときの感情に振り回されて、人生を狂わせることだってある。そこに残るものは、形があろうとも無意味なものになってしまうのに。虚しいだけなのに。
 
 でも、その思い出だけは決して色褪せず、まばゆい輝きを放ち続ける。無意味ではない。過ぎ去っていった日々がそっと隣に置いておいてくれる。それが後悔になるのか、美化された思い出になるか、それは個人で違いはある。ただ、僕の場合は前者だ。

 君に言葉が届くのなら。君に僕の気持ちを今表して良いのなら。

 僕の答えはいつも、君だ。どんなに月日が経っても、回り道になってしまうとしても、僕は永遠に、君の隣に座ることを選ぶだろう。

 僕という荒んだ土地に、また優しく温かな、お転婆な風を吹かせて欲しいんだ。

 こんなことを言ったって、遅いのはわかっている。

 そうだとしても、もう一度、君と、同じ時間を過ごしたい。

 僕は空を見て、目を閉じた。目から涙がつたうのがわかった。

「もう一度、君と……やり直したいんだ」

 そんな僕の小さな呟きも、さらさらと風がさらっていった。

 それでも、僕は同じ気持ちだから。

 もう一度、君と…

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