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アイドルスターXの手記


 アイドルになるために生まれた男。みんながそう持て囃すほどに、俺の人生は輝いていた。


 俺が生まれた家はあまり裕福ではなくて、母さんが忙しなくいつも働いていた。母は違う国出身で、周りの人から後ろ指を刺されて生きていた。父さんの記憶はない。俺が産まれてすぐに死んだと姉ちゃんが言っていた。だから、俺と姉ちゃんで、大人になったら母さんに楽をさせてあげようと言っていた。

 高校生の時だった。カンコクという国にあるアイドル事務所のグローバルオーディションが俺の住む街で開催されることになった。そこに所属するアイドルたちは、聞いたことがあるものばかりだった。興味を持った直後に、姉ちゃんがこっそり書類を事務所に送っていたことが発覚した。数日後に、書類審査通過と2次審査の案内が入った封筒が届いた。オーティション当日は、姉ちゃんや母さんと頑張って覚えたカンコクの歌を覚えていったにもかかわらず、モデルの猿真似のようにポージングをしたらそこで「合格」と言われてズッコケそうになった。

 そこから、俺は故郷を離れて「アイドル」として生きていくことになった。と言っても、ダンスも歌も習ったことがないので、練習生として経験を積んでデビューをすることになった。きつい思い出ばかりだけど、俺と同じ国から来た人、海の向こうから来た人、大陸続きだけど話す言葉が全く違う人、いろんな国の人がいた。カンコクの言葉を勉強しながら、みんなで頑張った。中にはやはり自分には才能がないと言って辞めていく人もいた。その人の分まで俺はデビューをしようと決めた。あの日、小さい頃姉ちゃんと「母親に楽をさせる」と誓ったからだ。

 練習生になってから3年後、俺はついにデビューした。メンバーが18人もいるグローバルグループへ追加加入である。みんなかっこよくて、スタイルも最高だった。でも、俺は自分の顔に自信があったから、怯まずにパフォーマンスをした。するとどうだろう、そのアイドルのファンたちは「今回デビューした人ってあの人?かっこいい!!」とこぞって言っていた。俺が見る前に、他のメンバーが俺の名前でエゴサしたらそうやって出たらしい。
 グループの兄さんや弟、同じ国出身のメンバーと話したりしている動画でも、たくさん注目された。かわいい、面白い、でもかっこいい、声がでかい、盛り上げ役すぎる…俺に向けられた沢山の柔らかい言葉があった。

 デビューの翌年、俺と同じ国出身のメンバーを集めて、そこに特化したユニットが作られた。神のごとき威厳を持つ7人を意味する名前をつけられて、俺たちはカンコク以外でも活動の幅を広げた。

 そこからも俺は大成功しかなかった。相変わらずキャラが立っている、と言われたし、バーと呼ばれる俺のファンダムができたりもした。他のメンバーにもファンダムは存在していたが、俺のファンダムは数がものすごく多かった記憶がある。俺のフォトカードは高い値段で取引されていたらしい。小さい頃思ってもいなかった光景だ。輝くステージで歓声をもらい、メンバーとそれに応えていく。最高に輝いていた、はずだった。

 あるとき、ユニットの最年少があるファンに執拗な嫌がらせを受けた。写真をやたらと撮られたり、飛行機に乗った時に無理やり隣の席に座られたり。俺は我慢ができず、

「離れろよ。ここは俺が座る席だから」

 と、強引に立たせて追い払った。ほんとに腹が立っていたから、座るときにはどかっと音がした。

「兄さん、ありがとう。でも、大丈夫?」

「何が?」

「あの女の人、すごい睨んでたよ、兄さんのこと」

「そんなん構うもんか。お前の方が大事だよ」

  そう俺がいうと、弟は切なそうに笑った。あの頃の母親の顔がチラつく。同じような顔をしていたからだ。
 そういえば、最近母さんや姉ちゃんに手紙を送っていなかった。テレビで俺を見ているだろうが、やはり手紙を送った方が喜ぶだろう。仕事でなかなか帰れないから、せめて手紙で元気だよ、と伝えたい。

 そう思っていた。その矢先だった。

 SNSで、俺がファンの女の子と食事に行ってそのあとホテルに行ってーーという噂が突如流れた。原因はわからない。身に覚えがあるとすれば、少し前に気の合うスタッフと食事に行ったくらいだ。ホテルなんかメンバー以外とは行っていない。しかも、その噂では俺は、複数人の女性と関係を持っていたり、ユニットのメンバーの愚痴を話していたらしい。女性との関係なんて家族以外いないし、メンバーに対して多少の不満は抱いたことがあったとしても、決してそれを口外したことはなかった。しかし、どんどんその噂は広まった。

 メンバー内で1番ダンスがうまくてプロ意識の高い兄さんが、俺を殴った。なぜなら、もうすぐ俺ともう1人でデュオ曲を出すからだった。ティザー映像も公開されているしあとはMV公開を待つだけだった。そんな時期にお前こんな噂流されやがって、と兄さんは泣きながら言った。リーダーの兄さんと、一緒の部屋の兄さんはうなだれていた。末の弟は悔しそうにスマホを眺め、一緒にデュオを組んでいたメンバーと1番歌が上手いメンバーは俺をずっと見ていた。
 事務所の社長は俺に「謝罪文を出しなさい。カムバックは中止だ」と言った。そして、俺には無期限の休養を言い渡した。その言葉を聞いたメンバーたちの目は忘れられない、悲しみとも怒りとも、恨みとも取れるようなその眼差し。俺はそれから逃れるようにペンを持った。

 全てが終わり、部屋に戻ってスマホをふと見ると、かつて俺を称賛し続けたファンたちがこぞって俺を攻撃していた。「クソ男」「顔だけで性格はクズ」「グループ脱退しろ」「そもそも人生辞めろ」「死ね」あらゆる言葉が俺のスマホを埋め尽くしていた。それを見た瞬間、何かが音を立てて崩れていく音がした気がした。

 天狗になっていたのかもしれない。慢心があったのかもしれない。だからこそ、これは天罰なのかもしれない。調子に乗っていた俺への、神の怒り。

 でも、そうだとしても、もう何を信じればいい?あれだけ称賛していたファンは今や俺を敵とみなし徹底して攻撃してくる。好きだと言った人間から刺されるなんて思ってもみなかった。そんなことしていない、確かに俺はダンスも下手だしラップの腕前もまだまだだけど、でも精一杯活動していたし、メンバーたちとそれなりに仲良くしていた。ファンサービスだって頑張った。明らかに風呂に入っていなさそうなファンでも喜んで握手に応じた。

 これ以上俺に何を求めるんだ。俺になんの恨みがあるんだ。何をしたというんだ。ふと、飛行機での出来事を思い出す。末弟の隣に無理やり座ろうとした女を追い払ったとき、すごい顔で睨んできたという出来事。気にもとめていなかったが、あれが全ての始まりだったのかもしれない。

 電話がかかってきた。またファンからの攻撃かと思ったが、母さんの名前だった。その名前を見た途端、母さんや姉ちゃんとの思い出が一身に降りかかってきた。手紙を書こうと思ってもなかなか出せなかった。今だけは2人に甘えたい。帰りたい。

 俺はスマホを手に取り、電話に出た。

 しかし、聞こえて来た声は、優しくて暖かい母さんの声ではなかった。

「あはっ。クソ男な上マザコンだったんだ。またいいネタできちゃった」

 そこで電話は終わった。飛行機の時の女の声とよく似ていた。俺は、恐ろしくなってスマホを投げつけた。母さんの名前を知られたということはおそらく家族にまで知られているのだろう。後ろ指を刺され続けた母さんがもっと悲しそうにしてしまうのだろう。小さい頃姉ちゃんと、母さんに楽をさせてあげようという誓いは、守ることができなかった。今頃2人とも俺のせいで苦しんでいるに違いない。

目の前は真っ暗だ。何も見えない。温かいものが俺の頬を伝う。ガラガラと全てが崩れていく。信じていたものが、俺どころか家族にまで手を出してきた。攻撃してきた。メンバーと海外公演にいった時の写真が見えて、それを破った。もうどうにでもなれ、何も、俺には残っていないんだ。もう居場所などない。

 もう何を信じればいい。何に縋ればいい。縋ろうとした先には俺を貶める存在しかいない。味方だと思っていたファンに裏切られて、俺はどこに行こうとしているのだろう。何を目的に俺は今まで生きていたんだろう。

 誰か教えてくれよ、誰か、誰かーー


 202X年某日某国にて。若い男性が銃で頭を撃って自ら命を絶つという事件があった。男性は女性問題のため活動を休止していた。机には遺書と見られる手記と、家族の写真と、ビリビリに破かれた彼が所属するアイドルグループの写真。警察は、彼に寄せられた多数の誹謗中傷を苦に自殺をしたものとして捜査をしている。

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