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硝子の薔薇 11

 そのまま私たちは鈴子ちゃんの家へ向かった。鈴子ちゃんが私の家に来ることはあっても、私が鈴子ちゃんの家に行くことはあまりないのでどこか新鮮だ。

 鈴子ちゃんの家は古いアパートの小さい部屋。お母さんが帰ってきている姿はめったになく、ものをあまりおいていない。あるのはギターと布団と、机と大きな辞書だけだ。

 鈴子ちゃんはぐったりしているさやかちゃんを布団に寝かせ、そして慣れた手つきでけがの処置をする。

「……なんとなくこうなることはわかってたんだよね」

 ぼそりと、鈴子ちゃんが言う。

「そうなの?」

「うん。この子はじめて見たときからわかってた」

 鈴子ちゃんは処置を終えると眠る清香ちゃんの頭をなでた。

「話し方も尋常じゃないほどの挙動不審だったからね。相当なコミュ障なのかと思ったけど、この腕見てはっきりわかった」

 何が、と聞こうとしたけれど、それを聞くのが怖くて私は口をつぐんだ。聞いたところで、とも思ったけれど、清香ちゃんに突きつけられている現実を、今の私が本当に共有できるのかわからなくなってしまったからだ。

「この子はしばらくうちで眠らせておくよ。あんたは一回家に帰りな?」

「えっ、なんで?」

「だって今、酷い顔してるもん」

 どういうことかわからない私を、鈴子ちゃんは半ば強制的に

「さあ行った行った。起きたらLINEするから」

 と、部屋から出した。



 清香ちゃんは、私の大切な友達だ。まだ友達になって1ヶ月も経っていないけれど、それでも濃い時間を過ごしてきたと思う。

 それなのに、いざ辛そうな彼女を見ると、自分まで胸が苦しくなる。まるで自分も同じ境遇にいるかのような。でも、私は清香ちゃんの苦しみのすべてを理解することはできないだろう。そして、仮に自分が同じような境遇に陥ったとしたら、果たしてそれを乗り越えることができるのだろうか。

「ただいま」

「どこいってたの?そんな酷い顔をして」

 お母さんが玄関に出てきた。

「ちょっとそこまで」

「そこまでって感じじゃないじゃない。何かあったの?」

 お母さんになら話して良いかな、とも思ったけれど、どう説明すれば良いのかわからなくて、

「ううん。大丈夫。転んだだけだから」

 とだけ言って部屋に入った。「夕飯は?」と背中から声が聞こえてきたが返事をしなかった。

 スマホをベッドに補折り投げて、そして自分もベッドに倒れこむ。そして、天井を見て、さっきの清香ちゃんを思い出していた。

 ・・・・・・こんな風にしていたって、清香ちゃんの苦しみがわかるわけじゃない。

 大人たちは言うだろう。違う人間なのだからわからなくて当然だ、100%その事実をその人物と共感するのは不可能だ、と。そんなのはわかりきっている。でも、少しでも、彼女の苦しみをわかりたい。そして、どうしたら彼女がもっと心から笑ってくれるような、素敵な日々が訪れるようになるのかを知りたい。

 考えれば考えるほどわからなくて、私はため息をついた。ただ、今わかることは私には到底考えられないような環境に今清香ちゃんがいるのだということ。

 どうしたらいいんだろう。そう悩みながら、私の意識は深く深く落ちていった。

 


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