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咲き乱れては巡り

登場人物

鈴野華(すずのはな)

赤羽颯太(あかばねそうた)


 人生は、止まらない。

 飽きずに、ずっと、動き続けて。

 どれだけ季節が巡ろうとも、命が果てるまで、人生は動き続ける。


 駅の前には、たくさんの人が歩いていた。忙しなく、この暑い日差しの下を歩いていく。


 この世界には、いろんな人生で溢れている。同じ人生を持つ人なんか、いない。似たような系統のものはあっても、もう全く一緒という人間なんかいない。

 一旦仲良くなったり、気が合うような人と出会ったところで、結局は離れていってしまう。それは、シンプルに馬が合わなかったり環境が変わったりすることで自然と疎遠になっていくからだ。永遠にこの人と、なんて言うことは、ないと思っていた。人生は出会いもあれば別れだってある。その出会いも不幸なものすらもある。
 だからこそ、1人で生きていけるなんて、私はそんな過信すら抱いていた。いずれは離れていくのなら、最初から1人の方が気が楽だし、安心する。口うるさく誰かといるのも苦手だったから、それでよかった。1人の方が、季節の移り変わりや風をより美しく感じられると思っていた。だから、それでよかった。

 そう、よかったと思っていたのに。


「華、こっち!」

 私を呼ぶ声。 爽やかで、優しい、温かみのある声。

 振り返ると、颯太が50m先の街灯の前で手を振っていた。

「颯太!」

 私は一心に颯太の元へ駆け出す。ヒールのある靴でも関係ない。走って、颯太の前まで向かう。

「ごめんよ、待たせたかな」

「ううん、言っても5分くらい」

「待ってるじゃんかよ」

「大丈夫だって!5分なら許容範囲だし」

 そう笑い合って私たちは真夏のデートへと歩き出した。

 颯太は、去年の春に職場で出会った。部署は違うが、颯太が入社したときにわたしの部署へ挨拶に来たのだ。私より年は上だけど、私の方が先に入社していた。それまで恋愛をしてこなかったわけではないけど、そこまで好きになった人はいなかった。恋人のような、友達のような。曖昧な関係でセックスだけは一丁前にして終わる。そんな恋ばかりしていた。

 だからこそ、私は慢心を抱えていたのかもしれない。1人でも人生は豊かに送れるという、そんな慢心を。

 でも、颯太を初めて見た時、ああこの人が私の運命の人だという直感があった。味気ない恋愛の末に運命の王子様なんていないんだとすら思っていたのに。でも、その瞬間から、私の人生感が大きく変わった。

 颯太は、誰よりも一生懸命で、仲間思いで、世話焼きで、涙もろくて、漢だった。一緒に仕事をしていくうちに、どんどん彼に惹かれていった。

「鈴野さんって、しっかりしてますよね」

 付き合う前、颯太からそんなふうに言われたことがある。

「え、そうですかね。全然私ズボラなんですけど…」

「いやいや。鈴野さんいつだって一生懸命に仕事してて、俺がこうして相談したら必ずちゃんと答えてくれるし、その答えも的確だし。本当に俺より年下なのか?って思うことありますよ」

 何度も言われたことがある言葉だ。一生懸命に仕事はそれはするだろう。お金をもらうのだから、手を抜くなんてダメだ。人のことにはあまり関心はもたないけど、それでも自分に何か相談をされたら答えざるを得ない。普通のことだ。なのに、そうやって私のことを「しっかりしてる」ととらえられるのに違和感を感じていた。

 何より、そうやって「しっかりしてる」と言う女はだいたいとっつきにくい印象を与えて、余計に人は離れていく。またこの人も同じなんだろうな、と寂しく思えた。

 私は苦笑いをして、

「可愛げのない女なんですよね、私。自分でもわかってます。でも、周りの人に頼らなくても1人でできるようにすれば迷惑もかからないし、無駄に悲しい気持ちにもならなくて済むから」

 こんなこと彼に話すつもりなんかなかった。でも、思うのと反対に口は止まらなかったのだ。可愛げがない上に、こんな慢心を抱えた女なんか、どこに魅力を感じてもらえるのだろう。すごく恥ずかしくなった。

 しかし、颯太は私の目を真剣に見ながら、

「それは、鈴野さんが周りを見て、周りに優しくしているからだって思いますよ。可愛げがないとか、そういうこと以前に。鈴野さんは優しくて真面目な方なんだって思います」

 あまりにもまっすぐな言葉を、なんの曇りもない澄んだ瞳をした男性にかけられた。優しくしてるなんて、自分では考えたこともなかった。私は私がすべきことをただ淡々とこなしているだけのつもりだった。

 気がついたら目から涙がポロポロ溢れていた。

「す、鈴野さん?!なんか、え、俺、そんなつもりなかったんですけど…」

 私は涙を拭いながら

「違います」

 怪訝そうな顔をする颯太だったが、それでも私はさっきの颯太と同じように、しっかりと目を見て言った。

「私、きっと。あなたが好きなんだと思います」

 あまりにも急だったなと、後から考え直せば思う。でも、気持ちが正直抑えきれなかった。涙と共に気持ちが溢れてしまっていたのだ。

 颯太は驚きながらもふっと優しく笑い、

「本当に、鈴野さんって素敵な方ですよね」

 颯太は私の手を握って、

「鈴野さんとならきっと僕は、もっと人生を豊かにすることができる気がします」

 あの時の颯太の言葉が、私を変えてくれたんだと思う。たくさんの出会いと別れがある中で、誰かのおかげでよりそれが豊かになるというのは、考えたこともなかった。私の荒んだ価値観に、新しい風を吹かせてくれた。それが颯太だ。

「華?どうしたの?」

 立ち止まってしまっていたようで、颯太が私の方に駆け寄ってくれていた。

「あ、ごめん。なんかね」

「うん」

「なんか色々、考えちゃってた」

「何を?」

「颯太と出会ってから、本当に私変わったなーって」

 すると、彼は笑いながら

「何それ。それはいい方に?それとも悪い方に?」

「いい方だって!いいからいこ!」

「はいはい」

 本当に変わった気がする。いや、確かに変わった。周りを見渡す私の目が、明るくなった気がする。

 人生という長いメリーゴーラウンドに、彩りは不可欠だった。ものを失くしたり別れてしまったとしても、また出会い手に入れていく。そんなことの繰り返しだ。私のつまらない学生時代すらも、全てが、美しい光を放っていたんだ。

 そんなことに気づかせてくれた颯太となら、きっとまた素晴らしい出会いができる気がする。

 私たちは歩き出す。うだるような暑さなはずなのに、吹いて来る風はとても爽やかで、キラキラと輝いていた。

《了》

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