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硝子の薔薇 9

 しばらく下らない話をしていたが、そろそろいい時間だし帰ることにした。

 そして、清香ちゃんと並んで帰っていたときのことだ。

「おっ、美晴じゃん」

 前から見覚えのある背の高い人が。間違いない、鈴子ちゃんだ。デート中らしく知らない女の人が彼女の腕を抱いていた。

「あっ、やほ・・・」

 よりによってこんなデート中に会うだなんて・・・。本当に、1番遭遇したくない場面だ。

「スズ、この子誰よ?」

 うわぁ、やっぱりだ。

 昔似たような場面で、鈴子ちゃんの彼女が私と親しげに話すのに嫉妬していてそこそこ大変な目に遭った。嫉妬深い女の人に限って鈴子ちゃんに近づくからそこがまた怖い。

「ん?私の幼なじみの美晴。いい子だよ?」

「もしかしてスズこの子にも手出してるの?」

「そんな訳ないじゃんか」

「嘘だ、すぐにスズ嘘つくもん」

 ほらやっぱり雲行きが怪しい。

「あたし帰る。じゃあね。もう連絡してこないで」

 と、女の人は去って行った。鈴子ちゃんは他人事のようにその子の背中を眺めていた。

「帰っちゃったよ?」

「あー、いいよ。元々別れたかったし。美晴がいいきっかけ作ってくれたわ」

 何そのクズな発言。

 呆れる私をよそに、鈴子ちゃんは呆気にとられている清香ちゃんに気がついた。

「ん?このかわいい子は?」

「ひぇっ」

 清香ちゃんが小さく声を上げた。驚いたのだろう。

「あっ、あの・・・・・・」

 清香ちゃんはわかりやすく緊張している。普段そんなに社交的でないタイプなのは前から知っていたから、なんとなく予想は付いた。

 というよりも、バンドであんなにかっこよかった人が目の前で女の子を引き連れて、そしてフラれ、クズな台詞を吐き捨てるところを目撃してしまったのだろう。誰だってあれは引く。

「えっと、さっきのバンドの人で、幼なじみの五十嵐鈴子ちゃん。で、鈴子ちゃん、この子は私の友達の瀬良清香ちゃん」

「ああ、この子が美晴にできた新しい友達?あたしは鈴子。よろしくね」

 と、鈴子ちゃんは握手を求めてるのか左手を差し出した。

 驚きなのか、あこがれのボーカルを前にしているからなのか、清香ちゃんは声が出ない様子だった。

 と思っていたが、明らかに可笑しいことに気がついた。しばらくしても声が出ない。どうしたんだろう。

 鈴子ちゃんは何かを察したように、

「・・・・・・おっけー。まあこれから仲良くなろっか。とりま3人でマックにでも行っとく?」

「えー、やだよ。せめて着替えてからがいい。制服だとどこで何言われるかわからないもん」

 実際放課後とか説明会の後で町で遊んでいるところを目撃されたりして合格を取り消されるという話を聞いたことがあるから、現時点で合格が決まっているにしてもいないにしても、マイナスイメージを持たれたくなかった。

「ちぇっ。しょうがないな。じゃあまた家に遊びに行くかな。そうだ、清香ちゃんも来ない?」

「えっ」

 清香ちゃんが声を上げる。

「美晴っちすごいよ、カントリーマアムいっぱいあるから」

 いやそれはどうでもよくない?

「いやっ、あの・・・」

「あ、アルフォートの方が好き?」

「そういう問題じゃないでしょ!」

 鈴子ちゃんはへらへら笑っていたが、清香ちゃんはずっと表情がこわばっていた。

「あっ、あの・・・・・・」

「ん?」

「おっ、おっ、弟を・・・迎えに行かなきゃいけないので・・・もう・・・・」

 元々小さい彼女の声がもっと小さくなっていく。

 今までの付き合いがなかったとはいえ、ここまでの緊張は正直異常だ。いくら初対面でも、いくら鈴子ちゃんがパリピでどん引きしていても、ここまでになるものか?

 私が不審に思ってると、鈴子ちゃんは清香ちゃんと同じ身長になるまで屈んで、

「おっけ。じゃあ、今日はこれでバイバイしよっか」

 と、優しく言った。清香ちゃんは

「はっ、はい・・・。では・・・・・・」

 と、かけだしていった。そんな急ぎの用事だったのか?まあ迎えに行くのなら、そうもなるか・・・。

 しばらく私たちは清香ちゃんの背中を見送っていたが、

「あんたよくあの子とすぐに仲良くなれたね」

「え?」

 すると、鈴子ちゃんは歩き出し、

「あたしらも帰ろ」

 とだけ言った。

「う、うん」

 私はその背中を追う。

 いつもへらへらしている鈴子ちゃんが、なんだかいつになくまじめに見えた。

 私たちは何の会話もないまま歩き続け、そして私の家の前になった。

 さっきの話的にそのまま上がって行くんだろうと思っていたが、

「やっぱあたし帰るわ。じゃあねー」

 と、鈴子ちゃん。

「そうなの?」

「課題あるからさ」

 いつも一日で済ませて後は全部適当に遊んでる人なのに、珍しいな。

「わかった」

「じゃあね」

「うん。またね」

 そう言って私たちは別れる。私は家に入ると、リビングでテレビを見ているお母さんへのあいさつもそこそこにして、自分の部屋のベッドにダイブし天井を眺めた。

 鈴子ちゃんの態度も、清香ちゃんのさっきの様子も解せないまま。

ーあんたよくあのことすぐ友達になれたね。

 どういうことなんだろう。どういう意図が込められているんだろう。

 そして、なぜ清香ちゃんは寄り道までしたのに鈴子ちゃんの顔を見たとたんに帰りたがったのだろう。それまではそんなそぶりも見せなかった。

 いったいどういうことなのか、私には何もわからなかった。

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