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硝子の薔薇 7

 それからしばらくして、8月2日。東高の説明会の日になった。

 あの日から清香ちゃんとはLINEはちょくちょくしていたものの会ってはいなくて、実に1週間は会っていない。

 意識をしていなくても早くに目が覚めて、意識をしていなくても身支度に時間をかけていた。

 いつもだったら適当に髪の毛を縛っていくのに。でも、たぶん高校の先生たちは見た目とかも見てくるだろうから、変に気合いが入っていてもおかしくはないだろう。

 そう、私は清香ちゃんに会うからと行って身支度に力を入れているわけじゃない。そう言い聞かせていた。でもなんだかそわそわして心が落ち着かない。

 思い浮かぶのは・・・清香ちゃんのこと。

 心配だからって言うのもある。おうちでもうまくいってないみたいだし・・・。傷だらけだったらどうしよう。

 でも、それだけじゃない。心配とかそういうの以外の感情が、私の心のどこかにあるのはもう明らかだった。

「美晴ー。そろそろ出ないと遅れるわよー!」

 お母さんの声だ。

「はーい」

 私は髪を縛り直したい気持ちを抑えて、鞄を持って部屋を出た。


 東高はここからバスで20分くらい揺られた場所にある。だから近くのバス停を私たちは待ち合わせの場所にしていた。

 どきどきする胸を押さえて私はバス停に向かうと、すでにもう清香ちゃんの姿が。よかった、特に何も変化はない。強いて言えばまだ真新しいリスカの跡があるだけか。

「ごめん、待たせた」

 そう私が言うと、清香ちゃんは私の方を振り返って、にこりとほほえんだ。

「ううん、大丈夫。私もさっき来たとこ」

 そっか、と私は隣に立った。

 しばらく変な沈黙が流れる。友達になってすぐに夏休みに入って会わなくなったから、気まずくもなるよね・・・?

「しゅ、宿題とかどう?」

 なんとか話題を見つけようとして結果いえたのはこれだった。

「まだほとんど終わってないかな」

 いやそうだよね・・・。まだ1週間だし。たまに1日で終わらせる猛者もいるけど、美術の課題とかもあるから絶対1日じゃ終わらないだろう。

「あ、そうだよね・・・。私もそんな感じ・・・」

 あは、あはははと苦笑いをしてまた会話が終わる。

 前途多難すぎない?さすがに・・・。


 とまあかなり気まずい沈黙が流れ(清香ちゃんはどう思ってるのかわからない)、東高までついて、時間になり学校説明会が始まった。

 説明会で校長先生たちの話が終わった後、現役生がパフォーマンスを披露した。吹奏楽部や箏曲部などの文化部から、新体操部まで。多様な部活が発表をする中、軽音楽部の演奏があった。

 軽音楽部が出てきたとき、真ん中でマイクを握っている女性に見覚えがあった。

「・・・・・・鈴子ちゃん?」

  あの背の高さ、短い髪、そしてスレンダーな体型。間違いない、鈴子ちゃんだ。

「こんにちは!私たちは東高軽音楽部、『&E』です!」

 と、いつものけだるそうな鈴子ちゃんからは想像もできないようなはつらつとした声。驚く私に気づいているのかわからないけれど、鈴子ちゃんはそのままMCをこなし、

「じゃあ歌います!『ピースサイン!』」

 と、歌が始まる。はやりの歌だ。音楽に疎い私でもわかる。でも誰が歌っていたかは思い出せない。

 ふと隣を見ると、前のめりになり、見たこともないくらい楽しそうな顔をしている清香ちゃんが。よく口元を見ると動いている。この曲好きなのかな?気になる・・・。

 発表が終わって校内の紹介になったとき、私は聞いてみた。

「清香ちゃん、さっきバンドの時すごく楽しそうだったけど、知ってる曲だったの?」

 すると、興奮冷めやらぬという様子で、

「うん!私一番米津さんが好きなの!」

 米津さんーああ米津玄師のことか。最近すごくはやっているアーティストで、私もたまに聞く。米津玄師の歌だったのか。

「そうなんだ」

「うん!私実はね、ここの軽音楽部にあこがれてて!ボーカルの人もかっこよかったなぁ・・・!」

 ああ、やっぱりみんな言うんだよな・・・。鈴子ちゃんはかっこいいから、みんなすぐにかっこいいという。それはどうやら清香ちゃんも例外ではないようだ。

 でもなんでだろう。それが気に入らない。いつものことなのに、すんなりその事実を受け入れられない。

「そ、その人、私の幼なじみだよ」

「そうなの?!」

「うん。家が近くて、今でもよく遊んでるんだ」

「うわぁ、いいなぁ!私そういう幼なじみとかいなかったから、うらやましい!」

 清香ちゃんは私の気にも気づかずに楽しそうだ。

 こんな彼女を見れて、嬉しいのに。楽しそうに笑う彼女を見て、こちらまで楽しくなれるのに。

 なぜ今私の胸は痛いんだろう。

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