冬の終わり
「みんな」が完璧だと言っていたルックス。
「みんな」が羨んだ存在。
「みんな」が憧れた人生。
その「みんな」が、突然自分を標的にしてきたら。この世の悪を俺が全て背負ったというように、世界中の人間が俺を否定してきたら。自分に置き換えて、一度考えてみてほしい。
少なくとも俺は、「あの日」から自分の生活が、考え方が、180度変わった。毎日日が昇って1日が忙しなくすぎていくというのに、俺の時間は何も変わらない。ただ1秒1秒、無気力な時間だけが流れていった。
起き上がるのすら億劫で、ずっとベッドにいた。自然に食事も取れなくなった。自分から会うのが嫌で、話すのも怖くて、ずっと一緒に頑張ってきた仲間たちとの交流を一切絶った。
ーーそう、全て自分のせいだから。
今考えればバカなことをした。ファンの女の子に手を出してしまったのだ。アイドルを生業としている人間は絶対にしてはいけないことを俺はした。バレないように口止めもしたつもりだったが、悪いことをすれば必ずそのつけは回って来る。そして、そのつけは自分が考えていた以上に重いものだった。スマホを見るたびに俺のことを批判する投稿をたくさん見かけた。今まではステージに出て大成功しようが何しようが誰も連絡してこなかったのに。
自分がしたことだ、当然の仕打ち。わかっていても、大きく心を抉られた。もう何も考えられなくて、何も見えなくて、全てがどうでも良くなっていった。もうこのまま食事を取らないで死んでいってもいい。そうすることで今の苦しみから解放されるなら。罪が消えていくのなら。周りが迷惑を被らないのなら。もうこの世からいなくなっても構わない。
そう思っていた日々に終止符を打ったのは友達だった。
「ひどい髪だな。髪を切りに行かない?」
「髪?」
「そう。お前がいくらイケメンでもそれはダサいよ。ボッサボサだもん」
「どうだっていいよそんなの。外出たら何言われるかわかんないし」
「大丈夫だってそれは。俺が送ってくから」
友達はそう言って俺を無理やり起こして着替えさせて、無理やり外に連れ出した。
普段行かないけど割と大きい美容室だった。知り合いや仕事関係の人がいないか警戒したが、知らない人ばかりだった。後から考えると、きっと俺のことを知っていた人がいても俺だと気づかなかったのかもしれない。
前はよく短髪にしていたが、今回は切り揃えてもらうだけにした。もうあまり顔を出したくなかったのだ。
カットが終わり、友達のところへ行くと、
「なんだ、もっと切るのかと思った。思い切って坊主にすれば良かったじゃないか」
「やだよそんなの」
友達は確かにな、と笑い、車に乗るように促した。
友達の運転で店を出て、街をドライブした。
「この数ヶ月間、お前何してた?」
「何も」
そうだろうな、と友達はいい
「何度か電話したけど、お前出なかったもんな」
「誰とも話したくなかったから。話したって、うまく話せないし…」
ふうん、と友達はそっけなく返事をした。
「俺なんて元々頭がいい訳でもないし、今回だってもっとちゃんとしてたらこんなことにはならなかったし、メンバーにも迷惑かけなくて済んだ。本当にどうしようもないよ、俺は」
自分で言った言葉が、ずんと自分に重くのしかかる。そうだ、俺は本当にどうしようもない。どうしようもない人間が、ステージに登ってもてはやされて有頂天になり、調子に乗った結果地獄に突き落とされた。天罰だと言われても否定のしようがない。事実のなのだから。
友達はそうか、とつぶやくと、
「どうしようもなかったら、俺はお前をここに連れてきてないよ」
え、と思い俺は友達の方を見ると、彼は優しく笑っていた。いつもと変わらない、包み込むような暖かな笑顔だった。
なんだかその顔を見たら、俺まで笑えてしまった。
「お、久しぶりに笑ったじゃん」
「う、うるさいな」
「お前はそんな笑顔が1番だよ」
なんだかすごく目の前が熱くなった。胸がじんわりと熱くなって、そこから一気に何かが解けていく気がした。
*
あれから、もう2年半が経とうとしている。あの時、友達が連れ出してくれなかったら俺はもう前に進むことはないまま、人生を終えていたかもしれない。
裏切り者、はみ出しもの。そう言われ続けていくのだろう、俺の人生は。
それでもいい。俺の冬はもう終わった。長くて厳しい冬が終わって、華やかで暖かい春が訪れようとしている。そこにまだ冬の冷たい風が吹こうとも、もう俺は迷わない。
また、ここから。俺は自分を支えてくれた人たちと、輝くんだ。
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