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檸檬忌


 檸檬忌。それは梶井基次郎の命日でもあり、高村光太郎の妻智恵子の命日を指す言葉でもある。梶井基次郎は有名な『檸檬』を、そしてもう一方は高村光太郎の詩『レモン哀歌』にちなんでいる。

 でも、この世界に1人だけ、それとはまた違う檸檬忌を持っている人間がいた。ある人との思い出を檸檬に託した、彼のための記念日がある。



 今年で十回目の檸檬忌だ。この日だけは何にも邪魔されないようにスケジュールを空けてくるんだ。もうあの頃と違って俺はかなり仕事が増えたからね。まあそれは君も見てくれているんだろうけど。

 もう君が亡くなってから10年も経つのに、未だに俺の隣で君が笑っている気がしてならない。車いすを一生懸命走らせて、俺の名前を呼んでくれる姿があるとしか思えない。でも、本当に現実とは残酷なものだ。こうして君がここに眠っているんだから、今もなお。

 君がいないこの世界は、最初はとてもつまらないものだった。毎日が色あせて、俺はもう生きる気力を失っていた。だって、君が生きる希望だったのだから。俺は君さえいればそれでよかった。君がいるだけで俺は心が温かくなり、悲しい現実から目を背くことができた。それなのに、神様は残酷だった。なぜ俺から君を奪うようなまねをしたんだろう。それが定められた運命だったとても、俺にとっては残忍きわまりないものだった。

 ・・・・・・いや、そんなこと言っていたら、君をもっと不安にさせてしまうね。ごめん。でも、事実未だに俺の中には君が生き続けているんだ。どんなに年を取って、何もかもが衰えていっても、君との思い出は決して色あせないし、君は永遠にあの頃の美しさを保ったままだ。そう、永遠のお姫様なんだ。正直俺には不釣り合いなのかもしれない。それでも、俺が良いと言ってくれた君が今でも愛おしくてたまらないんだ。

 君は、そっちではどうしている?でも、死んだら目が見えるとか見えないとか関係ないよね。そのきれいな瞳でこの世界のきれいなものを空の上から見ているんだろうなぁ。その中に俺が含まれていたらなおのこと嬉しいよ。

 だらだらと書いていたら、君も読むのが大変だよね。ここまでにする。でも、君のことはこれからもずっと愛しているよ。生涯俺には奥さんどころか彼女もできないと思う。君が最愛の人であり最後の奥さんだから。君以上に素晴らしい女性なんか、この世界にはいないから。

 愛しているよ、美月さん。また手紙を書くね。次の檸檬忌で会おう。

                               屋敷玄

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