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硝子の薔薇 8

 もやもやした気持ちのまま、説明会は進んでいき、そして終わった。

 バス停でバスを待ちながら、今日のことを話す。

「あー、終わったね。お疲れ様!」

 あれから清香ちゃんはずっと楽しそうだった。バンドの演奏で相当テンションが上がったんだろう。

「うん。お疲れ様」

「ほんと余計に勉強頑張んなきゃな-って思い始めた!」

 すごいなぁ。やりたいことが明確なんだな、高校で。

 私なんか、大学進学のためだけだもんな・・・。

「どうしたの?」

 いつのまにか清香ちゃんが私の顔を不思議そうにのぞき込んでいた。吸い込まれそうなくらいに澄んだ瞳にハッとする。

「えっ?い、いや。清香ちゃんって、すごいなぁって思って」

「え?どこが?」

「ちゃんと目標持ってて」

「そんな。それだけだよ。音楽が好きなだけ」

「好きなことを極めるってすごいことだと思うよ」

 そうすると、はにかみながら清香ちゃんは笑った。

「そうかな・・・?」

「うん。そうだよ」

 でも、この後どうしようかな。そのまま帰るのも、なんだか寂しい。もっと一緒に話していたい。

 そう思ったときだった。

「美晴、ちゃん」

 清香ちゃんが突然私の名前を呼んだ。名前を呼ぶくらい普通のはずなのに酷く驚いてしまった。

「なっ、何?」

「もし、よかったらなんだけど・・・・・・」

 そして、背の低い彼女が私を上目遣いで見ながら、

「ちょっと寄り道しない?」



 バスに揺られ、いつものところで降りても、歩く道はいつもと違う。同じ町でも、普段はほとんど行かない高台の方へと私と清香ちゃんは歩いていた。

「こっち?」

 汗をぬぐいながら私が聞くと、

「うん。もうちょっとでつくよ」

 しばらく歩くと、拓けた場所にきれいな公園があった。公園からはきれいな海が見えた。

「うわぁ、こんなとこあったんだ。知らなかった」

「そうでしょ?ちょっと遠いけど、私のお気に入りの場所なの」

 そうなんだ、と私が言うと、「あそこのベンチで休もっか」と、清香ちゃんは海沿いの方のベンチを指さした。

 私たちはそこに並んで座る。少し暑いけれど、ちょうど上に桜の木が茂っていて風が気持ちよかった。清香ちゃんのボブの髪がさらさらと風になびく。星が瞬くように美しい。

「本当に素敵な場所だね」

「でしょ?」

「でも、こんな遠いとこどうやって見つけたの?」

 すると、清香ちゃんは少し顔を曇らせた。聞いちゃ逝けないことだったかな、と思い「いやっ」と言うと、

「家に、帰りたくなくて」

  清香ちゃんはそうぼそりと言うと左腕をさすった。

「家帰っても、居場所ないし。いても、辛いだけだし。だから帰っても楽しくないし、むしろ辛い。だから帰りたくなくて、遠回りをずっとしてたの」

「そしたら、ここについたってこと?」

「そう。でも、こんないい場所見つけられてちょっとラッキーだった」

 そう笑う彼女は、無理して笑っているようだった。

 私はどうしてもその彼女の笑いを、さっきみたいに心からの笑いにしてほしかった。

「あのさ」

「うん?」

「清香ちゃんって、音楽好きなんでしょ?じゃあ、将来も音楽の仕事に就こうって思ってるの?」

 話の腰を折っているのはわかっている。でも、これ以上彼女に辛い目に遭っているということを自覚してほしくない。

 せめて、私といるときだけは楽しいことだけを考えていてほしい。

 怒るかな、と思ったら、

「うん。私ね、将来は米津さんみたいなシンガーソングライターになりたいの」

 と、話してくれた。

「音楽以外、何もできないから。絵も描けないし、頭もそこまでいいわけじゃない。でも、歌が好きだから。せめてそこで生きたい。評価されたい」

 ぼろぼろと、あふれ出したように言葉が出てくる。

 それを表すかのように、彼女の瞳からは涙があふれていた。

「そこで幸せになりたいだけなの。そこで、私は生きてるって、レズだレズだって言われ続けて、親にも友達にも理解されるどころか馬鹿にされてきたけど、私も輝けるんだって、証明したいの!」

 そう彼女が訴えるように言ったとき、強く風が吹いた。潮のにおい。海風だ。

 私は、そっと

「清香ちゃんなら、なれるよ」

「えっ」

「それだけ強い思いがあるなら、なれるよ。きっと」

 はっきりと、私は言う。

「そ、そうかな・・・?」

「そうだよ。言うじゃん、強い意志があれば何でもできるって」

 って正確には鈴子ちゃんが言ってたんだけど・・・。

「それに、私は清香ちゃんの歌が聴きたいしね」

  清香ちゃんは黙って私を見ていたが

「本当に?」

「本当だよ。普段こうやって喋る声もきれいだし」

 本当に、清香ちゃんの声はきれいだ。清らかで聞いていて眠りにつけるような、そんな優しい声。だからこそ私はそんな彼女の歌声を聞きたかった。

 清香ちゃんはそっか、と照れ隠しのように言うと、

「私、頑張るね」

「うん。そのためにはまず高校受験頑張ろうね」

「うん!」

 私は、ふと海を見る。夏の熱い日差しに照らされて海はちらちらと輝いていた。

 午前中はずっともやもやしていたけれど、今はこの景色みたいに爽やかだ。

 頑張ろうね、私たち。


 

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