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スーダン難民のロペス・ロモン「生きるために走る」

「走ることはあなたにとってどういう意味を持ちますか」
 
 哲学的な質問だ。
 答えはまちまち。仕事だと思っている、走ることで世界中を旅することができて人間的に豊かになった、神様に選ばれたから全うしたい、などなど。

「生きるため」

 そう答えたのは、ロペス・ロモンだ。
 
 現在の南スーダンで生まれ育ったロペスは、幼い頃に誘拐され、児童兵士養成の収容所に入れられた。そこを逃げ出した後は、ケニア北部にある難民キャンプで10年もの日を過ごした。
 収容所から逃げる際も、難民キャンプでも、彼は走っていた。
「走るのが大好きだった」
 キリスト教団体の支援で16歳のときに米国に渡った。里親がロペスの陸上の才能に気付き、高校では陸上部に入部。クロスカントリーレースの時にペースが分からず、やみくもに走ろうとするロペスにコーチが「先導車の後ろを走ればいいんだよ」とだけ指示したという。
 陸上で突出した才能をみせたロペスは、奨学金をもらい大学に進学。そしてプロの陸上選手になった。

 昨日の1万mのレース。ロペスは優勝候補だった。スローペースでレースは進み、ロペスは集団の前方で楽そうにレースを進めていた。4400m、選手たちに檄を飛ばすシューマッカーコーチの目の前で、それは起きた。前を走っていた選手が、ロペスの前でポジションを変えようとしたため、反射的にロペスは歩幅を変えたため、つんのめった形になり、そして肉離れを起こした。
 
 突然のことにロペスは信じられないような表情で、足をおさえながら、でもなんとかレースに復帰しようとした。足にはおそらく激痛が走っていたのだろう。走ろうとしては止まり、最後は顔をおさえ、そしてトラックを去った。遠くからだったが、泣いているように見えた。

「米国に来るまで、人として扱われたことがなかった。人権なんてなかった。だから五輪にでて、僕と同じような境遇だった人たちのために戦いたい。それが自分の役目だと思う」

 五輪への思いをこう話していた。
 
 選手は皆、強い思いをもっている。気持ちの大きさ、強さで選手を分けてはいけない。でも、それでも、こう思う。ロペスのような境遇の人に光が当てられるのならば、近代五輪にも開催意義があるのではないか、と。
 
 また走ってほしい。生きるために、そして世界にメッセージを伝える役目を果たすために。
 
 

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