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ノモリクヲノミカ4

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暖炉を抜けると雪国だった。
「何ここ寒っ」
「さっきは高所で次は雪国って。ついてないわあ」黒猫のサキが全身の毛を逆立てている。
「カメレオンって熱帯生物なんだけど」コウタも不満げだ。
「ゆき!ゆきいっぱい!ふわふわ!うひひひっ!」
「すげえ!積もってるう!」
兎のモモと狼のリョウはピョンピョン跳ね回る。
ぼくの後ろで軽い羽音がした。ダレカが大きく翼を広げて、音のない雪のなかを飛んでいく。
「おい、ダレカについていこうぜ。何かあるかも」
言うが早いか、リョウが雪と戯れながら走り出す。ぼくたちもふざけて雪を掛け合いながら続いた。

茅葺き屋根の、小さな土壁の家があった。中から橙色の明かりが漏れていて、暖かそうだ。ダレカは開いた扉からすいーっと入っていく。
「おじゃましまーす...うわお!」
「あったかーい!生き返るわあ」
中は小さいながらも居心地のいい、昔話のような家だった。
土間を上がると、奥には囲炉裏があった。炎が投げる親しげな明かりが、床や柱を艶のあるキャラメル色に染めている。その奥は本棚があって、薄い本がたくさん詰まっていた。
ダレカは羽をたたんでひょこひょこ歩き、まるで我が家のように囲炉裏の横の暖簾をくぐって引っ込んだ。そっちの部屋は床の上にクッションをたくさん敷き詰めてあった。ダレカはその上に丸くなり、眠そうに目を見張ってぼくを見ていた。
ふいに、懐かしい気持ちになった。何度もその目を覗き込んだことがあるような気がした。
「ダレカ、ぼくはねえ、なんだか君たちのこと、ずっと前から知ってる友達のような気がするんだ。ぼくもずっとここで遊んでいたいよ」
ちょっとだけ心情をこぼしてみた。ダレカは何度かまばたきした。その目は優しく咎めるような色を含んでいるようにも見えた。
「わあ、ふわふわだねえ!」
モモは早速クッションの上で跳び跳ねる。ぴょんぷおんぴょおん...と跳んだ拍子に、クッションの隙間に埋もれるようにして、小さなテディベアが置いてあるのが見えた。ぼくはモモとしばらくクッションの投げ合いっこをしてから、囲炉裏の部屋に戻った。

黒猫のサキが本棚から本を取り出して、熱心に読みふけっていた。
「何それ。面白い?」ぼくは尋ねた。サキはそれには答えずに、
「これ何て読むの?」と聞いてきた。
「ひみつきち、かな」
「秘密基地!」サキは目を輝かせた。
「いいなあ、私もほしい。あったらいいなあ」
思えば、ぼくらが現実世界の話をすることは滅多になかった。
「つくればいいじゃないか。いい場所、ないの?」
「しゆうちにつき立ち入りきんし、なんだもん。つまんない」
サキは尻尾をいらいらと振った。
「ずるいよね、地面が誰かのものなんてさ。そのうち空気も水も、ってなるんじゃないの」
自分の冗談にへへへっと笑うサキに苦笑してみせ、そういえばぼくが子供の頃遊んでた竹藪はどうなったかなと思う。回りじゅう田んぼしかないような田舎だった。夏になると蚊がうじゃうじゃして、だけど涼しいしちゃんばらの道具には事欠かなかったからよくハルカと行っていた。懐かしいな。

「こんな本、見たことないな。学校で配られるプリントみたいだよ」
サキがホチキスで留められただけの冊子ともいえる本を眺めながら言う。ぼくもそれに目を落として、はっとした。
「どしたの、ユウ」
ぼくは立ち上がって本棚を漁り始めた。
「イモリの眼鏡」「脚の生えた魚」「因幡の白いたち」「まつくらべ たけくらべ うめくらべ」「羽の生えたワニ」...
「おいおい、ちょっと待て...」
「どうしたのってば!」サキが足をじたばたさせる。
「ぼくが書いた小説がどうしてここに?」ぼくは呆然と呟いた。
「えーっ!そうなの?これユウが書いたの?すごいなあ、私も書けるかなあ?」
「書けるよ、なんだって」ぼくは笑って猫の背をぽんぽんと叩いた。一方では、ハルカのために毎晩書いていた短編小説がここに現れたことに、人に日記を見られたような動揺を感じていた。

「おい、やべえぞ!なんかやばいことになってるぞ!」
リョウの叫ぶ声がして見ると、びゅうびゅうと吹き付ける風に対して、リョウ、ナオ、コウタが必死に扉を支えていた。
「うわあ、雪嵐?」
慌てて駆け寄って加勢する。扉を枠から浮かせるほどの勢いで、細かい雪の粉が中まで入ってくる。
「ほんの一瞬前から急に風が強くなって!外が暗くなったから何だろうと思ったら、もうこんななんだもん」ナオが額を拭う。
「怪物州の試練のひとつかも」コウタが言う。
「わくわくするねえ!」リョウは楽しそうだ。
次の瞬間、

ばああああああん!

銃声のような音を響かせて、扉が大破した。
「ごももっ」
「おわっ」
「つめたっ」
「ぎょえっ」
「ぐわっ」
雪がなだれ込んできて、ぼくたちは一瞬雪に埋もれた。ひんやり、じっとりと染み込んでくる痺れるような冷たさ。必死で首をつきだして見ると、もう雪は止んでいて、ぴかぴかと眩しく積もった雪が光っていた。ただ、入り口はほとんど雪で塞がれていたから、扉の枠の上のほうからちょっぴり見えるだけだった。
「ひええ、こんなに降ったの?」
ナオがカメレオンのコウタを掘り出しながら言った。
「いいなあ、宇宙服。寒くないだろ?」ぼそっと呟くと、「いいでしょー」とにんまり笑った。
「たいていのことからは守ってくれる。宇宙はとっても過酷だから」

みんなで囲炉裏にあたって、服を乾かした。想像より早く乾いた。歯が鳴るのもおさまったころ、リョウが残念そうに言った。
「閉じ込められちゃったなー」
「解けるの待とうよ」サキは丸くなって眠そうに言った。
そのときモモがぴんと耳を立てた。
「黒いの取って!」と主張する。ナオは自在鉤から黒いやかんをとってやった。
モモはそれで囲炉裏の灰を一杯にすくい、よたよたと戸口へ向かう。
「たかいたかい!」モモが命令する。ぼくは彼女を抱えて持ち上げる。
「ぱあっ!」モモは灰を雪の上に撒き散らし、ついでに半分くらいぼくの顔にかけた。
「も一回!」
「いったい何してるんだ?」
ぼくは咳き込みながら考えた。そしてぴいんときた。
「黒は熱を集める。だから雪が早く解けるんだ!テレビで前みたことある!」
そうと分かると、みんな灰をすくい、戸口の上の方めがけて投げ上げ始めた。

囲炉裏の灰も尽きる頃、やっとぼくらは外に出られた。

遠くの方に森があった。回りじゅう雪しかないから遠いのか近いのかわからないけれど。
その手前にひときわ大きい松の木があって、その前に何か光るものが置いてあった。
「えー、なになにあれ。ついにアイテム出現?」
「まだ{剣を交えて帰る場所}じゃないじゃん」
そんなことを言っていると、ふとナオが真面目な顔になって言った。
「ねえ、もしアイテムが見つかったら、みんなでここにいようね。七人みんなのだって言えば、みんな不死身になってここにいられるから」
「そうかねえ、人数制限ないの?」コウタが目をぐりぐりさせる。
「ないに決まってるよ!ねえ、だからお願い。一緒にやってきたでしょ?私、あなたたちがいないと何も楽しくない」
ナオの勢いにたじろぎ、ぼくらはこくこくとうなずいた。
「あとさ、おれの弟もいいかな」リョウが遠慮がちに言う。
「もちろんだよ!」またみんなでこくこくとうなずいた。狼は笑った。
「弟がいるんだね」コウタが呟いた。
「うん...{バケモノの}弟」


光っていたのは、氷でできた鏡だった。
なんだか奇妙な感じがした。
「なんか...やだよこれ...」サキとモモが足元に寄ってくる。
気持ち悪さを感じつつも、近寄らずにはいられなかった。鏡からは何か音が聞こえるような気がした。荒く削られた表面にはぼくらの姿がぼんやりと映っている。
耳を澄ますと、まるで森全体が歌っているような不気味な声が聞こえてきた。
「おまえたちには わたすまい
 われらがたから ふしのひやくは
 えたらばさいご もうもどれない
 とわのおゆうぎ さいごはきょうき
 おまえたちには わたすまい」
「だだだだれだよ、そこでうううたってるのはあ」
リョウの震え声を嘲るように、森の歌声は大きくなる。

鏡の表面が静かに震える。氷が解け出すように。その中にぼんやりと黒い影が映って...
「なんか来る!」サキが悲鳴混じりの声を上げた。

鏡の表面から、手がにゅっと出てきた。続いて頭、胴、脚...氷でできた人間のような形をしていた。
そいつを見た途端、全身の震えが止まらなくなった。あの大蛇のときの比じゃない。怖い。ぼくたちはじりじりと後ずさる。
氷人間はぎくしゃくした動きで迫ってくる。リョウは突っ立ったままだ。
ー何してるんだ!早く逃げろ!
「これ...おれだ...」
狼は呆然と呟いた。
氷人間はその前で足を止めた。荒く削られたひょろひょろした手足。ほとんど顔を隠している延び放題の髪。すべて堅くて、冷たくて、残酷だった。
「おまえ...いいなあ...」そいつは言った。悪寒のする声だった。
「ここでは威勢がよくてよお...お友だちもたくさんいる...おまえのせいだぜ...おれが不幸なのはさあ...」
「どどどどうゆうことだよお!」狼は泣きそうな声で言った。
後ずさる狼を氷人間はがくがくと追いかける。冷たい固い手が狼の頭の毛をひっつかむ。
「おれを見捨てて逃げた...夢の中に隠れた...弱虫...おまえがここで永久に遊んでても、おれは苦しみ続けるんだぜ...それにエイジのこともある...守るんじゃなかったのか?」
そいつは狼を揺すぶる。ぼくは恐怖で動けない。
「エイジも、ここで...!」
「あいつはそんなこと望んじゃいない...そんな風に勝手に決めつけて...巻き込むんじゃない...そんなだから友達ができないんだ...ここでのことは全部...おまえの幸せな妄想...」
「違うよお!」ナオが顔中くしゃくしゃにして叫んだ。
「私たち友達だよ!妄想なんかじゃない!」

氷人間の動きが止まった。

表面の氷がゆるゆると解け出し、足元の雪に落ちた。

その雪がむくむくと大きくなる。そして、もうひとつ氷人間ができた。

少女だった。痩せこけた手足。つんつるてんのパジャマのようなものを着ている。宇宙飛行士はひっと息を呑んだ。
「おまえ...家族の厄介者...おまえを死なせたくないばかりに...親にどれだけ苦労をかけているか...なにをここでのうのうと...」
氷人間に触れられまいと、宇宙飛行士は身をよじって逃げようとする。
「関係ないでしょっ!心の中はいつも自由だよ!ばかあっ!」サキが叫んだ。
氷人間が動きを止める。
ーまた来る...
表面の氷が解け出して、また氷人間が増えた。
眼鏡をかけた女の子。
「馬鹿...間抜け...呆けたことばかり言う...」
氷人間はそれぞれ3人を責め続ける。嫌だ。耳を塞いで、やめろと言いたい...
「みんな!」カメレオンが叫んだ。
「絶対しゃべるな!こいつらは言葉に反応してる!」
氷人間が動きを止めた。カメレオンは覚悟を決めたように目をつぶる。
四人目。眼鏡をかけた男の子。
「お荷物...親が相手にしないのももっともだ...おまえのせいだぞ...おまえが注目に値しないから...」

ーユウ!ユウ!
ぼくははっと振り向いた。ダレカが羽をばたばたさせている。
まずモモを指し、自分を指し、ちょっと飛んでみせる。それから鏡を指し、ぼくを指し、何かを振るような仕草をする。
モモはうんうんとうなずいて、ぼくを見上げた。
ーえ?いまのでわかったの?
ぼくがまごまごしていると、手の中にプラスチックのライトセーバーが現れた。

ーはい、これお前の
ーえ、ボク?
ー大丈夫だって、折れないから

ーそうか。
ぼくは顔を上げて、ダレカに親指を立てて見せた。
ー頑張らなくちゃ。ぼくは大人なんだから。


ダレカがモモを足につかんで急上昇する。そして、氷人間の頭上でパッと放す。モモはうひうひと笑いながら、そいつの頭に兎キックをお見舞いする。がくり、とそいつの首が折れた。モモは歓声を上げる。再びダレカが急降下して、モモを持ち上げ、別の氷人間の上に落とす。ちょっと違うけど、因幡の白兎のようだ。

二人が騒ぎを起こしている間に、ぼくはぎゅっとライトセーバーを握りしめ、鏡に向かって突進した。鏡にはぼくの姿が映っている。その表面が揺らめく。黒い影が近づいてくる。手が...
手が、あたたかくなった。ライトセーバーが緑色に光っている。ぼくは渾身の力を込めて、それを鏡に振り下ろした。
ぱきいん。
ひびが入った。もう一度。
みしみしっ。
熱を持ったライトセーバーは、氷の鏡に触れる度にじゅっと音をたてる。
ー人を傷つけてはいけないと
ばりん。
ー習わなかったのか
べきっ。
ーよくもこの子たちを
じゅうじゅう。
ー泣かせてくれたな!
しゅうっ。

鏡はついに跡形もなくなった。

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