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【小説】「音楽、つくります」1

思い返せば、その日は眩しいほどの晴天だった。空の蒼が一段と澄み渡り、今すぐに鳥になって羽を広げれば、その突き抜けた空をすぐに超えてそのうち宇宙にまで辿り着けそうな、そんな錯覚を起こさせるほどだった。

「本日の占いです。まずは一位から見ていきましょう」

そういえば、朝のテレビ番組から流れてくる占いも双子座が一位だった。いつもなら気休めにもならないような「幸せのワンポイント」だが、今日はしっかり確認した。ちなみに、本日双子座を幸せにしてくれるはずの赤いハンカチはズボンのポケットにしっかり忍ばせている。


「で、どうするんだよ。俺たちもう終わりなのか?」

丸テーブルを囲みながら座っている四人のうち、芽衣の目の前の一人、新井将司が荒々しく声をあげながら立ち上がった。かなり苛立っている。

「今までだってこういうことはあっただろ、なんで今回は解散ムードなんだよ」

黒の中にところどころ金が混ざっている髪の毛をかき上げながら、将司は納得いかないというように抗議の目を向けた。その視線を受け止めながら、なるべく落ち着いた口調を意識して言った。

「将司、気持ちは分かるけど、一旦席について。…みんなは、どう思う?」

将司がムスッとしながら席についたのを確認し、他の二人の顔を交互に見る。
二人はしばらく黙っていたが、芽衣の右隣に座る小川由利がボソッと呟いた。

「今回はさ、今までとは状況が違うんだよね…」

将司がチッと舌打ちを鳴らす。

「僕たちだけの問題なら、それを解消してしまえば今まで通り続けていけるけど、今回は契約が絡んじゃってるから…」

「俺もそう思う」

今度は、ずっと黙っていた足立陸翔が組んでいた腕をほどきながら口を開いた。

「やっぱり契約結んだってことはそれなりに責任が生じるし、これ、仕事だから。俺は中途半端なまま続けても意味がないと思う。お前らが続けたいんなら、俺抜ける」

「お前が抜けたらどっちみちステエア終わりじゃん…」

陸翔の言葉に将司が項垂れた。どうやら観念したらしい。

「じゃあ、解散ってことでいいかな」

「それがいいよ、残念ではあるけどね」

芽衣の言葉に由利が頷いた。
その時、将司が何かを思いついたように一気に顔をあげると、「待って」と手を挙げて芽衣を見た。

「芽衣は?芽衣の気持ちまだ聞いてないじゃん。さっき事務所からのメール読み上げただけで」

あ、と芽衣は少し焦った。
なんとか周りに話を振って誤魔化そうとしていたのがバレて少し俯く。

「えっと…私は…」

そこまで言って、言葉に詰まったのだった。


読書も歌も好きな芽衣が歌詞づくりに没頭するようになったのは、簡単に考えても自然の流れだったと言える。
とはいえ、最初はインターネット上にいくつも転がっているフリーのインスト音源に勝手に歌詞をつけて遊んでいるだけだった。

転機があったとすれば、大学受験が目の前に迫った10月の中旬、そろそろ志望校を決定しろと担任に責められたときかなと思う。
「お前は何がやりたいのか」と聞く担任は、芽衣の表情を見ずに、高校三年間の芽衣の成績がグラフ化された資料とにらみ合いを続けていた。その時に芽衣は、大人は都合のいい生き物だなと悟った。それなら大人になりたくないと思った。だから「何もしなくていいので大人になりたくないです」と答えた。

いろいろあったものの、最終的には東京の名門私立大学へ進むことになった。勉強の成績も普段の生活態度も悪くはなかったので、先生は「私は何もしなくていいのです」という芽衣の意志よりも高校の実績を優先した。やっぱり大人は都合のいい生き物だなと悟った。「お前は何がやりたいのか」と聞いてきたのはそっちなのに、その答えに聞く耳を持たないのはあんまりだ。だから芽衣は、そんな大人になってはいけないと思った。

大学に入れば、周りはサークルやら部活やらバイトやらで一気に騒がしくなった。思った以上の混沌具合についていけなくなった芽衣は、一人で教室と家とバイト先を行ったり来たりする生活を送るようになった。そして、ちょうど同じ時期に同じような生活を送っていた将司と出会うのだ。

「あの…すみません、何してるんですか?」

その時にはもう、時間ができるたびに人の少ない広場のベンチでイヤホンから流れるインスト音源に合わせて歌詞を考えるのが日課になっていた。
将司が声をかけてきた日も、芽衣は噴水の近くのベンチで同じようにノートを広げて歌詞づくりをしていた。

「あの…あの!」

イヤホンをしていたので、かすかに聞こえる誰かが誰かを呼ぶ声がまさか自分に向かっていたものだとは思わなかった。そのために、目の前に人がいたことにまず驚いてイヤホンを外しながら肩が少し跳ねた。

「あ、すみません、驚かせましたね」

「い、いえ…」

この頃の将司はまだ完全に黒髪で、地味な眼鏡をしている「ザ・優等生」という印象だった。
今でこそ、金が混じる派手髪で自信満々の自称チャライケだが、彼の根本は真面目な紳士なのだ。

「俺、新井将司って言います。いつもここにいらっしゃるんですか?」

「まぁ、はい…」

「あの、少しご一緒しても?」

「あ、ど、どうぞ」

急いで広げていたノートを閉じて鞄にしまい、人が一人座れるほどのスペースを隣に確保する。
どうぞ、と手で合図を出すと、一礼して腰を下ろした。

「すみません、先程チラッと見えたのですけど、もし失礼でなければ。こちらで書いていたのは詩、ですか?それとも小説?」

あ、見えてたのか、と少し落胆する。将司がどのくらいまで見えたのか分からなかったが、半ば諦めて鞄にしまったノートを再び開いた。

「歌詞です。曲は作れないので、あくまで”歌詞もどき”ですけど」

「歌詞もどきですか、いいですね。…あ、読んでも?」

期待を含んだ目で見られて、仕方なく頷く。
隣に座られた状態で断るのもなかなかしにくいことだった。

「へぇ、面白いですね。…あの、提案なんですけど」

将司はもともと曲を作ることを趣味としていた。大学も情報系の学部に入り、PCを扱う情報をフル活用しながら作曲もしていくつもりらしかった。ただ、彼には一つだけ問題点がある。歌詞を考えるのにヒートアップし、毎回途中で萎えてしまうということだ。そこで、その分を芽衣が担えば、効率的に一曲を完成させることができる、という提案だった。


          To be continue…

#創作大賞2022

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