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【記事一部抜粋】クモに寄生し操るハチの正体とは

人を殺したり家に火をつけたり、いろいろな悪事を働いて死後に地獄へ落ちた男は、しかし、生前に一度だけクモを殺さず助けてやったことで、地獄の底から脱出するチャンスを与えられた――。
芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』で、御釈迦様が大泥棒・犍陀多(かんだた)の前に御下ろしなさったのが、極楽に生息するクモの糸である。この糸をつかんで、極楽まで登ってきなさい、というのである。
「クモの糸などで人が吊れるものか」と思うかもしれない。しかし、実際にクモがつくる糸は現代のわれわれが化学的に合成した高強度繊維に匹敵する強靱さをもっている。
防弾チョッキなどに使われるケブラー繊維は同じ重さの鋼鉄の5倍も強いとされているが、クモの糸は断面積あたりの強さでこのケブラー繊維に匹敵し、計算上、糸の直径が0.5ミリあれば体重60キロの人間を吊り下げることができるのだ。
血の池で浮かんだり沈んだりしていた犍陀多に見つけられた糸なら0.5ミリといわずそれなりの太さだったろうから、御釈迦様は決して考えなしにクモの糸をお使いになったというわけでもないのだろう。
クモは用途に合わせて複数の糸をつくり出す。強靱な糸、粘着性のある糸、弾力性のある糸等々、さまざまな性質や太さの糸をたくみに使い分けるのだ。
(略)
そんな糸の使い手を出し抜いて利用し、ただ死ぬよりもひどい運命にたたき落とす生物がいる。それが、クモヒメバチの仲間だ。
クモヒメバチはクモに寄生するハチである。寄生といっても、たいてい最後には宿主を殺してしまうので、その性質は捕食に近く、「捕食寄生」と呼ばれる。
クモヒメバチの雌は、宿主となるクモを発見すると産卵管を刺して一時的に麻酔をし、動かなくなったクモの体表に卵を産みつける。数日後に卵からふ化した幼虫は、クモの腹部に開けた穴から体液を吸い上げて成長していくが、すぐには宿主を殺さない。クモは幼虫を背負った状態で普段どおりに網を張り、餌を捕まえて食べている。
クモは自然界における強力なハンターであり、また、網という堅牢な要塞を構えているため、襲ってくる生き物はそう多くない。
クモヒメバチの幼虫は、そんなクモをボディガードとして利用し、また、自らもその恩恵を受ける要塞のメンテナンスをさせるために生かしておくのだ。
このように、宿主に一定程度の自由な生活を許す寄生バチは、「飼い殺し寄生バチ」とも呼ばれる。ただし、宿主を生かしておくのは、あくまでも自分にとって都合がいいからで、用済みになれば容赦なく殺してしまう。
クモヒメバチの場合、幼虫がいよいよ繭をつくって蛹になろうというタイミングで宿主の体液を吸い尽くして殺す。しかも、命を奪う直前に「最期のひと働き」までさせるものもいる。殺す直前のクモを操って、安全に蛹となって羽化をするための〝特製ベッド〞をつくらせるのである。
クモが普段張る網は飛翔昆虫などを見事に捕らえるが、そのぶん繊細で壊れやすいという欠点もある。だからクモは常に網のメンテナンスをしているのだが、この管理人が死んでしまった網ではハチは羽化するまでのあいだ繭の安全を維持できない。
そこで、クモヒメバチの幼虫は宿主を殺す前に操り、メンテナンスがされなくなってもしばらくは風雨などに耐えられる丈夫な網をしつらえさせるのだ。
この寄生虫が宿主を操作してつくらせる網のことを「操作網」という。クモヒメバチが宿主につくらせる操作網の構造や機能は、種によってさまざまだ。たとえばニールセンクモヒメバチという体長7ミリほどのハチが宿主のギンメッキゴミグモを操ってつくらせる網は、クモが通常脱皮する際に張る「休息網」という網と形状がよく似ている。そして、クモ本来の休息網よりもずっと頑丈なのだという。
(略)
ベッドメイキングを強いられるクモには、クモヒメバチの幼虫からなんらかの化学物質が注入されており、その作用によってクモが特定の状況下で行う網づくりが誘発されているらしい。
科学者が操作を受けた後のクモから幼虫を取り除くと、クモは徐々に正気を取り戻し、やがて元のような円網を張るまでに回復したという。おそらく体内の薬物濃度が下がったからだろう。薬漬けの悪夢から醒めたクモにとって、この科学者は御釈迦様に見えたにちがいない。
(略)
そういえば、芥川の創造した極楽にはクモがいたが、そこにはクモヒメバチも生息しているのだろうか。もしいるとすれば、そのクモヒメバチは極楽でもクモを薬漬けにして働かせ、用済みになれば殺すのだろうか。


出典:東洋経済ONLINE


以上です。

これからのワクチン禍時代とリンクさせて読んでみると面白いお話です。


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