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妹がツンデレ過ぎてまともな恋愛が出来ません! 第29話

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第29話「お兄ちゃんの前だけ…」その②

 麻衣が落合君とやらとデートしていた所為で、俺は一番最初に帰宅した。
 ああ、そうか。麻衣はまだあの男とおデートか。
 靴を脱ぎ捨てて少し暗い部屋に電気をつける。当たり前だが、家の中には誰も居ない。折角、栞とデートしてきたのに今の気分は最悪だ。

 何で俺が、全く知らないノーマークの男に嫉妬しなきゃなんねぇんだよ……!

 思わずソファーにあったクッションに八つ当たりしてしまった。ぼすんと殴られた四角いクッションがバウンドして勉強机の下まで転がる。

 俺がこんな気持ちになるのは全くもって変な話だ。大体、何で俺が嫉妬しなきゃいけねえんだよ。
 それに、どうせ麻衣が誰と付き合ったところで、『兄貴に関係ない』の一言で片付けられるのがわかりきっている。
 ああ、なんか無性にイライラする。
 見たくもないテレビをつけてソファーにどかっと座る。デカい声で無駄に笑いを誘う芸人の声が耳障りだった。いつもなら腹を抱えて笑う芸が全くつまらない。不貞腐れたままチャンネルを回しても興味のないものしかなかった。
 溜息をついてリモコンをテーブルの上に滑らせると、途中で雑誌にぶつかりそこで止まった。

 そういえば、最近麻衣が着る服の傾向が変わったような気がする。
 雑誌の対象年齢は多分、高校生くらいからだと思う。麻衣の年齢だと少し背伸び気味な、少し派手な服装が多い。
 ……とは言え、最近の小学生とかやたらおしゃれな格好してるし、テレビに出てるコもバッチリ化粧したりマセてんなあって思うくらいだから、これが早いかと言われたらそうでも無い。
 麻衣も高校生の下着やファッションを真似て、今よりも背伸びしたいお年頃なんだろうか。
 たかが3歳の違いと思っていたが、意外と3歳ってそう遠く無いのかも知れない。もう子供じゃないって事なのかな。

「……あれ、兄貴帰ってたの?」

 やばい、見つかる!
 俺は手に取った女性ファッション雑誌を元の場所に戻し、その横に置いてあった親父と共有している週間少年雑誌を手に取り適当にバラバラめくりはじめた。

「お、おぅ。お帰り麻衣」
「ただいま……」

 麻衣は少し困ったように視線を動かしていた。弘樹が言ってた何とかくんと多分買い物をしてきたのだろう。ファッションブランドの袋を抱いているのがチラリと見えた。

 ──ふぅん。しっかり男とデートして、楽しくショッピングか。麻衣もちょっと見ない間に成長したなあ。じゃあ俺が栞とデートしようがショッピングしようがいちいち無言で圧かけて文句言うなって言いたい。

 俺の横を無言のままスタスタ通り過ぎるのに無性に腹が立ち、視線は漫画に落としたままぽつりとつぶやく。

「男とデートしてきたんだって?」
「えっ……?」

 ぴくりと麻衣の動きが止まった。何でそんな事を知っているんだ?という目でこちらを見つめている。
 全く詮索するつもりなんて無いし、俺は雑誌に目を向けたまま麻衣に「良かったな」と呟いた。

「麻衣にもついに彼氏が出来たのか~。兄ちゃんは嬉しいぞ。これで麻衣も……」
「ッ……ば、馬鹿兄貴っ!!」



 やっと兄貴離れ出来るな。



 そう言おうとした言葉は、麻衣が投げつけてきた買い物袋によって遮られた。
 顔面にばしっとぶつけられた白いビニール袋と、俺が読んでいた少年雑誌がダブルパンチで降り注ぐ。

「ってえなあ……何だよ!」
「別に、兄貴に関係ないしっ!」



 あーそうですか。

 俺の中で何かの糸がふっつりと切れた。
 何だよ、麻衣の奴。今まで俺に散々構ってきた癖に。もう知らない。俺だって元々シスコンじゃねぇんだ。麻衣が誰とどーこーしていようがもう関わらないし何も聞かない。
 どうせこんなもんだよ、兄妹なんて。俺は弘樹んトコとは違う。

「あーあーそうですかよっ。もう二度と干渉しません。彼氏とお幸せになぁ、麻衣ちゃん」

 俺は投げつけられた白い袋をばしっと床に叩き付けるとソファーから身体を起こし、ヒリヒリする鼻頭を擦った。
 麻衣は唇を噛みしめたまま、その場に佇んでいる。何、何だよ。俺からどういう反応が欲しかったんだ? 

「……あのね」
「なんだよ」

 俺の機嫌は過去にない位最悪だった。せっかく栞とデートしてきたのに、結局は麻衣の所為でこんなにむしゃくしゃしている。
 何時もなら麻衣の方がツンツンしているのに、俺も相当冷たい言い方だったろう。だからなのか、麻衣もどう話したらいいのか分からない様子で俺が洗面所で顔を洗っている後ろをついて歩いた。

「落合先輩に、告白されたの」
「だから?」

 興味無さそうな返答をして顔を拭き、俺はまたソファーに戻ると大して面白くもない週刊誌をパラパラとめくった。
 麻衣は俺の反応にがっかりしたのか、俺に先ほど投げつけた袋を取り値札をハサミで切っていた。

『あのニットワンピース可愛いな』

『ニットって、毛がもさもさしてるから痒そう……』

『バカ野郎、ああいうフェミニンな服をこう可愛い子が着てるとなんだか守ってやりたくなるだろっ!』

『そういうものかなあ……』

 麻衣は男らしい。というかヒラヒラした服は着ない。せっかく胸はそこそこ大きいし、スタイルもいいのに色々隠していて勿体無い。
 まあ確かにあちこち見せつけて変な男がよだれを垂らして寄って来られても困るんだが……って、あのワンピース、こないだテレビに出てたアイドルの着てた奴じゃねえか。

「先輩に告白されて、デートして。それで、麻衣は返事したの?」

「べ、別に……彼氏……欲しいとか、そういうの……無いし」

 麻衣はぎゅっとニットワンピースを胸元で握りしめて顔を赤くしていた。
 自分に告白してきた男と一緒に、俺の好みの服を買い物に行くなんて、落合君も相当な当て馬だ。それが自分だったらきっと立ち直れないだろう。麻衣は、そういう行為に全く悪気が無い。

「そんで、デートして俺の好きな服買ってきたの?」
「ッ……べ、別に…兄貴の為に買ったんじゃないからっ!! た、たまには……その、イメージ、チェンジ」

 耳まで真っ赤にしながらキッチンに逃げるように向かう麻衣の後ろ姿を見つめて、俺は少しだけ顔を緩ませた。
 本当、麻衣は素直じゃない。学校のスカートでさえ嫌がる麻衣が、ニットワンピースなんてかなり高等なフェミニン服に手を出す訳がない。せいぜいイメージチェンジと言ってもキュロットかいつものジーパンやジャージをスカートに変更するくらいのレベルだろう。それくらいスカートは履かない。

 ヤバい、俺も弘樹の事を揶揄出来なさそうだ。今も無意識の中で麻衣と栞を比較しちまうなんて……。

 このままでは、まともな恋愛が出来ない。もしも栞に振られてしまったら、俺はきっと彼女はできないだろう。

 麻衣にはそのうち男が出来る。だから、俺は栞を、これからもずっと大切にしよう。そう固く心に決めたのであった。

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