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若く見られて困ってます

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本田すのうさまの下書き再生工場参加させて頂きます💖(o_ _)o))
元はコニシ木の子さんの「なんのはなしですか」から(*´艸`)



若く見られて困ってます


あんずちゃんって、いつも若いよねえ」

 いきつけの美容室で、わたしが担当するお客様が嬉しそうに話す。美容師をやっていて、こうやって若さを褒められるのは単純に嬉しい。
 わたしは美容師。かれこれ今の職場で働いてもう30年になる。魔法のヘアカットで、常連のお客様を若く、綺麗にする魔法をかけるのだ。

 お店の名前も『わかがえる』

 お客様がわたしの手で髪をうねらせ、新しいパーマをかけなおす。白と黒の混じる髪が、少しずつ明るいブラウンへと変わっていく。その様子を、鏡をみて満足そうに微笑むお客様は何度も、「そうそう、この色よ!」と喜ばれた。

「やっぱり杏ちゃんがいないとダメね。他の美容室にも浮気したけど、全然違ったの。髪に対する接し方も、カットも、白髪染めも」

「ありがとうございます。わたしは田中さんのこの髪が好きです。いつもより少し紫外線で傷んだ様子ですので、トリートメント変えておきますね」

「助かるわ。おすすめがあったら教えてね」

 そうしてまたお客様の髪にドライヤーをあて、紫外線でパサついた髪の毛に水分を含み、そして魔法をかける。

 この魔法は、わたしでないとダメなのだ。
 田中さんは今年で御歳96になるが、見た目は20歳くらい若い。
 気持ちよさそうに眠っている田中さんに魔法をかける。今日もお帰りする頃にはわかがえっているだろう。

 施術が終わったところで、田中さんはわたしに1枚の写真を取り出した。

「杏ちゃん、こんなにいい仕事しているのに、いつまでも独り身じゃあ大変でしょ?今度、都合のいい時にご飯だけでも一緒にどうかしら?」

「ありがとうございます。もう少し仕事を続けたいので、今は相手……という気持ちにはなれないんです」

「そう……」

 会計の後、寂しそうに背中を丸めた田中さんに申し訳なくて、わたしは写真だけお借りする事にした。
 田中さんの姿が見えなくなるまで手を振り、わたしは空っぽの店内に戻るとお借りした写真を見つめた。どう見ても20代前半と言ったところだろう。

 わかがえる。

 このお店はお客様をわかがえらせるコンセプトで、前社長が立ち上げた美容室だ。
 実際にこちらに来るお客様はみんな実年齢よりも遥かに若い。しかし、もうひとつ問題があった。



 なんと、スタッフまでわかがえってしまうのだ。



 「年齢詐欺と罵られた」「結婚相手に子どもにしか見えないと振られた」「若すぎて気持ち悪い」とのスタッフ間での酷評が相次ぎ、ひとり、またひとりと辞めていった。前社長も病気で現場復帰はできず、実際わたし1人で店を回しているようなものだ。
 それでも、地元から愛される高齢の方しか来ないので、比較的全てがゆっくりと自分のペースで行える。

「還暦のオバチャンと、20代の子でお見合いは厳しいわよねえ」

 微笑みを浮かべる青年と自分が並ぶ姿を想像して、わたしは思わず笑みが溢れた。
 これじゃあ、まるでかあちゃんと息子だよ。



 わたしは『わかがえる』で働く美容師。
 仕事はとても楽しいし、お客様との会話も問題ないし、やり甲斐もある仕事だ。

 ただ、解決できない問題を抱えている。

 今年で60歳。わたしに送られてくるのは、『わかがえる』で働き始めた30年前から“時が止まっている“若いわたしへの招待状。

 一体いつまでこの魔法は続くのだろう。流石にもう閉経したので結婚も恋愛も諦めたのだが、心臓の鼓動が止まるまで、わたしは今の外見のままなのか困惑しかない。


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#没ネタ
#短編

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