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妹がツンデレ過ぎてまともな恋愛が出来ません! 第31話

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第31話「ちっくん嫌いだよぉ~」

 クリスマスソングがかかってくるといよいよ俺の腰は重くなる。この重大なイベントシーズンに何が悲しくて妹と買い物になど……。

「はあ……虚しい」

 先日、俺は彼女に振られた。
 しかも、『私とお付き合いすると麻衣ちゃんが泣くから辛い』というとんでもない理由だ。
 そんな事を言われてしまったら、俺はこの先一生麻衣の顔色を伺わないといけないのか? そんなの冗談じゃねえ。
 俺だって普通の男だ。周りは「今年のクリスマスどうする?」という話で持ちきりだ。
 磯崎はまっち〜となんだかんだ上手く行ってるし、非リア充連合に戻った俺は弘樹と同じ方向性だと思う。
「お前らはいいな、彼女みたいな可愛い妹がいてよ。俺達は紙の世界から出てきてくれないんだぞ!」と言われても正直困る。
 俺だって別に麻衣が居るから困っていないわけじゃない。そもそも、麻衣とクリスマスのイベントを楽しく過ごした記憶はこの17年間で数える程度しかない。それも、あいつが大人しく俺の事を兄たんとか言って可愛く懐いていた時代の話だ。時代と言い退けても良いくらい、もう遠い遠い昔に感じる。

 俺は、栞に振られてもやっぱり彼女が欲しいという気持ちに変わりはない。
 いくら麻衣が可愛いとは言え、弘樹の家とは違い麻衣は「実の妹」だ。
 戸籍上でも絶対に結ばれることもないし、麻衣のこの暴走した感情は一時の思春期特有のものだと思っている。

 ──そう考えていたのだが、栞と別れてから麻衣の態度が若干変わってきた。
 ツンツンしていたと思いきや、突然可愛い笑顔を向けてくることがある。
 言葉尻は相変わらずキツイが、不意打ちのように見せる笑顔は本当に言葉に出来ないくらい可愛らしい。

 俺と反対側の道路を歩く仲睦まじいカップルを羨ましそうに見つめている麻衣の肩をトントンと叩いた。

「なぁ、麻衣。クリスマスプレゼント何が欲しい?」
「兄貴が、買ってくれるの?」

 うぐっ。痛いところを突かれる……。
 俺はバイトをしている訳では無いので、正直欲しいものを聞いても買う余裕なんて無い。
 弘樹が大学資金を稼ぐ為に同級生の両親がやってる喫茶店でバイトを始めたので、俺もそこに混ぜてもらえないかと提案したが、俺のようなガサツな奴はあまり向いてないと丁重にお断りされてしまった。
 あと一年。とにかく高校を卒業したら父さんの部下にくっついて土方業に行くつもりだ。それまではもしかしたら、恋人が出来ても何か喜ばせるものなんて買えないかも知れない。月のお小遣いと、父さんがパチンコかスロットで臨時収入ゲットした時しかお金入らないし。

 黙った俺を見て麻衣は「やっぱりね」と言い笑っていた。俺に甲斐性が無いのは仕方がないだろう。だって、バイトも出来る環境じゃねえし。

 ダウンジャケットのポケットに手を突っ込みクリスマスソングを聞いているとすれ違うリア充達が羨ましいなあとぼんやり感じてしまう。

「あ、可愛い……」
「ん~?」

 麻衣がふと足を止めたのは、とあるブランド店の展示品となっているインターロッキングペンダントだ。
 値段を見ると、俺のお小遣いでは買えない。

 へえ、麻衣もああいうものが好きなのか。

「いつか買ってやるな」と言い麻衣の髪を撫でると、「外で何すんだよ」と麻衣は顔を赤らめていた。

「べ、別に……自分でいつか買うもん」

 と拗ねていた。素直に買ってくれるの待ってるくらい言えばいいのに。まあ、すぐには実行出来そうもねえけど。

 母さんに頼まれたものを一通り買い、家へと戻る。お互いもう冬休みに突入しているので、買い物が終わったら部屋の大掃除へと突入する。
 俺と父さんで2DKの部屋の掃除。寝室は俺の担当で、父さんは母さん達の邪魔にならないようにリビングのソファーやローボードを動かしながら床のワックスかけをしていた。

 大掃除をすると昔のものがバラバラと出てくる。俺は寝室の奥に眠っていた昔の麻衣の写真を見つけてニヤニヤしていた。
 麻衣も小さい頃は俺によく懐いていた。
 今みたいに冷たい目もしないし、男らしく兄貴とか言わずに兄たんとか言って、目に入れても痛くない。可愛い妹だった。

『兄たん!』
『どうした? 麻衣……』
 びーびー泣く麻衣は定期検診と予防接種の日だったらしい。母さんが家に居る時点で聡い麻衣は病院に連れて行かれると理解していたのだろう。

『やだ! ちっくんやだ! ちっくんやだぁ! 病院嫌い!』

 麻衣を説得するのはかなり至難の業らしい。でも何故か俺の言う事は聞くので、俺は麻衣に目線を合わせて小さな頭をナデナデした。

『ん~……そうだなあ、じゃあ、ちっくん頑張ったら、オレが麻衣にご褒美あげる!』
『ごほーび?』

 何をあげるかなんて全く考えていなかったが、咄嗟に出たその言葉に麻衣は瞳をキラキラさせていた。

『うん。だから頑張ろうな、麻衣。オレがちゃんと側にいるからなっ!』
『わあい! ごほーび! 兄たんからのごほーびっ』

 写真だけで思い出せる、あの時の可愛い麻衣。
 小児科の先生が予防注射の針を向けた瞬間、麻衣はびーびー啼き喚いて大暴れした挙句押さえつけてきた看護師に噛みつき蹴り飛ばし、俺の胸にぴったりとしがみついて離れなかった。
 本来なら母親にしがみつく筈なのだが、俺から全く離れてくれなかったので、医者の勧めもあり俺も一緒にそのまま丸椅子に座らされた。
 麻衣は最後まで俺から離れなくて本当に苦労したらしい。そんな話を以前母さんから訊かされた。俺は多分、麻衣の頭をナデナデして落ち着かせただけだと思うけど。

「何してんの?兄貴」

 なかなか部屋掃除が進まない俺を見かねた麻衣がキッチンから部屋掃除に回ってきた。
 古いアルバムを広げてそれをじっくり眺めている姿をいつもの冷たい目で睨まれる。

「ああ、昔の麻衣は可愛かったなぁ。予防注射に行くと必ず俺に抱き着いて嫌々って泣いてたもんな」
「……覚えてないけど、そんなの」
「『兄たん、痛かったぁ~。マイたん、ちっくん嫌いだよぉ~』ってな。俺にいいこいいこされるとピタっと泣き止んで……」

 しみじみと思い出に浸っていると、目の前で仁王立ちしていた麻衣がふるふると怒りに拳を震わせていた。

「い、いいから! さっさと部屋を片付けてよっ!」

 お叱りだけなら可愛いものの、強烈なストレートまで俺に食らわしてきた。

 ──本当に、昔の麻衣は可愛かった。
 今みたいに狂暴では無かったし、俺にいつもしがみついてニコニコ微笑んでいた。そうだ、雪ちゃんよりも笑っていたかも知れない。
 お人形のように可愛くて、俺を慕って……。

 あれ、いつから麻衣はツンデレになったんだろう。もしかして、これは俺の所為なのか?

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