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妹がツンデレ過ぎてまともな恋愛が出来ません! 第32話
第32話「どうせ、ついでだしっ!?」
「兄貴、ちょっと頼みがあるんだけど」
思わず俺はソファーから読みかけの雑誌を落とした。口はだらしなく開いたまま塞がらない。
え、俺、今起きてる? もしかして、これは夢なのか?
だって麻衣からのお願いだぞ、今日は東京も大雪の日だったか、と思わず窓を開けてスマホの天気予報を二度見してしまった。慌ただしい俺の様子に、麻衣の眉がぴくりと動く。
「……嫌ならいい」
「待て! 待て! 何だ何だ麻衣。いや、お兄ちゃんを頼ってくれるなんて、嬉しいなぁと思って」
溜息をついてくるりと背中を向けた麻衣のトレーナーを縋るようにぐいぐいと引っ張った。なんたって、これから先、一生に一度あるか無いか分からないくらいの「お願い」だ。しかも、わざわざ俺をご指名ときたもんだ。やれる事なら何でもしてやるぞ!
「……冬休みの課題で、編み物を作らないといけなくて……ちょっと長さ測らせてくれる?」
「なんだ、そんな事かよ。そんなのお安い御用だ」
俺は大人しく再びソファーに座り、麻衣が持っているメジャーに身を委ねた。しかし麻衣が編み物ねえ……確かに俺と違って手先も器用だし、そういうのは得意そうだ。
女子力って言うんだっけ? そういうの。確か、麻衣の通うS女学校では冬休みの課題で毎年手作り系の自由研究のようなものを発表していた気がする。去年は母さん直伝の秘伝のおでんレシピだったか。
テレビを見ながらそんな事をぼんやり考えていると、何かを測り終えた麻衣が何かぶつぶつ考え事をしながら紙にイラストと数字と色を書いていた。
「あと、毛糸……買いに行きたいんだけど……」
「じゃあ行くか。こっからだったら駅の南口にある毛糸屋さんがいいんじゃねえかな」
俺は財布と携帯を持ち、ソファーからゆっくりと立ち上がった。部屋着のままだったの服を脱いで着替える。
俺がいきなり裸になった事に驚いた麻衣は顔を赤らめてくるりと後ろを向いた。なんだ? 俺の裸なんて別に見慣れてるだろうに。
あ、そうか。麻衣はいくら俺が兄貴だと言っても一応思春期の女の子だ。ちょいと刺激が強かったのかな?
麻衣と一緒に向かった毛糸屋は、手芸専門で扱っている店で、毛糸だけではなくフェルトや針、裁縫道具やコスプレ衣装作成に必要な物や何に使うのかよく解らない物まで多種多様に揃っていた。
そしてこの冬のシーズン。手編みのなんちゃらを作ろうとする女子が多い為、狭い店内はとても歩ける状態では無かった。
俺みたいな男が居るだけでかなり異質な感じだったのだが、麻衣は他人の好奇の眼差しは一切気にしない。
俺も赤の他人から何を言われても別に気にしないので、ここは麻衣が望む毛糸を見つけるまで一緒に店内を歩く。
「これ、いいんじゃねえか?」
ふと手に取ったのは触り心地の良い毛糸。アクリル100%であるにも関わらず、軽いしチクチクする感じがない。麻衣も近づいてきてその毛糸をふと手にとった。
「……兄貴は、マフラー嫌い?」
「ん〜、そんなに寒くないからあまりつけねえし、わざわざ金出して買う程ではないよな。でも1、2月がちょいと肌寒いからあったら嬉しいけど」
「ふぅん」
麻衣が何を思ったのか分からないが、俺がいいんじゃねえかと言った毛玉を2個買い、さらにグレーと濃紺の毛糸も購入していた。そんなに沢山提出しなきゃいけねえのか。意外と手編みって大変なんだな。
帰宅してからの麻衣は慣れない編み物に苦しみ何度もやり直しをしていた。
仕事を終えて帰宅した母に教わり、ただ黙々とマフラーを作っている。
母は昔から手編みは慣れているので、手早い手つきで父さんにあげる予定のマフラーを完成させた。麻衣の方はまだ当分かかりそうだ。
「ねえ麻衣ちゃん、それ手伝おうか?」
「ダメっ! こ、これは、課題だし……私一人で作るから……!」
「そう? 本当に真面目ねぇ、麻衣ちゃんは」
提出する課題とは言え、少しくらい母親に手伝ってもらっても問題無いと思うのは、俺がずるいのだろうか?
テレビを見ていたらそのままソファーでうたた寝していたらしい。1メートルくらい編み終えた麻衣が少し疲れた顔をして編み途中のマフラーを俺の首にそっと当てた。
「どうした?」
「……まだ足りない」
俺の長さを測っていたけど、長いマフラーが必要なのだろうか。とは言え、麻衣はあまり夜更かしするタイプではない。今もゴシゴシ眠い目をこすっていた。
どうしてマフラーを編むことに拘るのだろう。それに課題なんて提出する事に意味があるわけで、別に仕上げくらい母さんに頼んだ所で誰に怒られるわけでも無いはず。
「真面目だなあ。母さんに手伝ってもらえば?」
「ち、違う……これは、私がやんなきゃダメなの……」
「そうか? まぁ、無理すんなよ。ちゃんと寝ろよ」
頑なに母の協力を拒む麻衣に、俺からそれ以上声をかけてやる事は出来ない。
布団に寝転がりながらリビングに視線を向けるとその後も遅くまで麻衣はずっと編み物を続けていた。
翌朝、麻衣が「出来た……!」と満面の笑みで作り上げたマフラーは2回くらい首に巻ける長さで、作り手の性格を表したような丁寧な編み込みだった。完璧な縫い目はずれが無い。
少しだけドヤ顔になっていた麻衣は俺の首にそのマフラーを巻き付けた。
「お、完成したのか?」
「うん。課題だからね」
出来栄えも満足なのか、麻衣の表情は穏やかでいつもより機嫌も良かった。俺はその温かいマフラーを首に巻き付けたまま、念のためこれをどうするのか確認する。
「……で、俺にくれるの? コレ」
「つ、つ、ついでに作っただけだからっ! 提出する課題だしっ!」
俺の首の長さと身長まで測って、おまけに一緒に毛糸まで買いに行って、これって俺が選んだ色じゃん。しかも失敗しても困らないようにわざわざ多く買って、肝心の課題の方はまだ手付かず。それで「ついで」は流石に言い訳として苦しいぞ麻衣……。
でもまぁ、その「ついで」って奴を今は甘んじて受け入れよう。
「ありがとな、麻衣。『ついで』でいいもん作ってくれて。大切にするよ」
「べ、別に……つ、つけなくてもいいんだけど。どうせ、ついでだし!」
「はいはい。『ついで』で作ってくれてありがとな。寒くなるし、これから毎日つけるよ?」
素直じゃない麻衣はまだ「ついでだし!」と繰り返し、頬を赤らめていた。
全く、いつになったら「俺の為に作った」と言ってくれるんだろう。
麻衣が素直な気持ちでプレゼントしてくれないから、こちらも喜びの表現に困る。
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