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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第42話 これから【完】


 雪ちゃんの妊娠は半年前に判明されていたのだが、安定期を待ってこの企画をずっと考えていたらしい。
 私と忍は妊娠中のナイーブな時期に散々雨宮夫婦に迷惑をかけてしまった。妊婦を夜中に走り回らせたり、弘樹さんから赤裸々に語られる仰天エピソードにはもう苦笑するしか無かった。

 次に話し始めた彩は大学を突然中退した私を心配してずっと行方を探してくれていたらしい。
 お互いその間に携帯電話が変わり、電話帳をを移動させるのを忘れてしまい連絡を取る手段が無かったのだ。
 彼女がもし小野田さんと結婚していなければ、再会する事は無かったかも知れない。それくらいの偶然だった。

「ウェディングドレスはどこから?」

 流石に昔から身長や体型が変わらないとは言え、こうまでピッタリなサイズのウェディングドレスをすぐに手に入れられるとは思えない。 
 本当に彩が子供を産んだ後に体重が落ちなくて着れないのかと思っていたが、そのドレスを調達したのは何と弘樹さんと小野田さんだったらしい。

「麻衣、嘘ついてごめんね。実は2年前にちゃんと結婚式してるんだ私達。それに、雪ちゃんもみんなに祝ってもらって盛大にやったじゃない。なのに、麻衣だけそれが無いのは不公平じゃん」

 彩の気遣いは嬉しいが、雨宮夫婦と私達では条件が全く違う。

 雪ちゃんは長年弘樹さんと一緒に住んでいたが、戸籍上兄妹にならない。
 仕事の都合で何度も苗字をいじりたく無かった新しい母──雪ちゃんのお母さんが雨宮家に籍を入れていなかったからだ。
 便宜上昔から二人は義兄妹と言っていたが、実際はただの同居人であり、血縁関係は一切無い。最初は周囲からかなり訝しがられたものの、結局全ては戸籍が優先される。

 私とてそれを理解していないわけでは無い。忍と一緒になる事は世間にも、誰にも認められない。下手すると忍が捕まる可能性だってあり得る。──特にあの母さんに見つかってしまった時の恐怖は想像すらしたくない。

「実は麻衣ちゃんのサイズが分からなくて、田畑に聞いても知らないって言うし……仕方ないから小野田に無理矢理協力してもらったんだ。昔から麻衣ちゃんと彩ちゃんが同じくらいの身長と体型だって言うから。これは賭けだったけど、ピッタリだね」

 弘樹さんの言葉に私は顔を赤らめた。自分の知らない所で男性陣にスリーサイズがバレバレなのは恥ずかしいどころの話ではない。

「麻衣ちゃん、雪は麻衣ちゃんの事が大好き。だからね、幸せになって欲しいの。雪がずっとずっとひろちゃんを追いかけて、2人を振り回して迷惑かけたのに、麻衣ちゃんはずっと応援してくれて、今こんなに幸せにしてくれた。今度は、雪が麻衣ちゃんを応援する番だよ」

「しのぶう、まいたんを泣かせるなよお」

 何故か蒼空ちゃんが鼻水を垂らして泣いていた。全く素直ではないが、蒼空ちゃんは忍の事が大好きなのだろう。彼女を見ているとまるで昔の自分を思い出す。

「忍、蒼空ちゃんを抱っこしてあげて?」

「ったく、しょうがねえお姫様だこと……」

 忍はやれやれと溜息を吐き、泣いている蒼空ちゃんを抱きかかえた。すぐに嬉しそうに微笑んだ蒼空ちゃんの顔を見て私も自然に笑みが零れる。

「麻衣はやっぱり昔っから忍さんの事大好きだったんだね。あんなにいい笑顔、今まであたし達に見せた事無かったのに」

「そりゃそうだよ! 麻衣ちゃんは昔っから忍ちゃんの事大好きだよ。雪がひろちゃんにベタベタしてるとヨダレ垂らしそうなくらい羨ましそうな顔してたもん」

「ちょ、ちょっと! そこの2人。ある事ない事勝手に言わないで!」

「ええ〜、だってひろちゃんに『忍ちゃんに素直になれないんだけど、どうしたらいい』って聞きに来てたじゃない?」

「ゆ、雪ちゃん、そんな昔の事思い出さないでっ……!」

 何とか雪ちゃんの口を塞ぎたくても着慣れないドレスの裾が邪魔して近づく事すら出来ない。
 歯がゆいまま何とか前進すると、肩口に忍の顔がぽすんと乗せられた。
 先ほどまで忍に抱きあげられていた蒼空ちゃんは満足したようで、今はパパの足元に戻り小野田さんが作ってくれたケーキを幸せそうに食べている。
 いつも落ち着かない大輝くんもやけに大人しいのは、甘いもの食べ放題のようなこの環境だからだろう。

「へぇ〜、雪ちゃん。そのエピソードについて詳しくよろしく」

「うん、いいよお。えっとね〜」

 何故天然でいつも大切な事をすぐ忘れる雪ちゃんはどうでもいいエピソードをしっかり覚えているのだろう。
 彩も小野田さんも雪ちゃんの話を興味津々に聞いている。ああもう、穴があったら入りたい……。
 雪ちゃんのよく動く口を何とか塞ぎたかったのに、私は後ろから忍に抱きしめられたままでその場から一切動けなくなっていた。

 その後もまるで公開処刑のように、私が中学の頃から忍へ対する想いをあちこちへぶつけていた事実を雪ちゃんに全て暴露された。その話に一番感動していたのは小野田さんだ。

「本当、麻衣ちゃんはすごい意思の強さだよ! いや正直な話、忍にそこまでの魅力があるとは……」

「おいコラ慎吾。言っていい事と悪い事がだなあ……」

「でも麻衣ちゃん、今ならまだ間に合う。本当に考え直した方がいいぞ? こいつは昔っからあちこちの女と遊んでいるし、この性格に容姿だろ? すげーモテるんだ」

 小野田さんに改めて忍がモテる事を言われたが、それは昔から十分過ぎるほど知っている。
 今までに何人、何十人以上の女達が忍に群がったが、私はそれを自分に出来る範囲で追い払ってきた。
 昔、忍が羽球をやってた時なんて私設ファンクラブがあったほどだ。

「慎吾ちゃん、麻衣ちゃんは大丈夫だよお。だってね、麻衣ちゃん忍ちゃんに女の子が寄ってくると──」

「わ、わっ。もうダメ! 雪ちゃんお願い、それ以上言わないで〜っ!!」

「あははっ超面白い! クールな麻衣がこんなに振り回されてる姿、レア過ぎ」

 ケラケラ笑う彩に、私の行ってきたとんでもない女ファン達撃退法を語ろうとする雪ちゃん。
 まさかこの数ヶ月間、弘樹さんを忍との件で散々振り回してしまった報復を今ここでしているのだろうか? と疑いたくなるくらい雪ちゃんの舌がよく回る。

「何だ、俺ってめっちゃ麻衣に愛されてたんだな」

「うっそ、まさか忍さん……麻衣のとんでもない愛情を今さら知ったの? それって、弘樹さんよりも鈍感過ぎじゃない……?」

「あらヤダ! 弘樹よりもアタシの方が鈍感だなんて心外だわ」

「麻衣ちゃんは頭がいいから、絶対に忍ちゃんに自分の気持ちをバレないように周辺からガチガチに固めていくスタイルだもん。そりゃ気づかないよね〜?」

 何故かオネエの口調で雪ちゃんと意気投合している忍に私は眩暈を覚えた。この場に私の味方はいない。祝福して貰えるのは嬉しいが、恥ずかしさは拭えない。

「んじゃ、そういう可愛い麻衣の気持ちを知った所で……」

「えっ……ええ!?」

 先程は蒼空ちゃんだから軽々抱き上げていたが、今度は私の腰に手を回し姫抱きしてきた。 
 突然足が宙に浮いたので、私は慌てて忍の首元にしがみついた。

「俺はこんなにも優しくて賢い友人達に囲まれて、今、人生で一番幸せだ。勿論ガキは作れねえし、結局何も変わらない。実家が無くならない限り一緒に住む事もできねえ。それでも、俺は麻衣を絶対に幸せにしたい。これからも、不慣れな俺“達“をよろしく頼む!」

 慌てて私も抱きしめられたまま頭を下げた。多分、幻覚だろうが忍の言葉に今この場に居る人数以上の拍手が聞こえたような気がした。

「忍……」

「麻衣、──愛してる」

「わ、私……忍が……」

 好き、愛してる。多分、言葉だけでは表現できない。
 私は忍でないとダメなのだ。忍以外の男は考えられない。例え、この先2人の間に苦難しかなくても。

「まいたん! 仲直りのちゅーだっ!」

 ケーキを口いっぱい頬張った大輝くんが乱入してきた。喧嘩して泣いているわけじゃないのに、いつも大輝くんに誤解される。
 苦笑した忍はしょうがねえなと嬉しそうに呟き、そのまま私にキスをした。

「忍……私、本当に幸せだよ」

 これから先、忍は今の“通い夫スタイル“から変わる事は無いだろう。もしかしたら、この先忍に別の女が寄り付くかも知れない。

 それでも構わない。

 こうやって忍が私を愛してくれて、短い時間でも私の側に居てくれる。



 愛の形は人それぞれだ。

 私達の関係は決して誰から褒められるものでも認められるものでもないが、ひとつだけ確かな事がある。

 それは──。




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