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妹がツンデレ過ぎてまともな恋愛が出来ません! 第34話

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第34話「それでも、やっぱり」

 2月と言えば、甘い甘い大、大イベントが待っている!!!

 1月の後半くらいからコンビニには例の特設コーナーが変わり始める。あれを見ると今年は義理以外ももらえるだろうか?なんて胸が踊る。
 とは言え、最近は自分用に高いチョコを買う女の子が増えているらしいので、今年は義理ですら貰えないのではないかと少しだけ不安になる。

「さあて、今年の雨宮先輩はいくつもらうかな?」

 俺はニヤニヤしながら、毎年大量のチョコレートを貰う弘樹を見つめた。
 弘樹は甘い物が苦手なのに、毎年靴箱や机の中、直接呼び出しなど、100個近いチョコレートを貰っている。しかも義理というレベルじゃない。恐ろしい事に殆ど本命だ。

 別に部活動に入っている訳でもないこの王子様は漫画みたいな容姿と、文化祭の『執事かふぇ』がとんでもない人気を称し、オタク女子を始め、サッカー部のイケメンである雄介よりも人気が高い。

 俺も羽球やってた時はそれなりに貰っていたんだが、柿崎ちゃんが田畑先輩にチョコレートを渡すと麻衣ちゃんが怒るからだめ!    とか意味の分からないことを言っているらしい。
 残念だが、あちらからのチョコは期待出来そうもない。
 別に好きでもない子から貰っても、お返しとか面倒だし。そういや、弘樹ってどうしてるのかな。

「なあ、弘樹。お前ってその、貰ったやつどうしてんの?」
「うちは、雪と父さんが甘いもの好きだから食べるよ」
「いや、そうじゃなくて……お返し的な?」
「あー……去年、それが大変な事に……」

 弘樹は本当に困っている様子だった。こいつは見た目通り真面目な人間で、誰に対しても態度を変える事がない。だから押しにも弱いし、なかなか断る事も出来ない。
 名前のないチョコレートにはお返しできなかったらしいが、手紙をつけてくれた子には、全員対応したらしい。100人近く対応したって、お前神かよ。

 女子へのお返しは全員一律で、ありきたりなクッキーだ。頂いたものの半額以下くらいの値段らしいのだが、弘樹に呼び出された女子達は「雨宮先輩に声をかけてもらえた」「尊い……!」と口々に話し、失神した者まで続出したらしい。

 去年の経験を踏まえて、今年はロッカーや靴箱、机の中に何も入れられないようにするべきか、それともそのまま様子を見るか本気で悩んでいるようだった。

「ふーん、イケメンも大変だなあ」

「いや、田畑だって麻衣ちゃんの牽制が無ければ……!」

「麻衣?」

 飲みかけのジュースを飲みきった所で弘樹は何故か口を閉ざした。麻衣が俺に誰かからチョコレート貰わないように根回ししてるって事か? いやいや、彼女が欲しい俺としてはチョコ貰いたいよ。甘いもの大好きだし。

「何でもない。田畑は、麻衣ちゃんから貰わないのか?」

「うちはそういうのねーよ。麻衣は、料理はうまいけど、お菓子は苦手なんだとさ。雪ちゃんはスゲーよな、チーズケーキだっけ?    麻衣がこないだサンプル貰って感動してたぜ」

 俺も一口だけ貰ったが、雪ちゃんが麻衣にくれたチーズケーキはフワフワで絶妙な甘さで口の中でとろけた。プロ顔負けのスポンジをフォークで何度も突いたら麻衣に「はしたない」って怒られたな。最近の麻衣は母さんよりも煩い。

「あぁ、雪は元々お菓子作りが好きだからね。バレンタインは友達の分も作るみたいで大量に作ってるよ。田畑にもあげようか?」

「お前なあ……それって、雪ちゃんがお前の為に愛情たっぷりで作るやつだろう?    愛のお裾分けは嬉しいけど……」

 弘樹は天然で鈍感だ。雪ちゃんは弘樹がチョコレートを食べられないのを知っているからあの甘さのチーズケーキに行き着いたのだろう。


 そんな話をした後、自宅の玄関に麻衣以外の靴があることに気づく。ふわんと甘い香りがリビング全体に広がっていた。キッチンを覗くと2人の女子が可愛い白のエプロンをつけて仲良くお菓子を作っていた。

「ただいま〜。あれ、雪ちゃんいらっしゃい」

「あ、兄貴っ!?    は、早い、ね」

「あっ。お兄ちゃん! お邪魔してま〜す」

 動揺する麻衣と、天使のように柔らかい笑みを向ける雪ちゃん。
 麻衣は何故か持っていたボウルを慌てて隠したが匂いで分かる。これは、間違いなくチョコレートだ。いや、チョコレートの匂いくらい誰でも分かるか。

「2人で何作ってるんだ?」
「フォンダンショコラだよ」

 真っ赤になって俯く麻衣の代わりに雪ちゃんが教えてくれたが、何故か麻衣はソワソワしていた。まるで俺がここに居ると困る様子で。

「へえ〜、誰か好きなやつに作るの?」

「うん! ユキはね、ひろちゃんの大好きなチーズケーキだよ」

 まあ聞くまでもない。雪ちゃんのブラコンレベルは神がかっている。こうまで義兄を好きだと大っぴらに言える彼女は本当に逞しいと思う。

「……まあ、弘樹は甘いもの食べると鼻血出すからな」

 そんなやりとりをしていると、麻衣がちょいちょいと、雪ちゃんのエプロンを引っ張った。普段のほんわか雪ちゃんからは想像出来ないような手際の良さと丁寧な説明を麻衣は必死にノートにメモしていた。

「後は、170度で1時間蒸し焼きにして、出来たら粗熱を取って、1時間冷蔵庫の中で終わり。食べる時にまた温めると完成だよっ」

「雪ちゃんありがとう……やってみる」

「えへへ、マイちゃんにはお世話なってるから、いくらでも! あと、ユキもそろそろ帰るね。お兄ちゃん、またねぇ」

「おう、気をつけてな」

 雪ちゃんはエプロンをバックにしまい、玄関へ駆けて行った。台風の目のように慌ただしい子だ。
 俺は再びキッチンに視線を泳がせ、少しずつ強くなってきた甘い香りに鼻を鳴らす。

「麻衣、チョコレートの匂い……」

「ま、まだ出来てないし勝手に食べないでよ?」

「ふーん。麻衣がお菓子ねえ……」

 どういう風の吹き回しなのか、と思う。去年までは一切手作りお菓子なんて興味も見せなかったのに。
 ただ、イベントに敏感な麻衣は毎年俺と父さんの分のチョコレートをそっとテーブルの上に置いていた。

「……つ、ついでだから。作ろうと思っただけ!」

 何のついでに作っているのか分からないが、麻衣は出来上がった試作品のフォンダンショコラを俺と父さんに食わしてくれた。
 雪ちゃんのレシピはまるで本物のパティシエのようだった。チョコレートの程よいほろ苦さと甘さが活かされた、ガナッシュとも、ガトーショコラとも言えない甘さと舌でとろける中のチョコの味が違い色々楽しめる絶妙な味だった。

 2月14日。

 麻衣はバレンタイン当日に、綺麗にラッピングしたフォンダンショコラを、テーブルに忘れて学校へ行った。
 俺は麻衣がそれを誰に渡すのか分かっていたので、敢えて忘れているぞ、と声はかけなかった。

 麻衣が帰ってきたら、どんな反応を見せてくれるのか楽しみだ。

 俺が大好きなフォンダンショコラを、わざわざ雪ちゃんに教えてもらい密かに何度も練習して作っていたこと。
 多分、麻衣が帰宅しての第一声は「本当は違う人にあげるつもりだったけど、家に忘れたから食べていいよ」だろう。

 ツンデレな麻衣の言葉を予測するとついニヤニヤしてしまう俺は、やっぱり弘樹の事をバカに出来ないくらいのシスコンなのかもしれない。



 俺の妹はツンデレで、でもって時々ヤンデレで、昔から俺の事が大好きで、その気持ちは恐ろしく一途で、何も変わっちゃいない。

 麻衣の今後を考えると、もっといい男が出来るんじゃないか?とか、兄貴として俺が先に麻衣から離れた方が良いのでは?   とか色々考えてみたけど今更離れるのも面倒くさい。

 この先、もし麻衣に彼氏が出来たら、俺も本気で彼女を探そう。

 それまでは、ダメ兄貴と、ブラコン妹との関係でいいや。

 麻衣はツンデレでヤンデレで、時々めちゃくちゃ可愛くて。俺はまともな恋愛が出来ないダメ兄貴だけど、許してくれよな。

【おわり】   ★            マガジン

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