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ミュータント・ザ・クインテット 第2話

 MSAから車で二十分ほどの住宅地に大きくそびえ立つ屋敷。異能力の名家・遊行寺ゆぎょうじ家のものだ。車を近くのコインパーキングに停め、真白と赤井は屋敷を目指し歩く。
 
「赤井、遊行寺とは面識があるんだっけ?」
「同級生でした。ってもあまり話したことはないですけど。顔と名前と能力は知っているくらいです」
 
 真白は手元の資料をめくった。
 遊行寺黄帆きほ、二十五歳。MSS第六十二期卒業生で、異能力は『幻影』。自らの中に住まうイマジナリーフレンドを操る能力を持つ。
 
「イマジナリーフレンド、ねぇ。戦力になるのか?」
「まぁ、プランQに呼ばれてるくらいですし。何かあるんでしょうね」
 
 真白は不安を抱きつつ遊行寺邸の門をくぐった。だが、その足取りは一人の青年によって止められた。
 
「おい。お前ら、黄帆に用があって来たんだな? 生憎黄帆はプランQへの参加を渋っていてな。その代わりに、僕を連れて行くといい」
「ていうか、お前誰だよ」
「申し遅れた。僕は遊行寺家長男、遊行寺黄輝こうき! 黄帆の兄だ! 異能力は『命樹めいじゅ』、木や小枝を変形させる能力だ! 武器も作れるからプランQのメンバーとしてうってつけだぞ!」
 
 明らかに近隣に聞こえる声で高らかに自己紹介をする黄輝。だが、真白と赤井の反応は冷ややかだ。
 
「おいどうした! せっかくこの僕がプレゼンしているというのに、どうして何も言ってくれないんだ!?」
「俺たちは妹に会いに来た。だから諦めてくれ」
「そうですよ。お兄さんは連れて行けないんで、すいません」

 熱いプレゼンを行う黄輝をスルーし、真白と赤井は再び黄帆を探し始めた。しかし、彼女の姿はどこにもなかった。
 
「お兄さん以外誰もいないのかな...…?」
 
 ぼやく赤井をよそに、真白の目はある人物に釘付けになっていた。
 
「どうしたんですか、先輩?」

 真白の視線の先には軽貨物車から大きな花籠を下ろしている、パーカーにチノパンというカジュアルな出で立ちの青年。身長が高くがっしりした体格だが、柔和な雰囲気を漂わせている。
 
緑川八雲みどりかわやくも!? 何でここに?」
「さあな。事情は知らんが、あいつの家にも召集令状が届いてるしプランQのことだって知っているはずだ。ちょっと声かけてくる」
 
 真白は八雲の元へ駆け寄る。八雲は真白に気づく様子がなく、作業に集中している。
 
「緑川八雲だな? MSAの者だ。一緒に来てもらう」
「ひぇっ!? な、何ですか、急に」
「お前の家に送っただろ、召集令状。お前はプランQのメンバーに選ばれた。早急に来てくれ」
「いや、ちょっと待ってくださいよ。何のことか、僕にはさっぱり」
「……もしかして、召集令状が届いていない?」
「召集令状? さあ、見てないですけど」
 
 おかしい。召集令状は確かに送ったはずなのに、八雲は知らないと言っている。帰ったら確認しよう。真白が疑いを向けていると、八雲が尋ねてきた。
 
「あの、僕何かしました?」
「ああ、とにかくな、お前は選ばれたんだ。プランQのメンバーにな。俺たちにはお前の力が必要なんだ」
 
 一方的に喋る真白をじっと見つめる八雲。内容を咀嚼そしゃくし理解しようとしているようだ。
 
「え~? そんな急に言われてもなぁ。僕、仕事あるし」
 
 八雲の足元にある大量の花籠には、色とりどりの花が咲いている。彼の家は緑川園芸という古くからある生花店だ。
 
「あ、これですか? 遊行寺さん、昔からウチを使ってくれてるんです」
「へぇ。じゃあ黄帆のことも知っているな?」
「はい。探してるなら部屋まで案内しますよ。その代わり、これを持ってってもらえると助かります」
 
 八雲は二人分の花籠を下ろし、真白と赤井の足元に置く。
 
「これはどこに持っていくんだ?」
「一階の応接室にお願いします。それが終わったら黄帆ちゃんのところに案内します」

 八雲はMSS第五十七期卒業生で『猛獣』の異能力を持つ。金木犀きんもくせいの香りを嗅ぐと動物並みの体力・視力・聴覚を得ることが出来、格闘術の心得もあることからプランQのメンバーに選出された。
 
「ところで、なんで黄帆ちゃんが選ばれたの?」
「今回の計画に合っているからだ。ていうか、お前も選ばれているのに何で他人事なんだよ」
「いや、MSAからの郵便物なんて見てないし。知らないもん」
「もしかしたら、間違って捨てられたのかも。もう一回送りますね」
 
 八雲は何か隠しているのではないか。真白は彼に疑いを向ける。
 
「あ、ここだよ。そっちの籠ちょうだい」
 
 八雲は赤井から花籠を受け取ると、慣れた手つきで花を生け始めた。
 
「さすが花屋の息子だな。花が活き活きしている」
「僕はまだまだだよ。父さんには及ばない」
「またまた、謙遜しちゃって! もっと自信持ちなよ!」
 
 少し低い女性の声。真白とも赤井とも違うその声の主は、二人が探していた人物だった。
 
「黄帆ちゃん、ちょうどよかった! この二人が用があるって!」
 
 よっ、久しぶりと手を上げる赤井に対し、召集令状を黄帆の目の前に突き出す真白。その姿は、逮捕状を掲げる刑事のようだ。
 
「遊行寺黄帆。お前はプランQのメンバーに選ばれた。俺たちと一緒に来てもらう」
 
 召集令状をまじまじと見つめる黄帆。一言一句を確認し、うんうんと頷く。
 
「ああ、その件ね! 見たよ。で、メンバーはこの三人?」
「ああ。だが、約一名令状が届いていないと言う奴がいてな」
「だって知らないもん。ってことで、僕は仕事に戻っていいよね? 戻るからね! じゃあね!」
「あっ、ヤックル! お母さんがお土産あるから終わったら取りに来てって!」
 
 八雲はOKのハンドサインを出し、応接室を後にした。
 
「ヤックル?」
「八雲をもじってヤックルって呼んでるの。小さい頃からの付き合いだからね。ヤックルもプランQのメンバーなの?」
「ああ。だが、令状が届いていないとしらを切るんだ。お前からも何とか言っといてくれ」
「わかった。でも、ヤックルは来ないかも。力を使いたがらないし」
「え、何で?」
「見つけたぞぉぉぉぉ!!」
 
 赤井が疑問を口にした瞬間、黄輝が割って入ってきた。息を切らしているその様子から、真白たちを探し歩き回っていたのだろう。
 
「何だ、まだいたのか」
「ああ、僕は諦めないぞ。プランQを再考してもらうまではな!」
 
 黄輝は剣を振り回し、真白たちに襲いかかる。
 
「お兄ちゃん、こんなことしてもくつがえらないよ」
「黙れ! お前が僕を差し置いてプランQに参加するなど、許さん!」
 
 黄帆の声も届かず、黄輝は一心不乱に剣を振るう。だが、かすり傷一つも付けられていない。
 
「遊行寺黄輝。お前、剣術は得意じゃないな?」
「な、何故それを知っている!?」
「妹のデータを見るついでに、お前のデータも見させてもらった。勉強は出来ていたが武術はからっきし、だったようだな」
「う、うるさい! 武術は苦手でも、能力は使えるだろう!」
「今回の作戦に向いているのはお前じゃない、妹のほうだ」
 
 真白の視線の先で、黄帆が頷くのが見えた。それと同時に黄輝が前に倒れ込む。一体何が起きたのか、状況を理解出来る者は黄帆ただ一人だ。
 
「え、何これ? 遊行寺、何したの?」
 
 混乱する赤井に、黄帆は得意げに語る。
 
「あたしの能力『幻影』だよ。あたしにしか見えないイマジナリーフレンドに指示を出してお兄ちゃんをぶん殴ってもらったの」
「え、透明人間?」
「違うよ。イマジナリーフレンドは自分の中にいる見えない友達。物心つく前からあたしの中に存在していて、自由自在に操ることが出来た。他の人には見えないけど、あたしにとって彼女――メメは大切な存在なの」
 
 黄帆の視線の先にはメメがいるのだろうが、真白と赤井には何も見えない。
 
「学生時代はこの能力のせいで孤立してたけど、まさか役に立つ日が来るなんてね。この家に居ても退屈だし、あたしもプランQに参加するよ」

「おい、まだ終わってないぞ」

 黄帆の攻撃で気絶していた黄輝が再び立ち上がる。全くしぶとい奴だな、と真白が呆れている。
 
「黄帆、僕はお前の代わりにプランQに参加する。全ての人間を救い、僕の力を世界に知らしめるんだ。そして、遊行寺家の繁栄に貢献する! それこそが僕の役目!」

 黄帆が右人差し指をくいっと動かすのと同時に黄輝の身体が宙を舞い、地面に倒れこんだ。恐らくメメが攻撃を加えたのだろう。
 
「黄帆……お前、強くなったな」
「お兄ちゃんのほうこそ。でも、剣術はからっきしだけどね」
「うるさい……」
 
 黄輝は大きく息を吐き、真白と赤井に視線を向ける。
 
「おい、お前ら。今回は諦めるけどな、次に何かあったら必ず僕を呼べ。この遊行寺黄輝、必ずやお前らの力となる……」
 
 はいはいわかった、と真白は黄輝の言葉を適当に聞き流す。
 
「それと黄帆のこと、頼んだぞ。僕からはそれだけだ」
 
 黄輝は立ち上がり、ふらつく足で応接室を後にした。そんな彼を見送って、真白が口を開く。
 
「さて、契約書にサインをしてもらいたいところだが、生憎契約書を忘れてきてな。急で悪いが、これからMSAに来てくれないか?」
「は!? 先輩何やってるんですか、一番忘れちゃいけないものを!」
「うるせえな、そういう日だってあるんだよ」
「いいよ、ちょうど暇だったし。それに、久々に仁部丘にべおか先生にも会いたいし」

 真白と赤井は黄帆を連れ、MSAに帰還した。だが、正門前から不穏な空気を感じる。若い男女がなにか言い争っているようだ。

「何だ、痴話喧嘩か?」
「待ってください。彼女、呉屋桃子くれやももこじゃないですか?」
 
 真白は資料に目を通す。赤井の言う通り、女性はプランQに召集している呉屋桃子と一致した。


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