私とあなたの初デート
明日は私とあの人の初デートの日だ。
「今度の水曜、学校休みだしどこか行かない?」なんていうあなたの一言から始まって、私達は映画に行くことになった。まだ付き合ってない学生アベックには最適な場所である。
実を言うと私はずっと彼のことが好きだったので、誘いを受けてとても舞い上がっていた。今は、もしかしたらあの人も私のこと……?いやいやただの気まぐれかも………でも………なんて自問自答を繰り返しながらタンスの引き出しをひっくり返している。ワンピース、スカート、ズボン、シャツ、パーカー、ジャケット。色々な色や形が私の目に飛び込んでくる。悩みに悩み抜いて明日はワンピースを着ることに決めた。
翌朝、私は少し早めに6時半に起きた。今日の待ち合わせは10時半に駅前である。ご飯を食べ、歯を磨き、シャワーを浴びて髪を乾かすと時計は八時過ぎを指している。昨日決めたワンピースを着て鏡の前に立つと、なんだか恥ずかしくなってきた。どうしよう……ワンピースなんて気合い入りすぎとか思われるかも………。だからといってズボンも………。挙句の果てにはせっかくタンスにしまいこんだ服をまた取り出して並べ出す始末。やっと服を決めた時にはもう9時であった。
「うわぁぁぁ!まだ髪も顔も何もしてない!!」
私は薄く化粧をして、髪を整え、持ち物の準備を始める。
「ハンカチティッシュ、財布、あとなに?あぁぁぁ!スマホ!」
スマホから充電器を外した。
「絆創膏?絆創膏いるかな」
焦るとつい独り言が出てしまう。絆創膏はいらない気もするが一応持っていこう。
「……あっ!映画!学生証どこ!?」
学生証の場所が頭に思い浮かばない。いつも通学に使うカバンをひっくり返し、学生証を発掘した。やっと準備が完了した。
「うわぁぁぁ10時すぎてる!………あっ……いいや!!」
私は服や物が散乱する部屋を放置して家を出た。
待ち合わせ場所についた時、時間は10時35分ほどであった。スマホを見ながらたっている彼の方へ、息を切らして駆け寄った。
「遅くなって、ごめん!」
「いいよ」
小さく笑う彼を見て、顔が熱くなるのを感じた。どうしよう、最初のデートなのに。悪い印象持たれたら。
「ほんとに、ごめんね……」
「そんなに気にしないで。どうかしたの?」
遅れた理由を聞いてくれる彼は優しい、と思う。言い訳する機会を私に与えてくれたのだ。
「えと、学生証探してたりして……」
「あっ、学生証忘れた」
まぁいっか、と彼が笑ったので私も少し笑った。
「行こっか」
「うん」
歩き出した彼が突然こちらを振り向いて口を開いた。
「服、悩んだでしょ」
あ、
好きだ。
「そういう事わかっても言わないでよ!」
あはは、と彼は視線を前に戻して笑った。もう、ほんと、やめて欲しい。
駅前から映画館までの道のりは歩いて10分くらい。交差点近くのビルに映し出されるCM映像をネタに話したり、おしゃれな喫茶店を見つけて後で行きたいねなんて言ってるうちに映画館に到着してしまった。
私たちが見るのは今話題の海外ラブコメだ。チケットを買い、(彼は学生証を忘れていたが平気だった)飲み物を買う列にならんだ。
「ラブコメとか、好きなの?」
「うん、まぁ。普通に見る」
彼はいつもこうやって含みを持たせる話し方をする。そういうところが嫌いじゃないんだけど。
「ふぅん。もしかして私に合わせてくれたのかな」
茶化すように言うと、彼は首をすくめて笑った。
「どうだろうね」
「ポップコーン買う?」
「任せるよ」
「私一口ならいいけどそんなに食べないんだよねぇ、ポップコーン」
「へぇ意外。好きかと思ってた」
「ううん。好き?」
「いや、あれば食べるくらい」
結局私はオレンジジュース、彼は烏龍茶だけ頼んで劇場内に入っていった。席は、前から四列目の真ん中。とても良い配置だ。
「楽しみだね」
「うん」
まだ上映時間ではないため、映画館ではおなじみの諸注意やCMが流れている。私がちらっと携帯を確認し、電源を切ると彼もそれにならった。映画館独特の匂いが私の鼻をくすぐる。場内に入ってくる人はまばらになり、いよいよ席がいっぱいになると、映画が始まった。
「始まった」
「始まったね」
映画が始まって間もない時特有の、まだちょっと現実から抜け出せてなくて、いまいち頭がついていかない感じ。隣の彼の気配がまだまだ気になってしまう。はじめは映画の世界観やら映像やらについていくのに精いっぱいでずっとスクリーンから目を離さなかったけれど、最後になってくるとだんだん余裕が出てきて、途中で彼と顔を見合わせて笑ったりしていた。
映画が終わり、エンドロールが流れだすと、何人かの人は立ち上がって館内を出ていった。私と彼はふぅっと息をついてそのままエンドロールを眺めた。名前を見ててもあまり楽しくはないけれど、流れる音楽とか雰囲気はとても好きだった。劇場内は徐々に明かりを取り戻し、人々の息のつく声だけが静かに聞こえる。私はこの瞬間がとても好きだ。その静かな時間はすぐに終わりを迎え、やがて、立ち上がって帰り支度を始める人や、まだ黙って座っている人、少し話しだす人などがあらわれる。私たちは何も話さずただ座っていた。私は息を吐き出して彼を見た。彼も私を見る。ふふっと笑みがこぼれた。映画を観たあとのこういう雰囲気は、まるで一夜を共に過ごしたあとのカップルみたいで、なんだか気恥ずかしい。
「すごかったね」
私がはにかむと、向こうも口角を上げた。
「うん。おなかすいた。どっか行く?」
「飲み物しか飲んでないもんね。さっきのとこがいいな」
「わかった。行こ」
荷物と飲み終わったカップを手に持ち、立ち上がった。出口の方へ向かう人の流れに乗り、私と彼も歩いた。
「あ、そこ段差」
「ありがとう」
さり気ない彼の気配りを嬉しく思いながら映画館を出て、今日は暖かいねなんて話をしたりしていると、目的の喫茶店に到着した。少し暗い照明、アンティーク調の椅子やカウンター、いかにも喫茶店と言った感じのおしゃれなコーヒーミルやサイフォンが私たちを出迎えた。席に案内されると、彼が通路側の椅子に座ったため、私にソファ席を譲る形になる。いつか母が私に『通路側の席に座ったり、女の子をソファに座らせることが出来る男は素敵だよ。お父さんはいっつもソファに座ろうとするけどね』と笑いながら話してくれたことがあった。やだなぁ、この人完璧じゃない。なんか本当に今、この人のこと好きだ。恥ずかしくなってソファに身をうずめていると、店員さんがお冷を運んできてくれた。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
2人で軽く頭を下げてお互いに向き直った。しばしの気まずい沈黙を破ったのは彼だ。
「こういうお洒落なところ初めてきた」
「いつもご飯とかどういうところで食べるの?」
「どういうとこだろう……。まあいろいろかな。」
適当な人だ。
「こういうところよく来るの?」
彼はお冷に少し口をつけたあとそう問いかけた。
「うん。喫茶店とか好きなの。あのね、すごい印象に残った本があるんだけど」
「どんな?」
「タイトルは覚えてないんだけどね、あまり学校が好きじゃない主人公が卒業アルバムの写真係になっていろんな写真を撮る話なの。そこに出てくる海が見える喫茶店がすごくいいなぁって」
「海が見える喫茶店か、いいね。綺麗」
「綺麗とか思うんだ」
私がからかうように言うと、彼はにやりと笑って
「俺だってもののあはれくらいあるよ」
と言った。
「ふふっ、どうだか。頼むの決めよっか」
2人でメニュー表を開いてしばらくじっと見つめる。
「俺、ランチセットのオムライスにする」
「えっ、決めるの早い!まってまって」
「ゆっくり決めなよ」
私はしばらくメニュー表を睨みながらうんうん唸っていた。パスタ、オムライス、ホットサンド、ハンバーグ、タコライス………まだまだたさんある。全部とても美味しそうだ。
「タコライス……」
「美味しいよね」
「ホットサンド……」
「うんうん」
「……何がいいと思う」
「好きなのにしなよ……」
しばらく悩んだが、私もオムライスを注文することにした。
「ごめんね悩みまくって」
「いいよ」
「店員さん呼ぶね」
「ありがとう」
「すいません、注文お願いします」
店員さんが注文を取りにやってきた。
「ランチセットのオムライス2つお願いします」
「はい。お飲み物は何になさいますか?」
「俺は烏龍茶お願いします」
「私はルイボスティーで」
「かしこまりました。メニューお下げいたします」
店員さんが去り、彼と私は水を一口飲んだ。
「ところでルイボスティーってなに?」
「私もよくわからないんだけど頼んでみた」
彼はふぅんと言って笑った。
その後、私と彼は映画の感想を話し合った。俳優さんや印象に残ったシーンの話に花を咲かせている間に、オムライスが来て、やがて全部食べきった。
「はぁ〜楽しかったぁ」
「そうだね。そろそろ行く?」
「うん、そうだね。伝票どこ?」
「もってる」
「おっけー」
私がカバンから財布を出しながら立ち上がると、彼がそれを手で制した。
「出します」
「悪いです」
「今日誘ったの俺だから」
「うーん、いいの?」
「いいの」
「じゃあ甘えます。ありがとう!次は私が出すよ」
「ありがとう」
代金を支払い、二人で喫茶店の外に出た。まだ空は明るく、人の通りも多かった。早かったな。もう終わりか。すごく楽しかった。切なくて、幸せで、だから私は少し笑って言った。
「今日はありがとう」
「なんでニヤニヤしてるの」
「楽しかったから!」
「うん」
彼が目を細めて頷いた。
「俺も」
私たちの横を通り過ぎた人が角を曲がって見えなくなるまで私たちはずっと黙って立っていた。
「じゃあ、ね」
「うん」
家が逆方向だから。私たちはお互い背を向けて歩き出した。あぁ、デート終わりってすごくすごく寂しい。まだ一緒にいたかったような気がする、ううん、まだ一緒にいたかった。私は何度か彼の方を振り返ったけれど、彼は1度もこちらを見る様子はなくて、それが余計に寂しさを助長させた。
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